第14話 え?差し入れですか?

「うーん、パンが……。勿体ないことをしたな……」


 キッチンにて、アースは腕を組むと目の前のバスケットを見ていた。

 そこには完全にカチカチに固まっているパンが入っている。


「あとでご近所さんに配ろうとして忘れてたんだよな……」


 布を掛けたまま放置して数日。気が付けばパンは食べられない状態になっていた。


「どうかしたのか。アース殿?」


「あっ、ベーアさんお帰りなさい」


 気が付けばベーアが帰宅していた。手に何やら持っているようだ。


「それは?」


 アースが気にしたのでベーアはその塊をテーブルへと乗せる。


「これはトロルの肉じゃよ」


 そういうと包みを開ける。するとそこには表面がびっしり脂身の肉があった。


「今日は依頼でトロルを退治してきたのじゃ。倒した時に依頼主が『せっかくなので持って行ってください』とその場で肉をわけてくれたのでな。アース殿に差し上げようと思い、持って帰ってきたのだ」


 なるほど、トロルは表面こそ脂肪の塊だが、中の筋肉部分の肉は美味いと言われている。問題は大量の脂肪が完全に邪魔になることぐらいだ。


「して、アース殿は何を?」


 再びベーアが質問をすると。


「このパンなんですけどね、置いた場所を忘れていたせいで完全にパサパサになっていたんですよ」


「ほぉ。アース殿がミスをするとは珍しい」


 ベーアはそう言うとパンを手に取った。


「ふむ、ここまで硬いと流石に食べるわけにもいかぬな……。トロルの脂肪とまとめて捨ててくるか」


 ベーアが手伝いを申し出る。そしてパンをゴミ箱に入れようとバスケットを持ち上げたところ。


「ちょっと待ってください」


「うん?」


「それは捨てないでください。今日の晩餐に使うことにしましたから」


「ふむ、何かを思いついたようじゃな」


 アースの笑みをみてベーアはパンを戻すのだった。




「さて、まずは脂肪を取り除くとするか」


 アースは包丁を手にするとトロルの脂身に切り込みを入れた。


「凄いな、これだけ切ってもまだ脂身なのか……」


 中の肉を取り出そうとするが、トロルの身体は脂肪が多くちょっと切った程度では赤身が出てこない。アースは慎重に解体をしていきどうにか赤身肉を確保する。


「さて、この赤身肉は今回は置いておこう」


 赤身肉に丁寧に塩紙を巻き付けて冷蔵庫へとしまう。数日もすれば熟成して食べごろになるだろう。


「さて、つぎにこのパンだな」


 アースはカチカチに固まっているパンを手にする。それを大き目な瓶の中に放り込み蓋をする。


「さて、これでよしと」


 アースが魔導具を起動すると瓶の中に風の刃が発生して中にあるパンをズタズタにし始めた。これはアースが最近作った魔導具で決められた範囲に風の刃を発生させるものだ。


 この道具を使えば人間の手でやるよりも素早く食材を刻むことができる。


「うん、いい感じにバラバラになったな」


 パンは完全に原型を失っており、手に取ってみると粉が指の間からこぼれる。

 アースはパンから作った粉を平たいトレーに入れると……。


「さて、次はこっちの処理だな」


 テーブルの上にあるのは肉を取り出した後のトロルの脂肪の残骸。アースはこれを鍋の中へと放り込むと火をつけた。


 ――ジュワーーーー――


 脂の焼ける音と煙が立ち込める。


「うん、ちょっと獣臭いかな?」


 キッチンをトロルの臭いが充満する。


「換気の魔導具を起動しよう」


 アースが魔導具を操作すると、煙が吸い込まれ、アパートの外へと吐き出される。


「さて、どんどん投入していくか」


 臭いが気にならなくなったのでアースはどんどんとトロルの脂肪を鍋の中へと放り込んでいく。


 最初はただの塊だった脂肪だが、熱を通していると変化していく。

 脂肪が溶け出し液体となったのだ。


「よし、大体良い感じになったかな?」


 すべての脂身がとけきったので小さな穴が一杯あいたレードルをつかって表面に浮かぶ脂カスを取ろうとする。


「やっぱこの道具じゃ完全には取り切れなさそうだな……」


