第30話 僕を信じて下さい

「逃げろっ! 治療院が爆発したぞっ!」


 そんな警告の声が聞こえるとアースは来た道を振り返る。すると、先程までいた治療院の屋根が吹き飛び煙が上がっている。


「た、たいへんだっ!」


 リーンの手を振りほどいたアースは重い身体を動かすと治療院へと向かった。





「急いで避難をさせるんだっ!」


 治療院に近づくと中からは怪我人たちが出てきている。

 先程まで治療を受けていた人間たちが外へと出てきては建物から離れていく。


「僕も手伝いますっ!」


 アースは治療院から這い出してきた人を見つけると自らの肩を貸す。


「リーンも手伝うよ」


 だが、大柄な男なので支えきれないでいるところをリーンが逆の方から支えた。


「ありがとうございます」


 爆発の原因は解らないが、近辺は危険だと判断すると。


「とりあえずここから離れましょう」


 いつ次の爆発が起こるかわからない。2人は男を連れて避難をする。


「ううう、一体何が起こってるんだ?」


「どうしてこんな立て続けに爆発が?」


 先程から街中で原因不明の爆発が起きている。そのせいで治療院に怪我人が殺到したのに今度は治療院が爆発したのだ。


 段々と治療院から人が避難してくる。


「おいっ! 急げ! 火が回り始めていると」


 焦り声が聞こえ、治療院を見ると建物内から火が上がり始めていた。


「だ、誰かっ! 魔法を使える奴はいないのか?」


 可燃性の物でもあったのか、一気に火の勢いが強まる。


「駄目だっ! ここまでの勢いになっちまったら並みの魔導士の魔法じゃ……」


 一般的な魔道士が水魔法を使ったとしてもせいぜい桶数杯分の水量を出せる程度だ。

 目の前の燃えようはその程度の水では全く追いつくことはない。


「見ろっ! 入り口が崩れたぞ……」


 木で作られた柱が燃えたせいで入り口が倒れ出入りが出来なくなる。

 誰もが息を呑む中……。


「誰かっ! 火を消してくれっ! 中に娘がいるんだ。奥の部屋に人を寝かせていると言って入って行ったままなんだっ!」


「えっ?」


 アースとリーンが顔を合わせた。

 先程、出るときにお世話になった治癒士に声を掛けようとしたが、手が離せなさそうだった。


 仕方ないので他の人間に「後日改めてお礼に来ます」と伝えておいたのだが……。


「あ、アースきゅん。今のって……」


「多分あの時の治癒士さんです」


 アースは苦い顔をして目の前を睨みつけた。




 火の勢いが強くなり、住人たちは協力して水をかき集めると消化活動を行う。

 魔道士たちも水の魔法を使ってはいるが、勢いが強く徐々にしか鎮火させられることができない。


「ああああ……。早く消えてくれ。でないと娘が……」


 治癒士の服を着た男が地面に頭をこすりつけている。このままでは建物が燃えて倒れてしまう。そんな予感を感じていると……。


「あ、あんたっ! ファイアドレイクを倒した魔道士なんだろっ! だったらこの火事を何とかしてくれよっ!」


 ひどく通る声がした。周囲の人間がそちらを見ると……。


「ラケシスさんっ!」


「ラケちんっ!」


 青ざめた顔をしたラケシスが立っていた。





「頼みますっ! お礼は何でもしますっ! どうか娘を助けてくださいっ!」


 縋り付く治癒士の男。アースとリーンも消火活動を放ってラケシスへと駆け寄った。


「僕からもお願いしますっ! この人の娘さんを助けて下さい!」


「お願いだよラケちんっ!」


 周囲の人間は期待と非難の半々の視線を向けていた。


 ラケシスはそんなアースたちの懇願に……。


「む……無理よ……」


「なっ! どうして!?」


 絶望を浮かべる治癒士に。


「これだけの火事になら中級魔法のフロストノヴァを使わなければならないわ。だけど、私は精密なコントロールができないの。放てば火を凍らせることはできるけど、それだと…………」


 中の人間が無事では済まない。その言葉を口にしようとして言えなかった。


「そんな! だったら中の人はどうなるんですかっ!」


「私だって助けたいわよっ! だけど私が魔法を撃ったら更に被害が拡大するかもしれないのよっ!」


 ラケシスの手は震えている。彼女もこの事態をどうにかできないか考え苦しんでいるのだ。


「ラケちん……」


 リーンがなんと声をかけてよいかわからない様子でラケシスを見る。


「ああああ。娘が……娘がぁ……」


 嘆く治癒士。アースは真剣な表情を浮かべると……。


「やっぱりラケシスさんしかいません」


「しつこいわねっ! 私には無理だって言ってるでしょっ!」


 怒鳴り返すラケシスの手をとると、アースは懐から取り出した杖を握らせた。


「これは僕が三日間徹夜をして用意した杖です」


 青み掛った銀の杖。ところどころには黒い石がちりばめられている。


「杖を変えたからって私の魔力暴走は体質なの。制御できるわけが――」


 なおも拒否しようとしているラケシス。アースは両手でラケシスの手を握ると。


「ラケシスさん。僕を信じて下さい」


「っ!?」


 その真剣な瞳にラケシスは声を失った。そしてあきらめたように溜息を吐くと。


「わかったわよっ! あんたは私の為に働いてくれた。今度は私があんたの為に働く番だわ」


「おおおおおおお。ありがとうございます!!」


 治癒士は涙を浮かべると感謝の言葉を口にした。


 ラケシスは杖を持って前に出る。すると…………。


「皆さんっ! 建物から離れて下さいっ!」


「今から魔法で鎮火させるからっ! 離れてっ!」


 アースとリーンの呼びかけに従い全員が避難をする。

 ラケシスは杖を構えると…………。


「こ、これは……。なんていう魔力伝達率。その上凄く扱いやすい。これなら……」


 杖がラケシスの込めた魔力に反応すると輝きだす。


「氷の息吹よ 我が意に応えて周囲を凍てつかせなさい」


 杖の先から冷気が流れ建物を囲む。


「おおおおおおお」


 周囲の人間から歓声が起こる。


 先程まで燃え上がっていた火はラケシスが放った冷気のお蔭で急速に鎮火していく。


「やった、これなら直ぐに鎮火できますよっ!」


 喜ぶアースに……。


「まだよ、ここからは更に精密なコントロールが必要になる」


 外側を鎮火し終えたラケシスは冷気を入口へと向ける。ここから先は魔法の威力を調整しなければ中にいる人間を凍り付かせてしまうことになる。


「だけど、この杖ならきっと行けるはずよ」


 アースは言った。この杖をラケシスの為に用意したのだと。

 これまでできなかったはずの制御が不思議と出来ている。ラケシスはアースの顔を見る。


 するとこんな時だというのにアースはふわりと笑って見せた。

 その笑顔をみてラケシスも笑い返す。そして…………。


「今度こそ絶対に救って見せるんだからっ!」


 完璧に冷気をコントロールし始めるラケシス。冷気は内部の火を的確にとらえて鎮火していく。その動きはまるで熱に反応する生物のようだった。


 それから少しして建物から火が消え、治癒士の娘は助け出されるのだった。

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