第54話 カタリナの過去③
それから数日が経ち、私は普段通りの生活を送っていた。
何かが劇的に変わったわけではない。
相変わらず両親は私を疎んでいたし、街の人たちも私を避けていた。
だけど、たった一人でも……あの男の子だけは私のことを嫌わなかった。その言葉が私を前向きにした。
胸元で何かが揺れる。
先日、私を助けてくれた男の子からもらったポーションが入っていた容器だ。私は蓋に穴を開けて紐を通すと首からぶら下げた。
あの日。もらったポーションを飲むと傷が完全に塞がった。
私はポーションのあまりの回復効果の高さに驚くと同時に、もう一度会ってお礼を言いたいと思った。
私は珍しく街にでた。もしかすると彼に会えるかもしれないと期待を胸に抱いて……。
相変わらず周囲の人は私を避けている。痣を隠すためにローブで全身を隠しているから目立つからだ。この辺でローブを身に着けているのは治癒士か私くらいだから……。
皆が気味悪そうな表情を浮かべて距離をとる。
お腹が痛くなり、指先が震える。先程まで感じていた高揚感が薄れていき「どうして外に出てしまったのだろう」と後悔が広がり始める。
私はポーションの容器を握り締めると勇気を奮い立たせる。ここで戻ったら弱い自分に戻ってしまう。彼の姿を思い浮かべ不安な気持ちを追い出し目を開けると……。
「いましたっ!」
偶然なのか、遠目に彼を発見する。先日と同じ、緊張とは無縁の明るい顔をしている。
私が声を掛けようか悩んでいると彼は街の門から外へと出て行ってしまった。
「せ、せっかく見つけたのに……」
街の近くにはモンスターも寄り付かないが、子供一人での外出は大人たちに良い顔をされない。
だけど、ここで見失うと、戻ってくるまで待たなければならない。
さらに言うと街の出入り口は幾つかあるので、彼がこの門を通って戻ってくるかもわからない。
「お礼を言ってすぐ戻ればいいですよね……」
私は彼を追いかけることにした。
「いったいどこまで行くんでしょう?」
私は息を切らしながらも彼についていく。歩き始めて数十分、お互いの距離は離れもしなければ縮まりもしない。
なぜなのかというと、私が距離をつめないからだ。
周囲から疎まれていて人に話し掛けたら嫌な顔をされてきた。もし、彼に話しかけて嫌な顔をされてしまったらと考えると勇気がでない。
そうこうしている間にどんどんと街から離れてしまい、今ではひたすら追いかけるばかりだ。
ふと見ると彼が立ち止まった。私は咄嗟に木の幹に身体を隠す。
彼はキョロキョロとあたりを見渡したかと思うと脇の森へと入って行った。
私は慌てた。ここまでは身を隠す場所はあったがひらけた場所だったので苦もなく追いかけることができた。だが、森に入られたら見失いかねない。
こんなところに一人で置いていかれたくない。
その思いが身体を動かすと、私は彼を追いかけた。
なりふり構っていられない。先程までよりも速いペースで進む彼を見失わないように草木をかき分けて進む。
彼は後ろを一切振り返ることなく進んでいく。やがて十分程経った頃……。
「えっ?」
視界が開け、太陽の光が差し込んでくる。
そこは暖かく、綺麗な花が咲いている庭園のようだった。
「き、綺麗……」
歩き回り花を見て回る。
何という名前の花なのかわからないが、とても良い香りがした。
「そうだっ! あの男の子はっ!」
私は本来の目的を思い出す。そして周囲を見渡すと……。
「あれ? この前の女の子だよね?」
声がした方を向くとそこに先程の綺麗な花を抱えた男の子が立っていた。
「あ……う……」
いざ彼が目の前に現れて私を見ている。それだけで私は声を掛けることができないでいた。
「こんなところで会うなんて偶然……? じゃないよね多分?」
微妙に自信がないのか首を傾げる。
「えっと、ごめんなさいっ!」
「えっ?」
「私、あなたのことをつけてきました!」
「それはまたどうして?」
謝る私に困惑した表情を彼は浮かべた。
「こ、これ……この前いただいたポーションです。その……怪我治ったので、お礼をいわなきゃと……」
焦りのせいで自分が言いたいことがまとめられない。私はポーションが入っていた容器を彼に見せた。
「ああ、そういうこと。そのぐらい別にいいのに」
「良くないですっ! 怪我も一瞬で治ったし! 凄いポーションですっ!」
私が興奮してまくしたてると、彼は苦笑いをした。ポーションの話題をあまりしてほしくなさそうな様子だ。
「と、ところでここで何をしているんですか?」
徒歩で1時間はかかる森の中の広場。遊びが目的ならわざわざこんな場所まで来る必要はない。
「僕は虹薔薇を摘みにきたんだよ」
彼はそう言うと私の前に綺麗な花を差し出してきた。
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