第17話 もしかして僕にくれるんですか?

 翌日。アースは表に出ると抉れた土の補修作業をしていた。


「ったく、冗談じゃないっての。誰がこれを埋めると思ってるんだ……」


 普段温厚なアースの割には本気で怒っている。

 それというのも、せっかく愛情をもって育てたハーブを消し飛ばされたからだ。


「あーあ、また森にいって腐葉土を取ってこなきゃな……」


 アースがそんな風にぼやいていると……。


「ねぇ、あんた」


 抑揚のない声が耳に届く。


「……なんでしょうか?」


 気が付けばラケシスが後ろに立っていた。

 アースは睨みつけるようにラケシスを見て、ラケシスは感情をあらわさない目でアースを見た。


 そして、ラケシスは視線を外すと前に出る。


「えっ、ちょっとなにを?」


 ラケシスは杖を振る。すると…………。


 ――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――


「ちょっと! 何するんですかっ!」


 耕そうとしていた畑から土が盛り上がる。それはアパートの二階程の高さで止まると……。


「ちっ」


 ラケシスは苛正しそうに舌打ちをするとその場から離れる。


「なんなんだあの人は、あーあ。これじゃあ畑そのものがもうだめだよ……」


 目の前には盛り上がった土がある。出来上がったクレーターを埋めるのに使えるが、あきらかに量が多い。


 このままでは邪魔になるので森に捨てに行かなければならない。

 アースはがっくりと肩を落とすのだった。






 それからもラケシスの破壊は続いた。


 食堂の魔導具を触れただけで壊してしまったり、爆発音がしたと思ったらラケシスの部屋が無茶苦茶になっていたり。


 アースはそのたびに修復して回る羽目になりやがて…………。


「今日はもう働きたくないです……」


 先日の再現である。


「あはは、アースきゅんお疲れ様」


 リーンは嬉しそうにアースの頭を撫でる。

 これまで常に大人じみた余裕をもって接しられたのだが、こうした態度のお蔭で自分とそう変わらない年齢なのだと身近に感じられるからだ。


「触れただけで魔導具を壊すなんてどれだけ手荒に扱うつもりなのか……。部屋だって無茶苦茶だから直さなきゃいけないし……」


 ラケシスは先程出て行ったきり戻ってきていない。

 アースの考えでは今頃どこかに宿でもとってくつろいでいるのだろう。だが……。


「あっ、ラケちんお帰り」


 ビクリと身体を振るわせていると……。


「ねえあんた……」


「は、はいっ!」


 本日刻み込まれた恐怖体験がトラウマになっているのだ。


 テーブルの上に袋が放り投げられる。


「これは?」


 無言で立つラケシス。どうやら説明してくれる気はないらしい。

 アースは袋を開けてみると……。


「ハーブの種?」


 中身はハーブの種だった。それもわりと危険な森の中まで行かなければ手に入らないようなレアな種もある。


 見上げてみるとラケシスの身体に泥が付いている。彼女が採ってきたのは明白だった。


「もしかして僕にくれるんですか?」


 そう確認すると……。


「……ついでがあったから採ってきただけよ」


 不機嫌そうにドアを閉めていなくなった。

 ドアが閉まってしばらくアースは唖然としていたのだが……。


「あの人は何なんですかね……?」


 改めて疑問が沸いてくるのだった。






 ラケシスの襲来から1週間が過ぎた。

 これまで全く帰ってこなかったのが嘘のように彼女はアパートに顔をだすようになった。


 最初は警戒していたアースだったが、ラケシスが出した土は養分が豊富で、これまで以上の畑が完成したので機嫌を直した。


 虹薔薇にしても、生き残った1本のお蔭で何とか増やすことが出来そうなので問題はない。


「それにしても本当にとっつきにくいというか……」


 畑をいじりながらアースは溜息を吐く。

 これまでのことは水に流して仲良くしようとするアースなのだが、話し掛けてもほとんど会話をしない。


