第18話 僕お金持ってないんですけど?
「いやー、楽しみだな」
ポーションを納品して身軽になったアースはミスリルのブレスレットを懐へとしまう。
「ダンジョンコアに付与をするのは久しぶりだし、どんな効果をつけるか悩むな……」
ダンジョンコアにたいし付与を施せる人間は世界中でも数えるほどしかいない。
その数えるほどの人間も国が抱え込んでしまっており、城かどこか秘密の場所で人と接することなく魔法具を作らされている。
「身の安全の為に【シールド】を付与するのもいいし【罠感知】とか鑑定系を付けて売るのもありだな」
もっとも、これを売るとなると変装なり自分だとばれないようにしなければならないのだが……。
アースは浮かれながら新たに手に入れたアイテムについて考えていた。
そのせいで、普段の帰り道とは違う道へと進んでしまう。
しばらくそのまま進んでいると…………。
「おい、そこのガキ!」
「は? なんでしょうか?」
そこで初めてアースは自分が道を間違えていることに気付いた。
「なんでもいい。とりあえず騒ぐんじゃねえぞ」
薄暗い路地裏。周囲にはナイフを構えたみすぼらしい恰好をした男が5人、アースの逃げ道を塞ぐように立っている。
「えーと、僕お金持ってないんですけど?」
言わずとも目的は知れている。アースは先んじてそう話すのだが……。
「とぼけるんじゃねえ、お前が店にポーションを売りに行くところをこっちは見てたんだからな」
どうやらアースを見張っていたらしい。これはいよいよ逃げられないと思うと……。
「はぁ、仕方ない。それじゃあこれで許してくださいよ」
アースは何かを取り出すと男に差し出した。
「へへへ、聞き分けのいい奴は嫌いじゃないぜ。ん? これはなんだ……?」
手に取った男はその黒い球をみて首を傾げる。
「それはですね、合言葉を言って使う魔導具の一種なんですよ」
「合言葉だぁ?」
「良いですか、合言葉はですね……」
皆がアースのいう合言葉を聞くために注目すると……。
「【リリース】」
次の瞬間、球から煙幕があがり視界を塞いだ。
「うわっ、ゲッホゴッホ! なんだこれっ!」
「ちっ! 目が見えねえぞっ!」
「ガキっ! 騙しやがったな!」
ゴロツキたちの罵声が飛ぶ。
「別に騙してませんよ! 道具の使い方を教えてあげただけですから」
何かあった時のためにアースとて準備はしている。使い捨ての煙幕もそうだが、追われている可能性については常に考えている。
「それじゃあ、お先に失礼しますね」
ゴロツキたちを煙に巻いて逃げ出そうとするアースだったが…………。
「ったく、あんたらはガキ1匹捕まえることもできないのかい?」
「えっ?」
次の瞬間風が吹き、煙が吹き飛ばされる。そして…………。
「ぎゃっ!」
腹部に強烈な痛みを覚えてアースは地面に倒れこんだ。
「口上なんて述べるから逃げる隙がでるんだよ」
アースが顔を上げるとそこには…………。
「まず相手を気絶させてから攫うんだ。覚えておきな」
ポイズントードのようなあごをした太った女が立っていた。
★
「あっれ? おかしいな……」
「どうしたんだリーン?」
いつものように冒険を終えたリーンはアパートに戻ると首を傾げた。
「アースきゅんの匂いがしないんだよね……」
本来ならこの時間、アースはアパートで食事の支度をしているはず。それなのに気配どころか匂いが残っていない。リーンはそこに違和感を覚えた。
「風呂じゃないのか?」
以前にベーアと風呂に入っていた時を思い出すのだが……。
「ううん。なんていうか半日は家を空けている感じがするよ」
人間には体臭というものがある。普通の人間でも密閉された空間を開けたときにふと臭いを感じ取ることがある。
そしてその時の臭いと自分の記憶を照合することで誰がその場にいたかわかることがあるのだ。
リーンのそれはトレジャーハンターとしての能力の一つで、意識して使えば犬にも負けないほどの嗅覚を発揮できるのだ。
「だったらどこかに遊びに行ってるとかは? あいつも年頃の男だからな、ガールフレンドでも作って遊んでいる可能性があるだろう?」
「それはそうだけどさぁ……」
これまで毎日真面目に管理人の仕事に取り組んでいたアースが突然仕事を放り出す理由として弱い気がする。
リーンが唇に手をあて考え込んでいると……。
「なによ、騒がしいわね」
2階の階段からラケシスが降りてきた。
「あっ、ラケちん。アースきゅん見なかった?」
どうやら今まで眠っていたようなので、何か情報を得られるかもしれない。
リーンは手掛かりが欲しくて聞いてみた。
「……みてないわよ。朝出掛けたっきりよ」
だが、有益な情報は得られなかった。
「もしかすると、良くない事件に巻き込まれたとか?」
リーンは真剣な顔をすると不吉な想像をする。
「おいおい、それはあいつを見くびりすぎだろう?」
ケイの目からみてアースはしっかりしている。若いのに色々なことができるし、気遣いもできる。
そんなアースがそう簡単に妙なことに巻き込まれているとは考え難い。
「とにかくいないんだからさっ! 皆で探しに行こうよ!」
だが、こうして行方不明になっているのも事実。ケイとリーンは頷くと。
「私は行かないわよ」
ラケシスはつまらなそうにそう言った。
「ラケちん!」
リーンが批難を浴びせるのだが……。
「仮に何かトラブルに巻き込まれたとして、それは本人の自業自得じゃない。この世界で生きていくためには強くなるしかないのよ。アースはそれを怠った、それだけの話だわ」
ラケシスの言葉は真実だ。ケイたちが暮らすこの街も道を一本間違えれば治安が良くない場所へと通じている。
そこでは日々犯罪が行われていて弱者が食い物にされているのだ。
普段そんな弱者を気にかけていない人間がアースにだけ甘いというのは筋が通らない。
ラケシスの言葉に言いくるめられたリーンだったが……。
「それでも私はアースきゅんを探しに行くからっ! ラケちんの馬鹿っ!」
捨てセリフを残すと出て行った。
ケイは溜息を吐くとそれに続き…………。
「あー、ラケシスよ」
「何よ?」
「お前、昨日の晩飯どうだった?」
「別に……普通じゃない?」
毎回アースが一言聞いてくるのでラケシスはそう答えていた。
「昨日の料理だけど、お前が嫌いなルッコラの実が使われてたの気付いたか?」
ラケシスの眉がわずかに動く。
「あいつな、俺にお前が嫌いな食べ物を教えて欲しいって言ってきたんだよ」
「それは……随分と嫌われたものね」
「そうだな。わざわざ嫌いな食材を料理して食わせるんだ、相手に何か含むものが無きゃできねえよ」
それもわざわざ、当人に気付かせないように味付けを工夫して料理したのだ。普通に料理をするよりよほど手間がかかっている。
「それがどうしたっていうの?」
そのことにはラケシスも気付いた。
「だが、アースはもう一つ俺に質問をしたんだよ」
ケイはアパートのドアを開けながら振り返る。
「『ラケシスさんの大好物を教えてください。僕はその料理で彼女を参らせてみせますから』」
ケイが出ていく。
ラケシスはキッチンに向かうと冷蔵庫を開ける。
「本当に馬鹿な奴……」
そこにはラケシスが大好きな料理に使われる食材がこれでもかという程につみあげられていた。
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