第57話 アース様っ! どうしてここにっ!

「そんなことがあったのね……」


 ラケシスは優しい目でカタリナを見る。


「その男の子に出会ったからこそ今のカタリナ様があるんだね」


「ええ、彼に出会わなければ私は一生醜い痣を宿して生きていかなければならなかったに違いありません」


 リーンの言葉にカタリナは胸に手を当てると目を瞑った。


「それで、その彼とは結局どうなったの?」


 先が気になったのかリーンはカタリナに顔を近づける。


「何者かに追われていたみたいで、彼は私の痣が消えるのを見届けたらすぐに旅立ってしまわれたのです」


「なにそれ。無責任よね」


「せ、せめて告白はしたんだよねっ?」


 リーンがぐいぐい迫るとカタリナは頬を掻く。


「そ、それがあまりにもあっという間にいなくなってしまったので……」


「なぁーんだ……」


 リーンの落胆した声に応えるようにカタリナは目に力を入れる。


「だから私は彼を探しているんです! あれから治癒魔法を勉強し、聖女と呼ばれるようになり多くの人を救うことができました」


 その少年は立ち去る際にカタリナに「お礼は良いから、もし困っている人がいたら僕の代わりに助けてあげて」と言ったから。


 カタリナはその言葉を胸に刻み、これまで生きてきた。


「そんな凄い人ならもっと大体的に探した方が良いよっ! カタリナ様は教会の力を使ってその男の子を探そうと思わなかったの?」


 過去はいざ知らず今のカタリナは聖女だ。各方面にそれなりに顔が利く。訪問する先々で捜索の手伝いを頼めば断る人間もいないだろう。


「それは駄目ですよリーンさん」


「なんでなのさ?」


 名案かと思われたのだが、カタリナは目を瞑るとゆっくりを首を横に振った。


「彼が旅立って直ぐなんですが、とある国の兵士が私たちの村に訪ねてきました。名前を聞けば誰もが知っている魔導大国です。その国の兵士たちは人を探しているらしく、その特徴を聞くと私を救ってくれた少年と同じだったんです」


 その時カタリナは少年がいなくなった本当の理由をしった。

 そして、追手に捕まるリスクを冒してまで救ってくれたことに気付いた。


「だから裏路地や木箱の中とか探していたのね……」


 相手が追われていると考えるなら人目がない場所を探すに決まっている。


「私はあきらめるつもりはありません。絶対に探し当てて言うんです。あの時言えなかった気持ちを!」


 だが、カタリナはあきらめたわけではない。スカートの上で拳をぐっと握ると二人に対して決意を述べた。


「それでこそカタリナね。頑張りなさいよ」


 ラケシスの言葉で場の雰囲気が柔らかくなる。


「そだ、うちの管理人さんが作ったケーキがあるんだった。食べようよ」


 リーンは冷蔵庫からケーキを取り出す。アース特製のチーズケーキで、上にはジャムが乗っていた。


「うわぁ、美味しそうですね。これ上に乗っているのってクチコのジャムですね。私大好きなんですよ」


 先程まで重い過去を語っていたカタリナだったが、今は目の前のケーキへと釘付けになっている。


「うちの管理人の特別なレシピなのよ。焼きたてパンに塗ると最高なんだから」


 ラケシスは誇らしげにカタリナに語りつつケーキを食べる。


「うん、新鮮なクチコをきちんと混ぜているみたいですね。ケーキも滑らかで美味しいです」


 幸せそうな顔をする三人。甘いものが嫌いな女の子はいないとばかりに用意されたケーキを平らげていった。





「凄い美味しかったです。こんなお菓子を作れたり家事ができたり。このアパートの管理人さんは凄いですね」


 庭ではレアな花が咲いており、アパートは掃除が行き届いている。

 来客の為の用意も万端ととても一人でこなせる作業量ではない。


「うちの管理人は優秀だもんね。ちょっと態度が冷たいのが玉に瑕だけどさ」


「それはあんただけでしょ。私にはもっとそれなりの態度をとるわよ」


「それはラケちんが虐めるからだよ。怯えてるからに決まってるじゃん」


「は? そ、そんなことないわよっ!」


 二人の言い争いをみたカタリナは口元に手を当てるとクスクスと笑った。


「ふふふ、お二人ともその管理人さんが大好きなんですね」


「「…………」」


 カタリナの言葉に咄嗟に黙ってしまうラケシスとリーン。


「さて、そろそろ私はお暇しますね。あまり長いするとお付きの神官が気にしますので」


 カタリナはそういうと席を立った。気が付けば陽が落ちてきた。結構な時間を語りあかしていたらしい。


「そう? もうすぐ夕飯時だから食べていけばいいのに」


「そうだよ。泊まっていけばいいのに!」


 玄関まで移動するとラケシスとリーンがそんなことを言ってくる。


 その魅力的な提案にカタリナの心も揺れる。こうして女友達と過ごすのにも憧れがあった。


「また近くに着ましたらたずねさせてもらいますから」


 そう言ってアパートから帰ろうとするとドアが開いた。


「おっ、カタリナ様。お元気そうですね」


「ケイさん。お邪魔しております」


 丁度ケイが戻ってきたようでカタリナに挨拶をする。


「それはそうとリーン。今日の晩飯はあきらめた方が良いぞ」


「なんでさ?」


 アースの晩飯を何よりも楽しみにしているリーンは眉をひそめるとケイに問いかけた。


 するとケイはアゴをしゃくると後ろを見る。そこにはベーアが何かを担いでいる。


「門のところに倒れておってな。気絶しておるので飯を用意するのは無理じゃろう」


 そういって目を閉じているアースを皆の前に突き出す。


 唖然とするリーンとラケシス。二人が心配してアースに駆け寄るよりも早く……。


「アース様っ! どうしてここにっ!」


 カタリナの大声がアパートに鳴り響いた。


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