第24話 くるんじゃないわよ!
辺りは完全に暗くなり、月明かりのみが光源となり周囲を照らしている。
そんな中、アースとラケシスは牧場の小屋の片隅に身を潜めていた。
「あんたは絶対にここから動くんじゃないわよ?」
ギルドマスターの命令で連れてきたが、アースに戦闘ができるわけではない。
前に出ても足手まといにしかならないのでラケシスは再度強く言った。
「わかってますよ。でも無茶だけはしないでくださいよ?」
不満げなアース。そんなアースの言葉をラケシスは鼻で笑うと……。
「あんた私の噂を聞いたことないの? ファイアドレイク1匹程度なら問題なく片付けられるわよ」
ラケシスの自信満々な態度にアースは、
「わかりましたよ。僕はここを守ることにします」
アースがいる場所はこの牧場でも重要な場所。乳を搾ったりバターを作ったりなど各種の魔導具が置かれている小屋だった。
家畜は食われたとしても多少の損で済むのにたいし魔導具は高い。依頼人からもここだけは破壊しないで欲しいと口を酸っぱくして言っていたのだ。
アースがそんな言葉を思い出していると…………。
「どうやら来たようね」
ファイアドレイクが柵を破って牧場へと入ってきた。
★
——グッチャグッチャ――
何かを咀嚼する音が聞こえる。
ファイアドレイクが囮に用意しておいた豚を殺して食っている音だ。
夜闇に紛れて牧場に現れたファイアドレイクはまるで自身が牧場の主であるかのように振舞うと獲物をむさぼる。
私は足音を立てないように慎重に歩みを進めると杖を取り出した。
杖をじっと観察する。今回の杖はそこそこの杖制作師が作った物なのでそれなりの耐久度はありそうだ。
(でも、もって1発ってところかしら?)
私は生まれつき魔力が多い。それこそ1000年に1人ともてはやされ期待される存在だった。
だけどそんな私にも2つ欠点がある。
1つは私の魔法に耐えられる杖が存在しないこと。私が大型の魔法を放つと杖が必ず壊れるのだ。なので、普段は魔法の威力を抑えることで周囲に被害がいかないようにしている。
(だけど今回は一撃で倒さなきゃいけないわ)
牧場に被害を与えないためにも。そして後ろに控えているアースがいることからも撃ち漏らすわけにはいかない。
私は本来【火属性】の方が相性が良い。だが、目の前のモンスターはファイアドレイク。火属性に耐性があるので今回使う魔法は【水属性】だ。
(そうすると、威力を上げなければいけないから無茶をしなければならないわ)
もう1つの欠点。それは魔力が暴走すること。
普段のレベルの低い魔法を使っている間は問題がない。
だけど、杖が壊れるような強力な魔法を放った後、私はしばらくのあいだ魔力が制御できなくなるのだ。
何もしていなくても魔力が暴走し、周囲に被害を与えてしまう。
ここに来るまでの間、街の人間が冷たい視線を私に向けてきたのはそのせいだ。
(ここで練り上げた氷魔法を放てば確実に魔力は暴走する。終わったらしばらく山篭りね)
私は精密に、そして正確に魔力を練り上げ始める。得意ではない属性の魔法なので集中する必要があるのだ。
ふと気になり後ろを見ると、アースが心配そうに見ていた。
本当におかしな男の子だ。大抵の人間は私の被害にあったその時から恐怖に怯え、よそよそしくなる。
なのにアースは大切な畑を吹き飛ばしても、魔導具を壊しても怒りこそするが、私を見る目は変わらない。
『ギャオン?』
ファイアドレイクが顔を上げる。どうやらこの場の変化に気付いたようだ。
『ギャルルルル!』
長い首を後ろに向け、私の存在に気付く。だけどもう遅い。
こっちは既に準備が終わっている。
『ギャギャギャッ!?』
野生のモンスターは強さに敏感だ。私が練り上げた魔力から脅威を感じ取ったのだろう。
ファイアドレイクは慌てて私と逆方向へと走り出した。
「逃がすわけ無いでしょう! 凍りなさいっ!」
杖を向けると膨大な冷気が噴出しファイアドレイクへと向かう。その冷気は通った場所から周囲を含めて完全に凍り付かせていく。そして、やがて冷気はファイアドレイクの背中を捉えると……。
『…………』
その冷気はファイアドレイクを直撃し、ターゲットは言葉を発する事すらできずに完全に沈黙した。
――パキンッ――
それと同時に杖が砕け散る。やはり魔法のコントロールが難しかったらしく、私の中で魔力が暴れ出す。
「くっ!」
私はそれを何とか内側に留めようと必死に制御する。
こんな場所で暴走させてしまえば相当の被害が……。
(あ、あいつを巻き込むわけにはいかない!!)
「ラケシスさんっ! やりましたねっ!」
「くるんじゃないわよっ!」
嬉しそうに駆け寄ってくるアースを私は怒鳴りつける。
今近寄ってこられると危険なのだ。
「あっ……」
アースの傷ついた声が届いた。今までもこうして相手を遠ざけてきたのだが、胸が痛んだ。
私の厳しい言葉に最初は笑顔を向けてきた人たちも次第に笑わなくなる。ここ数日私はアースに冷たく接し続けた。そろそろ彼も私を見限るころかもしれないわね……。
小屋から出てきたアースはそこでピタリと止まった。暗くて顔が良く見えないがどんな表情をしているかは想像がつく。
だが、次の瞬間。私は信じられないものを見た。
「えっ?」
小屋の裏から動く何かが現れたのだ。
『ギャアアアアアアアアアアアア』
「2匹目……聞いてないわよ!」
目撃したファイアドレイクは1匹と聞いている。だが、2匹目がいた。
『ギャウウウウウウウウ』
番が殺されたことでファイアドレイクは怒りをあらわにしている。そして…………。
「アース。こっちに走って!」
私の言葉にアースは即座に反応すると走り出した。
「制御する時間がない……」
杖があればまだ良かったのだが、今から魔力を練り直す時間がない。だけど魔法を撃つわけにはいかない。今の私は魔力が暴走しているので威力を調整することができないからだ。
今打てば依頼人との約束を果たすことはできない。私が悩んでいると……。
「ラケシスさんっ!」
アースと目があった。もしここで魔法を撃たなければファイアドレイクはアースに追いつき危害を加えるだろう。
「私を舐めるんじゃないわよっ!」
アースを追いかけ走るファイアドレイクが小屋のそばを通る。私は手を突き出すと……。
「爆ぜろっ!」
暴力的な魔力が身体からごっそりと抜けていく。
先日、アースの畑を吹き飛ばした時の威力とは比べ物にならない。
『ギャオ?』
その魔法はファイアドレイクへと到達し…………。
――ドッガッーーーーン!!!――
小屋もろとも周辺を吹き飛ばすのだった。
★
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます