第29話 とても尊敬できる人だと思いますよ?

「ねえ、アースきゅん。もっと寝てても良かったんだよ?」


「そうもいきませんよ。それに多少は寝たので少しは楽に……」


「おっと、大丈夫?」


 ふらつくアースをリーンは抱きとめた。


「もう、どうしてそんなになるまで無茶してたのさ?」


 自分がいないところで疲れ果てるまで何かをしていたアースをリーンは咎めた。


「すいません、どうしてもやらなきゃいけなかったことなので」


 アースが頭を下げると。


「もう、仕方ないな。ラケちんを探すにしても今のアースきゅんは放っておけないからね。手を繋いであげるよ」


 そう言って手を取るとリーンは歩き出す。


「ありがとうございます」


そんなリーンにアースは感謝の言葉を投げかけるとその後ろを歩くのだった。







「本当にあいつふざけてるわ」


 ラケシスは怒りを覚えていた。

 アースがこの街に残ったのは自分の尻ぬぐいをするためだったのだ。


 疲れ果てた様子をみれば一目瞭然だ。

 あの小屋を建てるためにこの街の職人に必死に頭を下げたのだろう。


 本来なら自分がやらなければならない仕事だ。ラケシスは自分の魔力暴走のせいでそれが出来ないからこそ賠償をしたのだ。


 それだというのにまるで当てつけるかのように完璧にフォローをしたアース。


「ああやって誰にでもいい顔をしているんだわ」


 どれだけ拒絶をしても笑って見せるアース。だが、別に自分が特別なわけじゃない。

 誰とでも仲良くできるのがアースという男なのだ。


「本当にむかつくわね!」


 ラケシスはアースのことを考えれば考えるほどに何故か怒りが湧いてきた。すると…………。


「あっ……」


 次の瞬間、怒りが霧散する。瞳が揺れたラケシスは遠くに視線を向けた。

 そこにはリーンと仲良く手を繋ぐアースの姿があった。







「なんで私が隠れなきゃいけないのよ……」


 リーンと仲良く歩いているアースを見た瞬間、ラケシスは咄嗟に身体を隠してしまった。

 

 リーンがアースに話しかけて、アースはそれに答えている。


「一体何の話をしているの?」


 ラケシスは会話の内容が気になって聞こえるぐらいまで近づいた。


「アースきゅん。それは良くなかったよ。小屋の再建なんてしたらラケちんのメンツが丸つぶれじゃん」


 どうやら話題は牧場の件についてらしい。


「そうなんですか? でも僕は自分にできることをやっただけですよ?」


「その結果が今のアースきゅんでしょ? 多分そのお金をポストに入れたのラケちんだろうからさ。それで終わった話だったんだよ」


 そう、ラケシスにしてもお金を支払うことで最低限のフォローはしたつもりなのだ。それなのにアースは首を突っ込み過ぎている。


「大体、なんでアースきゅんがそこまでするの? ラケちんの為にしても行き過ぎだよ?」


 しょせんはアパートの管理人と住人の間柄だ。アースがそこまでする義理は無い。

 ラケシスもそこが不思議だったので聞き耳を立てる。


「僕はラケシスさんに命を救われたんですよ」


「どういうこと?」


「2匹目のファイアドレイクが現れたとき、僕は背中を向けて走っていました。もしあの時にラケシスさんが魔法を使わなければ僕は間違いなく大怪我を負っていたんです。ラケシスさんは恐らく何らかの事情で魔力を制御できていないんじゃないですか?」


 その言葉にラケシスは息を飲んだ。

 冒険者の間では公然の秘密だったが、まさかアースが気付いていたとは。


「本人から言うなと言われてるけどその通りだよ。ラケちんは高レベルな魔法を放つと魔力が暴走して制御できなくなるんだ」


「ですよね。実際彼女は魔法を撃つのを躊躇いましたから。だけど僕を救うために彼女は魔法を撃ってくれたんですよ」


 その結果として小屋が吹き飛んだのだ。


「だから僕はラケシスさんに恩があります。早くあってお礼が言いたいんです」


 ラケシスはラケシスにしかできないモンスター討伐の仕事をやっただけ。ならばアースも自分にしかできないことで恩を返しただけなのだ。


「な、何よあいつ……」


 アースの言葉を聞くと先程までの怒りが消えうせる。それと同時に妙に心臓が激しく脈打っている。


「ねえ。アースきゅんはラケちんのことどう思ってるのかにゃ?」


 リーンの突っ込んだ質問にラケシスは驚いた。そしてこれまで以上の真剣な顔をして聞き耳を立てると……。


「とても尊敬できる人ですよね。今回の依頼だってわざわざ受ける必要はなかったはずなんです。だけど、街の人が困ってるのを見過ごせないから受けたんですよ。口では色々冷たい言葉を発してるけど、思いやりのある人だと僕は思います」


「なっ、何よいきなり……馬鹿っ!」


 アースの言葉にラケシスは思わず悪態が出る。

 思わず頬が崩れてしまいそうになるのを両手で抑えるのだが、周囲の人間は不審者を見るようにラケシスを見ていた。


「にしし、もしかして惚れちゃったのかにゃ?」


 からかいが混ざったリーンの言葉にラケシスは『なんてことを聞くのよ!』と怒鳴りつけそうになるのだが、ここで出ていくわけにはいかない。


 よってアースがなんと答えるのか気にしているのだが…………。



 ――ドォーーーーン――


 その答えは近くの建物が爆発して燃え上がる音によって消されるのだった。


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