第55話 カタリナの過去④

「これが、虹薔薇?」


 名前ぐらいは聞いたことがある。一本見つけたら幸運と呼ばれていて、錬金術の材料として使われるらしい。


「気に入ったなら一本あげるね」


 彼はそう言うと虹薔薇を私の手に握らせてきた。


「えっ? だって……そんな……」


 私は急激に顔を赤くする。何故なら虹薔薇は貴族や商人など、一部の上流階級がプロポーズをする時にする贈る物なのだから。


「ん。どうかしたの?」


 だけど、目の前で首を傾げる男の子には他意はないに違いない。

 自分だけがドキドキさせられて不公平を感じながら私は虹薔薇を受け取る。


「僕はこれから作業があるから、適当な時間になったら帰った方がいいよ」


 彼はそう言うと虹薔薇をもって移動する。


 そこには木で作られたテーブルやカマド。他にも様々な道具があった。


「もしかしてここに住んでいるんですか?」


 小屋まであったのに驚いた私は彼に質問をしてみる。


「一時的に滞在するために作っただけだよ」


「つ、作ったって……」


 これほどしっかりした小屋を作るのには大工スキルを持った熟練の職人が何人も必要だ。それを一時滞在の為だけに作ったと涼しい顔をしていう。


 私が飽きれていると。


「他の人には内緒にしておいてね」


 悪戯を共有するように目配せをされた。私は首を縦に激しく振る。


「ありがとう。助かるよ」


 彼は手を伸ばしてくると私の頭を撫でた。


「ふあっ!?」


「あっ、ごめん。つい……」


 突然の事態に私は慌てて距離を取った。


「い、いえ。ちょっと吃驚しただけですから」


 顔が熱くなり彼を見られない。私が距離を置いて彼を見つめていると……。


「それじゃあ、僕は作業に戻るからちゃんと帰るんだよ?」


 身体を反転させると離れて行ってしまった。








 両手でバスケットを持ちながら歩く。

 弾みだしそうな足をどうにか御しながら森へと入っていく。


 足場が悪いので歩くのに苦労するのだが、最近は慣れたものでどこが転びやすく不安定な地面かわかるので、時間は掛かるが問題なく目的地に辿り着けた。


 目の前では例の少年が機材を操っている。

 複雑な作業をしているのかその表情は真剣だった。


 あまり寝ていないのだろうか?

 疲労をしている様子をみて私は不安になったのだが……。


「あれ? カタリナ来たんだ?」


 じっと見ていると、彼が私に気付いた。


「こ、これ……。挿し入れです」


 私はおずおずとバスケットを差し出した。

 中身は近所で買った焼きたてのパンだ。もっとも、ここに来るまでにすっかり冷めてしまっているのだが。


「ありがとう。丁度何か食べたいと思ってたんだ。二日ぶりの食事だな」


 彼は作業を中断すると私の元へと駆け寄ってきた。


「ふ、二日っ!? それって一昨日私が差し入れた食事じゃないですかっ!?」


「ああ……そうかも?」


 パンを頬張りながら幸せそうな顔をする。


「ちゃんと食べないと身体に悪いですよっ!」


「いやー。僕は物作りに没頭すると他のことを忘れちゃうんだよね」


「それにしたって限度があるような……」


 彼の言葉に私は呆れた表情を浮かべると。


「それにしても何をそんなに真剣に作っているんですか?」


 これだけの設備を用意して町はずれの森でひっそりと作業をしているのだ。私はその内容にとても興味を惹かれた。


「ふふふ、内緒だよ」


 彼はパンを口の中に放り入れると意地悪にも教えてくれなかった。


「そんなぁ。教えてくださいよ」


 そんな彼に対し、私が食い下がると……。


「時期が来ればわかるから。それまで楽しみにしておいてよ」


 そう答えるのだった。





「あっ、今日も差し入れ持ってきてくれたの?」


 彼の元に通い始めて数週間が経過した。


「ふふふ、今日は自家製ジャムも持ってきましたよ」


 その間に打ち解けたのか、私は彼の前では笑えるようになっていた。


「へぇ、カタリナの家のジャムか。楽しみだな」


 いつものように席に着くと美味しそうにパンを食べる。

 食べ終えると彼はまた作業に戻って忙しそうにするので話ができなくなる。


 今だけが私にとっての幸せな時間だ。


「うん。美味しい! レシピを知りたいぐらいだよ!」


「クチコの実を半分乾燥させて半分は生で刻んで混ぜ合わせるんですよ」


 彼の評価に私は弾んだ声を出しながら作り方を説明する。

 彼は私の説明を聞いて頷く。そして休憩が終わると……。


「さてと、あとちょっとだから頑張ろうかな」


 腰を叩きながら立ち上がった。


「もうすぐ出来上がるんですか?」


 相変わらず何を作っているのかはわからないが、どうやら完成が近いらしい。

 完成したら何を作っていたのか教えてもらえるので楽しみだ。


「しかし、そうなるとカタリナにジャムを差し入れてもらうのもこれが最後かな?」


「えっ?」


 そう呟くと彼は去っていく。私は呆然としながらそれを見送るのだった。


 



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