第31話 今日は色々楽しかったわ
辺りは静まり返っている。ラケシスの魔法のお蔭で火事は収まり、逃げ遅れた治癒士を中から助け出すことに成功した。
周囲の人間が安堵すると共に視線をラケシスへと向けていく。
ラケシスが杖を下げ、息を吐いて気を抜くと…………。
「凄いですよラケシスさんっ! やりましたねっ!」
アースの声とともに街の住人たちが声を上げた。
「一時はどうなるかと思ったけど、見直したぜ」
「素人にはわからないと思うけど、この精度の魔法コントロールなんて神業なのよ」
「いずれにせよ犠牲者が出なくてよかったよ」
初めて聞く称賛の声にラケシスは気まずそうにしていた。
「やったねラケちん。リーンちゃんは信じてたよっ!」
「あなたは調子がいいわね……」
知り合いに話しかけられたお陰かラケシスはいつもの調子を取り戻す。
「それよりあんた。この杖って……」
ラケシスはアースへと向き直ると杖について質問をしようとするのだが……。
アースの身体が傾きポスンとラケシスの胸の間に収まった。
「ちょ、ちょっ! 何するのよっ!」
顔を赤くして混乱するラケシス。リーンは横から覗きこむと……。
「あや? アースきゅん眠ってる。限界が来ちゃったみたいだねぇ」
その言葉に自分でもアースを見てみるとあどけない顔が間近にあった。何かをやり遂げたあとなのか幸せそうな寝顔だ。
そんなアースを見ると、無理やり起こす気が起きないラケシスは……。
「まったく。しょうがないわね」
表情を緩ませるとアースを見続けるのだった。
「裏組織の暴動が原因だったみたいだよ」
数日後、滞在している宿にリーンが情報を持ってきた。
先日いくつもの建物が爆発した事件がありどうにか犠牲を防いだのだが、事情聴取があったので街へと滞在していた。
「組織は壊滅させられたんですか?」
「ううん。逮捕できたのは下っ端だけみたい。手がかりを掴んでアジトに突入した時には幹部は逃げていたみたいだよ」
どうやら尻尾切りされたらしい。
「あまりにもスムーズな行動ですね。もしかして他国がかかわっているんじゃ?」
近隣諸国とは小康状態を保っているが、ときおりつまらない嫌がらせをしてくる国はある。少しでも街の流通をマヒさせることができれば国力を落とせると考え、ちょっかいを掛けてきたのかもしれない。
もしかすると先日のファイアドレイクもそいつらの仕業では?
そう考えるアースだったが、証拠は無いのでそれ以上何かをすることはできない。
「幸い、死人が出なかったのが良かったです」
皆の協力により避難活動がスムーズに進んだお蔭で事件は後味の悪いものにならずにすんだ。特に…………。
「ラケシスさんの活躍ときたら。いままで冷たい視線を向けていた人たちも認めてくれましたからね」
これまで魔王ラケシスの悪名は近隣の街に鳴り響いていた。
依頼を受けて強力なモンスターを討伐する。そのうえで魔力暴走を起こしてそれに近い被害を出してきたからだ。
そのせいもあってラケシスは街の住人から嫌われていたのだが、今回魔力を制御して人を救ったことで評価を改められたのだ。
「土壇場で魔力を制御できるようになるなんて、やっぱりラケちんは天才だったね」
リーンはそんなふうに嬉しそうに言いながら伸びをする。
ラケシスに一番近しい人間として評価されたのを喜んでいるのだ。
アースとリーンが事件の終わりを知って寛いでいると…………。
「アース。ちょっと来なさい」
ラケシスが登場した。
ラケシスに連れられ街を歩く。
普段通りどこか冷めた視線を周囲に向けながら歩くラケシスの後をアースは歩くのだが…………。
ふと露店の前でラケシスは止まると。
「これ2つ頂戴」
美味しそうな匂いを漂わせた串焼きを2本注文する。
店主が戸惑いながらも串焼きを用意するとお金を払って受け取った。
「んっ!」
「えっ? くれるんですか?」
アースは戸惑いながらも受け取る。ラケシスが食べるのを見届けるとアースも串焼きに口をつけた。
「美味しい?」
「ええまあ……」
スパイスと調味料を混ぜ合わせて作ったタレに漬けて焼いているのか、かぶりつくと複雑な濃い味付けが舌を刺激する。
「そ。次に行くわよ」
ラケシスは串焼きを食べ終えると次に向かった。
途中、大道芸が何やら見世物をしている。
ラケシスはそこで立ち止まると……。
「ちょっと見ていくわよ」
「は、はぁ」
ラケシスはアースに言うと大道芸を見始めた。その顔は見慣れていない者からすれば冷めた表情に見えるのだが、アースから見ると楽しんでいるように見えた。
結局しばらく見た後で、おひねりを投げ込むとラケシスはその場をあとにするのだった。
それからもアースとラケシスは町中を歩き回った。
何気ない洋服の店を見てみたり、レストランに入って食事をしたり。
ラケシスの意図がわからなかったアースだったが、途中からは考えたところで無駄と割り切り楽しむことにした。
やがて夕方になるとラケシスはアースを街の外まで連れ出す。
「ラケシスさん?」
風を受け目を細めて街を見るラケシスにアースは話し掛けた。
「私ね。これまで魔法を使った直後って街に寄りつかなかったし、人のいる場所に行くことなかったのよね」
ラケシスはぽつりと呟くと杖を取り出した。
「風よ! 巻き上げろ!」
突然平原に竜巻ができあがる。
周囲の草木が揺れ動き、通ったあとは草が抜けている。
「凄い、この前も思いましたがラケシスさんの魔法は凄いですよ!」
感心して眺めているアース。次第に魔法が小さくなり消えていく。
「やっぱりね。私が魔力を制御できたのはこの杖のお蔭だわ」
普段と違い強力な魔法を放ったあとの魔力の暴走が起こらない。
「お陰で今日は色々楽しかったわ」
普段の自分ではできない行動をしてラケシスは一日を楽しんだ。
ラケシスはアースに杖を差し出した。
「良い杖ね。私の魔法を受けて壊れなかった杖は初めてよ。世界にはこんな杖が存在したのね」
清々しい表情を浮かべるラケシス。アースはラケシスが返そうとしている杖を見る。そして……。
「あの……返されても困るんですけど?」
「えっ?」
アースの言葉にラケシスは驚きを露にする。
「この杖なんですけどね【所有者固定】の能力が付与されているんですよ。だからもうラケシスさん専用になっちゃってるんですよね」
「はっ! はぁっ!? なんでそんなのが付与されているのよっ! 杖の威力も評価にいれたらアーティファクト級じゃないのよっ!」
装備を持ち主の波長に馴染ませることで威力を増幅する【所有者固定】たとえ手放しても本人の意思によって引き寄せることが可能なので、この能力が付いていて所有者が決定しているアイテムは売ることができない。
「いやぁ……緊急事態でしたからね。仕方ないとはいえ……そうだ。ラケシスさん良かったら買い取ってもらえませんか?」
「い、いくらよ……?」
警戒するラケシスにアースは金額を告げる。
「はっ! はぁっ!? そんなお金あるわけないでしょ!?」
実際の相場よりも安いが準アーティファクト級のアイテムだ。ひと財産ぐらいの金額をアースは提示した。
「それは困りましたね。そうすると僕は破産するしかないなぁ……なんて不幸なんだろう」
明らかに演技とわかるアースの態度に。
「だ、だいたいあんた私に杖を渡すとき言ったわよね? 私の為に用意したって!」
「そうでしたっけ? 忘れましたね」
「このっ……」
ラケシスは怒りを覚えると杖を強く握りしめた。
「じゃあ、特別に仕入れ値で売りますよ」
その金額は普段ラケシスが請け負っている依頼を数件こなせば届く金額だった。
「それぐらいなら払えるけど……あんたに得がないじゃない?」
これまで杖を壊して買い直していた点を差し引いてもすぐに返済可能だ。ラケシスが前向きに検討をしたのでアースは内心でほっとした。
「そんなことはないですよ。ラケシスさんが庭を荒らさないでくれたら仕事が減りますからね。それだけで十分なメリットです」
「はぁ……まったく。最後でいい雰囲気がだいなしだわ」
ラケシスにしてみれば生まれて初めて素直な気持ちで接したのだ。それなのにアースのマイペースに巻き込まれたのだ。
ラケシスが呆れているとアースが足を動かし街へと帰ろうとする。
「アース」
アースを呼ぶラケシスはこれまでよりも柔らかい声をしている。
「なんでしょう?」
アースが振り返るとラケシスは見惚れるような笑顔を向けると…………。
「あんた変なやつだわ」
機嫌よさそうに追い抜いていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます