第9話 剣を買ってきましたよ
「アース。明日代わりに武器屋に行ってくれないか?」
いつものようにアースはリーンとケイに給仕をしていた。
「構いませんけど、どうしたんですか?」
「実は城勤めの鍛冶士が打ったロングソードが流れてくるって噂を聞いてな。本来なら俺が買い付けに行きたいんだが……」
「明日の冒険は結構重労働なんだからね。ケイに抜けられたら困るし」
ケイが横を見るとリーンが険しい目付きで睨んでいた。
「というわけで、噂の名工の武器なら予備として持っておくに越したことはないからな。予算は金貨50まで出すから見てきてくれないか?」
「ええ構いませんよ」
ケイの言葉にアースは嫌がることなく了承するのだった。
翌日。アースが指定された武器屋を訪れると、そこには人だかりができていた。
「なんだこの人の多さは……」
その全てが屈強な男たちで、皆いかつい顔をしながらも列を作っている。
「あの……すいません」
「おう。なんだ?」
行列の中から比較的優しそうな顔をした男にアースは話し掛ける。
「皆さんは何故こうして並んでいるんですか?」
「今日は城勤めの名工ギル=バーンが打った剣がこの店に入荷するらしいんだ。城の鍛冶士の武器は普通一般の武器屋に卸されねえんだ。国の騎士や一部の上級兵士の分を作るだけで精一杯だからな」
実際、冒険者などが手に入れられる武器は兵士たちのおさがりだったり、街の三流鍛冶士が作った品質が劣る剣が殆ど。
ごくまれにダンジョンの宝箱などから高品質の剣がでたりするので、強力な武器を持っている冒険者も存在する。
だが、大半の冒険者はそのようなレアな武器を手に入れることができていないのだ。
「つまり今回の噂を聞きつけた冒険者がこうして集まっているってわけだ」
武器は冒険者にとって命を預ける相棒だ。これの出来が良くなければモンスターを倒すこともできない。
「これって並び順なんですかね?」
一体何本の武器が仕入れられたかわからないが、既に結構な人数が並んでしまっている。今からだと間に合わないに違いない。
「今から抽選札を配るらしい。剣は全部で10本あるから抽選に受かった人間が購入する権利を得られるって話らしいぞ」
「なるほど、ありがとうございます」
アースは礼を言うとその男の後ろに並ぶのだった。
「それでは、剣の販売を開始させていただきます。今回、城より入荷しました剣は10本。いずれも形状は違いますが1本金貨50枚で売らせていただきたいと思います」
時間になり店員が大声で叫んだ。それと同時に店の前に10本の剣が並べられている。どうやらあれが名工が作ったという剣らしい……。
「それでは36番の抽選札をお持ちのお客様!」
「あっ、僕ですね」
丁度アースの抽選札が呼ばれた。アースは手を上げると前へと出る。
「おめでとうございます。こちらの10本の中からお選びください」
店員が促すのでアースは目の色を変えるとその10本を見始めた……。
(これで金貨50枚か……)
アースはアゴに手を当てて考えると……。
「それじゃあ、この剣にします」
少し悩んだ末に1本の剣を選んだ。
「はい、ありがとうございます。金貨50枚確かに受け取りました」
店員から剣を受け取ったアースはその場をあとにした。
「さて、やるとしますか……」
武器を手に入れたアースはレンタル工房へと来ていた。
ここは設備を持たない人間でも少しの金を払うことで使う事が出来る施設だ。
アースはそこに入ると、先程の剣を取り出した。
「せめて研ぐぐらいはしても良いよね?」
剣を見た時からうずきが止まらなかった。この剣を打った名工とやらはそこそこの腕前のようだ。恐らく鍛冶スキルをマスターしていないのだろう。
アースの目から見てところどころに甘さが残っており、その結果として武器の切れ味を落としている。
アースは【鍛冶マスター】のスキルを持っているので武器をひとめ見ただけで歪さが理解できる。
せっかくケイが楽しみにしているのにつまらない武器を渡すのは気が引けたので少しだけその歪さを修正することにした。
剣に水をつけて砥石で丁寧に研ぐ。その際に刃の向きを砥石と水平にするのがコツだ。
研ぎ方が下手であれば逆に切れ味を減少させる結果になるので、鍛冶士にとって一番の腕の見せどころはこの作業になるだろう。
数時間ほど集中して研ぎ続ける。その間アースは一切言葉を発しず、休憩もとらない。良い剣を作るためには剣と向き合わなければならないからだ。
「うん、こんなところだろうか?」
アースの目から見ても満足に仕上がった。素人目にははっきりしない歪さが存在していたのだが、今ではほれぼれするような刀身の輝きを放っている。
「ちょいと試し斬りを……」
アースはレンタル工房にある試し斬りの場所へ行くと木材をセットする。そして……。
――スッ――
音もなく剣が通り抜けた。幸いにして目撃者はいないのだが……。
「うん、中々良い感じだ。これならドラゴンの皮膚も斬れるかな」
なにせケイが使う武器なのだ。Aランク冒険者は高ランクのモンスターを相手にすることが多い。このぐらいの品質は必要だろう。
アースは剣の性能に満足するとアパートへと引き上げるのだった。
「サンキュ―アース。なんか抽選だったんだってな?」
戻ってくるなりケイがアースに話しかけてくる。
他の冒険者仲間から聞いたのか、既にアースが剣を手に入れていることは知っていたらしい。
「ええ、何か運が良かったみたいで一番最初に選ぶことが出来ました。ケイさんが今まで使ってるのと似た形の剣があったのでそれにしておきましたよ」
「流石に気が利くじゃねえか。へぇ……流石は名工の作品だけあるな……」
アースから剣を受け取ったケイは早速抜いて見せる。
室内の明りによる照り返しで刀身が輝くとその美しさに思わず見惚れてしまった。
「新しい武器っていいよね。私もショートソードが出てたら買いたかったな」
リーンが羨ましそうに見ていると……。
「そうだ。リーンさんこれ」
アースは思い出したかのようにリーンに渡す。
「えっ? これショートソード?」
「多分同じ鍛冶士の作品だと思うんですけどね、旅の行商人がサービスにくれたんで差し上げますよ」
以前作って死蔵させていた剣なのだが、リーンが欲しがっているのならと思って取り出したのだ。
「ありがとうアースきゅん。お礼にハグしてあげるよ」
そう感激して抱きついてこようとするリーンに。
「あっ、今は晩飯の準備で忙しいので結構です」
「もうっ! つれないなぁっ!」
リーンの抗議を聞き流しながらアースは食事の準備へと戻る。
リーンとケイはそれぞれの得物を見つめると嬉しそうに笑っていた。
翌日の夜、武器の威力が高かったことでケイとリーンが他のパーティーメンバーから羨ましがられたという話を聞くのだった。
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