 だが、脂カスのほうが小さいためレードルの穴を抜けてしまう。


「さらに表面に浮かぶこの濁ったこれもトロルの臭いの元なんだよな」


 鍋の表面を覆うようにある膜はトロルの質の悪い脂身の部分でこれがあると獣臭を完全に消すことはできない。


「良しこれを使うか」


 アースは服の材料になっているウールツリーを鍋の中に投入した。

 このウールツリーはふわふわとした感触をしていて保温性に優れていてその上安価。


 庶民が服を作る際に重宝しているのでアースもそのうち何か作るつもりで仕入れていた。

 投入したウールツリーを見ていると次第にトロルの油を吸い込んでいく。そしてウールツリーを引き上げると……。


「うん、嫌な臭いが消えてる。これで準備はできたな」


 アースはウールツリーをゴミ箱に捨てた。


「たっだいま~。ありゃ、アースきゅんはまだ料理中?」


 結構な時間が掛かってしまったのでリーンが帰宅した。


「ええ、今日はちょっと変わった料理をやろうと思ってまして。申し訳ないですけど、もう少々お待ちいただけますか?」


「うんうん、アースきゅんの手料理が食べられるならいくらでも待つよ。なんならリーンちゃんが傍で応援しててあげようか?」


 次にどんな料理で驚かせてくれるのかリーンが期待し、そんな提案をするのだが……。


「いえ、気が散るから結構です」


「ガーン……。いつもの塩対応」


 リーンは肩を落とすとキッチンから退室していった。


「さて、次は……」


 アースは冷蔵庫から卵を取り出すと割ってトレーに入れる。そして次に小麦粉をトレーへと敷き詰めた。


「さて、準備が出来た」


 左から順番に小麦粉・生卵・パン粉と並んでいる。

 アースは冷蔵庫からさらに肉を取り出す。そして塩と胡椒をふると。


「あとはこれを……」


 アースは肉に小麦粉を塗すと次のトレーに移す。そして生卵を満遍なく絡めるとパン粉のトレーへ。そしてパン粉を十分に絡めると………………。





「へぇ、これが新しい料理か?」


 ケイが興味深く目の前の皿を見ている。

 そこには黄金色の湯気を上げた食べ物があった。


「これってなんていう料理なの?」


 リーンは目を輝かせるとその料理を食い入るように見ている。


「これは揚げ物料理というものです」


「ほぅ。揚げ物とな?」


「一部の地域ではわりと当たり前に作られている料理なんですよ。動物の脂肪は熱すると液状になります。食材を小麦粉と卵や乾燥したパンの粉をくっつけて揚げて食べるんです」


 脂の処理の手間のせいで店では取り扱わないが、揚げ物料理は存在している。アースは今回のトロルの脂身とパンをみてこの料理でなら食材を無駄にしないで済むと考えたのだ。


「へぇ。アースきゅんは本当に何でも知ってるんだね」


「なんでもは知らないですけどね」


 リーンの軽口にアースは受け答えすると。


「さあ、揚げ物料理は暖かいうちが一番美味しいので早速食べましょう」


 4人はフォークとナイフを持つと揚げ物にナイフを入れる。ザクリと音がして切れたそれをフォークで差し口に持っていくと。


「んんっ! ほいひぃよぉー」


 リーンが口を頬張らせながらそう言った。


「これは、またまた初めて体験する味だな」


 ケイは目を閉じるとかみしめるように揚げ物を味わった。


「ふむ、あのトロルの脂と硬かったパンがこんな風に、見事な腕前じゃな」


 ベーアはアースに感心しながらも食べ続けている。どうやら気に入ったらしい。


 アースも揚げ物を口に含む。


 衣はサクサクしており、小麦粉と生卵とパン粉の層によって閉じ込められている肉汁が、噛むとジュワッと口いっぱいに広がる。


 トロル油の臭みを感じないどころかウールツリーの仄かな香りが移っておりしつこさを打ち消してくれる。まさにいくらでも食べられそうな究極の味わいに達していた。


 3人は奪い合うように揚げ物を取り合い、結局アースは追加の揚げ物を作ることになるのだった。

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