 食事の時に感想を聞いても一言「まあ普通ね」と答える程度だ。


「完全に傍若無人ならこっちもまだ対応を決められるんだけどなぁ……」


 結局のところ善人なのか悪人なのか判断が出来ないのだ。アースは今後の人間関係に頭を悩ませると再度溜息を吐くのだった。




「お久しぶりです」


 アースが店を訪ねると老婆が笑顔になった。


「本当に久しぶりだね。お陰で店の在庫も少なくなってしまったよ」


「すいません、最近は行商人があまり来なくてドタバタしていたものですから」


 そう言うとアースは自分が作ったポーションを並べていく。

 以前店にポーションを卸して以来、買取をしてもらえるようになったので作っては売りに来ているのだ。


「まあいいさ、腕の良い錬金術士は貴重だからね。多少納品にばらつきがあっても仕方ないさ」


「そう言ってもらえると助かります」


 ラケシスによってハーブが吹き飛ばされてしまったせいで納品ができなかったのだが、どうやらまだ取引をしてくれるらしい。


「それじゃあ、今日はポーションが10本。ハイポーションが5本になります」


 老婆は奥へと行きお金を取りに行く。

 その間アースは店内を見渡している。


 こじんまりとした店なので、早々に品物が売れることがなく、前回に訪れた時と商品の種類はそれほど変わっていない。


 それでも、たくさんのアイテムを見ることは楽しいのでアースはついつい魅入ってしまうのだが……。


「あれ? これって……?」


 アースは棚に一つの装飾品を見つけた。


「何か気になるものはあったかい?」


 それは金属のブレスレットなのだが、銀と青の色合いをしている。


「これってミスリルのブレスレットですよね?」


「ほう、わかるのかい?」


 ミスリルは希少金属として有名で、魔導伝達率が高い金属だ。

 軽量なので魔法戦士の胸当てや剣の材料などによく使われている。


「なら、その中心に嵌めこまれている石もわかるかい?」


 老婆はアースを試すように聞いた。ブレスレットの真ん中には黒くなった石が嵌めこまれている。アースはブレスレッドを鑑定してみると表情を変えた……。


「これって、ダンジョンのコアなんですか?」


「御名答だよ。元々は何らかの魔法が付与されていたらしいんだけどね、コアの力を吸い出し過ぎてしまって今ではただの石になっているんだ。それでもミスリル自体の価値が高かったから買い取ったんだよ」


 確かにコアは沈黙していた。


「それよりアース。その行商人に伝えてほしいんだけどね」


「はい。なんですか?」


「最近良く店で聞かれるんだよ。エクスポーションやマナポーションを取り扱わないのかってね」


 エクスポーションとは怪我を治すのに加えて体力を回復させてくれるポーションだ。当然効果も高いのだが作るのが難しい。

 もう片方のマナポーションは魔力を回復させるポーションなのだが、材料のハーブがそれなりに希少なのでやはり数を作るのが難しい。


「えっと……多分、一杯一杯な気がしますよ」


 【製薬マスター】のスキル効果により最小限の魔力効率でポーションを作っているアース。だが、エクスポーションなどの特殊なポーションは求められる魔力の桁が違うのだ。


 それこそ1本作るだけでもアースの1日の魔力の大半を使ってしまう。


「そうかい、それは残念だよ……」


 元々答えがわかっていたのか、老婆はそう言うとポーションの代金を支払った。


「そうだ、あのブレスレットって売ってもらえないでしょうか?」


「うん? あんなのでも結構な値段がするんだよ?」


 不思議そうな目でアースを見る老婆。


「ええ、確かに使い道はなさそうですけど、滅多に手に入らなさそうな出物なので。ちょっとコレクションに加えたいかなと思いまして」


 ふと思いついたことがあるのだが、アースはそう言うと。


「ふーん。物好きだね……」


 老婆にしても悪い取引ではなかったのだろう。アースはこれまでの貯金をはたくとミスリルのブレスレットを手に入れるのだった。

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