第22話 私に話しかけないで!
「さて、ようやく隣町に到着しましたよ」
朝から出発して時刻は既に夕方だ。馬車の揺れもあってか、この時間から作業をするには疲れが溜まっていた。
今日はどこかに宿泊して明日から目的を果たそうと考えるアース。
「ラケシスさん宿屋はどちらに……っていない!?」
街並みを見てラケシスに声を掛けるのだが、既に姿はない。どうやらアースをおいていってしまったようだ。
「仕方ない、今日のところは皆さんに教えてもらった宿に泊まるとするか」
馬車の中でこの街についての情報を教えてもらっていたアースは、料理が美味しいと評判の宿を目指して歩き出した。
「あれ? ラケシスさん?」
ところが宿に到着するとラケシスがいた。
既にチェックインを済ませたのか、マントを脱いで身軽な恰好で食堂にいる。
「なんで置いていくんですか……」
向かいに座るとアースは抗議をするのだが…………。
「別に。あんたは同行者じゃないし……」
取り付くしまもなくカップに口をつける。どうやらくつろいでいるようだ。
『おいあれっ……』
『うへぇ、魔王と同じ宿かよ……』
食堂にいた他の客がラケシスを指差すとひそひそと話をする。
「アース」
ラケシスはカップを置くと立ち上がった。
「はい、なんでしょうか?」
「私に話しかけないでちょうだい」
そう言うと部屋へと戻って行く。そんなラケシスをアースは呆然と見送るのだった。
「あっ、おはようございますラケシスさん。この宿のベッドは寝心地が良くてよく眠れましたよ」
翌日になり、ラケシスが支度を終えて宿を出ようとすると、アースが待ち伏せしていた。
「いやぁ、あまりにも寝心地が良いんでアパートの僕の部屋のベッドも買い直そうかなと考えて……ってなんで怒ってるんですか、痛い痛い!」
ラケシスは怒りの形相で近寄るなりアースの頭を掴んでしめた。
「あんた! 話し掛けるなって言ったわよね?」
「そんな、同じアパートで暮らしている者同士なのに理不尽な……」
その言葉でラケシスはアースから手を放すと……。
「ふんっ!」
宿を出ていくのだった。
宿をでたラケシスは栄えた大通りを抜けて道を歩く。目的地はこの街の冒険者ギルドだ。
早足で歩くラケシス。何度も通っているので道を知っており。10分ほどで冒険者ギルドへと到着した。
「はぁはぁ、ラケシスさん歩くの早いですよ……」
背後からはアースの声。だが、ラケシスは振り返ることもせずにギルドの中へと入って行く。
『お、おい……あれ……』
『げっ、氷の魔女かよ……』
周囲の言葉を聞き流して受付に到着したラケシスは、
「討伐依頼で来たわ。ターゲットの情報をちょうだい」
受付カウンターに着くなり受付嬢に用件を述べた。
「は、はい。Aランク冒険者のラケシス様ですね。こちらが対象モンスターの資料になります」
怯え気味に差し出された資料を受け取ったラケシスは、つまらなそうに資料をパラパラとめくる。
どうやら今回のターゲットはBランクモンスターのファイアドレイクのようだ。
ドラゴンの下位種で炎属性のモンスターだ。
最近になって近くの農場に現れるようになったらしく、家畜に大きな被害が出ている。この街にも高ランク冒険者はいるのだが、ファイアドレイクを相手にするとなると大きな被害は免れない。
その点、ラケシスの戦闘能力はずば抜けているので、こうして他の街から呼ばれて依頼を受けたというわけだ。
「早速今からその牧場に行くわ」
受付嬢にそう答えたラケシスはその場を離れようとするのだが……。
「あの……。そちら様は?」
気が付けば後ろにアースがいた。
「なによ。あんた冒険者じゃないのに何しているわけ?」
普段の3割ましで冷たい言葉にアースは……。
「うちのギルドマスターから手紙を預かってきました」
アースが隣町に行く話を冒険者ギルドのオリヴィアに話していたところ、ギルドマスターのリンダから「じゃあついでに冒険者ギルドに手紙を届けてきな」といわれて預かっていたのだ。
アースは冒険者ギルドの場所を知らなかったので、知っているラケシスを追いかけてきた。
「ふん、私はもう行くわ」
アースからそう聞いたラケシスはこれ以上は話すことはないとばかりにギルドを出ようとするのだが……。
「あっ、お待ちください」
「何?」
受付嬢がラケシスを呼び止めた。
いい加減注目を浴びている。アースは普段アパートにいるような顔でラケシスに接してくるのだが、周囲の視線はそれとは対照的にラケシスを歓迎していない。
「そちらのギルドマスターから伝言が書いてありました」
受付嬢はラケシスから視線を外すとその内容を読む。
『今回の依頼にはそこのアースも連れて行くこと。拒否権は無いよ』
ラケシスの怒りにミシリと床がきしむ音がした。
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