第21話 良かったら食べますか?
「明日から少し暇をいただきます」
いつものように晩御飯を食べていると、アースがそう言った。
「えっ、もしかしてアースきゅんアパートをでていくの?」
スプーンをポロリと落とすとリーンはアースに詰め寄った。
「嘘だろ? お前に出ていかれたら誰がアパートを管理してくれるんだよ」
黙っていれば料理が出てきて洗濯をしてもらえる。
ポーションなどの消耗品の管理や武器の修理。更には冒険に出る前のお弁当まで。アースの業務は多岐に渡っている。
「もしかして待遇に不満があるのかのう? ワシの蓄えから追加報酬を出しても構わんが?」
ベーアも目を細めるとアースが残るように条件を良くしようとする。
「いえ、別に出ていくつもりはないですよ? ただ、ちょっと欲しいものがあるの取りに行きたいなと」
アースは自分が出ていくつもりがないことを弁解する。
「な、なぁーんだ。リーンちゃんびっくりしちゃったよ」
「まったくだぜ……」
「アース殿がいない生活はもう想像できぬからな」
3人揃ってほっと息を撫でおろす。
「それじゃあ、明日から何日か空けさせてもらいますね」
そんな中、ラケシスだけは黙々とアースの料理を食べているのだった。
「さて、隣街に行くのは初めてかな?」
翌日、アースは宣言通りにアパートを出た。
全員に弁当を持たせ、冷蔵庫には暖めなおせば食べられる料理を数日用意しておいた。
これならばアパートの住人たちも飢えることはないだろう。
そんな訳で準備を整えたアースは乗合馬車のチケット売り場まで来たのだが…………。
「な、なんでラケシスさんがいるんですか?」
入って早々に知り合いを発見した。本を読んでいたラケシスだったが、アースをちらりと見ると……。
「いや、目が合ったなら教えてくださいよ」
気にすることなく読書に戻ろうとしたラケシス。溜息を吐くと本を閉じた。
「隣街からの依頼でモンスター退治よ」
いつも通りの突き放した声。だが、知り合ってからこれまででラケシスの態度は随分と軟化した。
以前のアースであったなら声を掛けても完全に無視。気にすることなく読書にいそしんでいただろう。
「……あんたは?」
それどころかアースに興味を持ち、逆に聞き返してくる。
「僕は隣街の錬金術の店に用があるんです。この街よりも品揃えが良いようなので」
以前入手したミスリルのブレスレットを加工するつもりだった。
そのために必要な材料がこの街では足りず、加工をするのも出来れば見られたくなかったので今回の外出に繋がっている。
ラケシスの隣へと腰を下ろす。すると、周囲からどよめきが起こった。
周囲の視線はラケシスをはれ物のように扱っていたのだ。
「ラケシスさんは隣街って何度も行ってるんですか? 良かったらお勧めの宿とかお店を教えてくださいよ」
そんな雰囲気を無視してアースはラケシスへと話し掛ける。だが…………。
「アース」
「はい?」
そんなアースにラケシスは冷たい瞳を向けると言った。
「悪いけど話し掛けないで頂戴」
乗合馬車は重苦しい雰囲気で包まれていた。
全部で6人が乗り合わせているのだが、誰1人して口を開こうとしない。
ラケシスは他人に興味がないのか読書をしている。アースはそんなラケシスをじっと見つめていた。
他の乗客に関してはなるべくラケシスから距離をおこうとギリギリまで離れていた。
「そうだ、ラケシスさん。そろそろお昼にしませんか?」
アースはそう言うと袋からサンドイッチを取り出す。ラケシスは本を閉じると……。
「ん」
短く呟きサンドイッチを食べ始めた。
少しだけ馬車の空気が良くなる。ラケシスが放っていた冷たいオーラが和らいだからだ。
アースはサンドイッチを食べながら他の乗客をみる。他の皆は特に食事を用意していなかったようで2人が食べるサンドイッチをじっとみていた。
「皆さんも良かったら食べますか?」
その言葉に残りの4人は顔を輝かせる。そして手を伸ばすとかぶりいた。
そのことがきっかけで馬車内に会話が生まれた。
乗客はこの街の商人と冒険者らしく、隣街のスポットについて色々とアースに教えてくれた。
アースはそれらの情報を頷きながらメモをする。
気が付けばそんなアースの顔をラケシスは本を読まずに見ているのだった。
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