第8話 カーシーブレイクしますか?
「よし、本日の掃除も終わりっと……」
アースは雑巾を桶につけると汗を拭った。
アパートの管理人に就任してから1ヶ月が過ぎた。最初はところどころボロボロだったこの建物も、アースが日々改造をしていったお蔭で今では新築同様に綺麗になっている。
廊下には冷気と暖気が出る魔導具を設置し、年中快適な温度を維持できるようにし、食堂には大量の食糧を保存するための冷蔵庫を作り上げた。
これは冷気を出す魔導具を用いており、開ける段によって冷気の温度が違っており、一番低い温度では水を凍らせることができる。
通常、氷を手に入れるには魔道士に魔法を使ってもらわなければならないのだが、この魔導具の力があればいつでも作ることができるのだ。
暑い日には飲み物に氷を浮かべ身体を冷やすこともできるので、この冷蔵庫のお蔭でアパートの生活は劇的に改善された。
「それにしても……まだ見ない2人は一体いつになったら戻ってくるのやら?」
就任して1ヶ月。ケイとリーンとしかまだ顔を合わせていない。
管理者としては世話をする人数が少なければ少ない程楽なのだが、こうして暇を持て余してしまうなら話は別だ。
「とりあえず、採っておいた材料でポーションでも作っておくか」
アースは桶を持ち上げると、片付けに行くのだった。
「これ以上は、あきらかに作り過ぎなんだよな……」
管理人室の地面にある階段。そこを降りたところにある広い地下室にアースは居た。
管理人室の床板がやたら音を立てるので外してみたところ、地下室があったのだ。
そこは棚が壁一面に並んでいて、古い木のテーブルや椅子などが置かれていた。
何者かの隠れ家だったようなのだが、手掛かりとなるようなものはなかった。
アースは丁度良かったので、この部屋に人に見られては困る物を押し込んでおくことにした。
空間拡張が付与された皮袋。
常識を逸したポーション類の数々。
独自に作り上げた便利な道具の数々。
十分な広さがあったにもかかわらず、ハーブなどの材料が大量にあったのでどんどん作った結果こうして置き場がなくなってきたのだ。
「リーンさんやケイさんはあまり怪我しないからな……」
これまでもあの2人にお使いを頼まれるたびにここからポーションを補充して渡していたのだが、生産に対して消費が追い付かない。
このままここで死蔵をさせるのは惜しいと考えたアースは……。
「よし、売りに行ってくるか」
出来たポーションを売ることにした。
ガチャガチャと音を立てながらポーションを運ぶアース。
アーティファクトの皮袋を使えば楽なのだが、あれを見せてしまったら大事になる。
「すいません、買取をお願いしたいんですけど」
街の中心近くにある錬金術の店にアースは入った。
「なんだ? 自分で作ったポーションを持ってきたのか?」
眼光の鋭い男がアースを睨みつけた。
「いえ、旅の行商人から仕入れたポーションなんですけど、入用になったので手放そうかと思いまして……」
「そうか、買取価格はこっちで査定して決めさせてもらうが?」
「ええ、宜しくお願いします」
男の言葉をアースは了承すると持ち込んだポーションの瓶を並べていく。
持ってきたのはポーションが5本とハイポーションが10本だ。
「これは……随分と高品質だな。余程名のあるマスタークラスが作った品物に違いない。これを行商人から買ったと言ったか?」
「ええ、たまに立ち寄るんですけど中々の商売上手で、このポーションも1本750リラ、ハイポーションも1本3000リラで買いました」
「そいつはちょっとあり得ねえ価格だな」
男の言葉にアースは高値過ぎるのだと思った。だが…………。
「これ程の品質なら俺ならポーション1本2000リラ、ハイポーションは5000リラで売るだろうよ」
「そんなにするのですか?」
驚くアースに男は答える。
「そうだな、買取りということならポーション1本1500、ハイポーション1本4000でどうだ?」
アゴに手をあててそう提案する男にアースは……。
「是非それでお願いします」
即座に決断をするのだった。
「じゃあこれが買い取り料金だ」
男から金貨4枚と銀貨7枚、銅貨5枚を受け取る。
「また余ってるようなら持って来いよ。今回と同じ価格で買ってやるからよ」
嬉々としながら棚にポーションを並べる。そんな様子を見ていたアースだったが……。
「その横にあるのってもしかして……カーシーの豆ですか?」
「なんでぇ。良く知ってるな? こいつは最近南の国から運ばれてきたものなんだが、豆自体が硬いし苦いせいで料理を作るのに不評でな。こうして余らせていたわけだ」
「それ、僕が買いますよ」
アースはそう言うとカーシー豆を確保するのだった。
「さて、今回作ったこのカーシーミルの性能を試してみるか」
アパートに戻るなりアースは一つの道具を作りだした。それはハンドルを回転させると中で歯車が回転する道具で、硬い物を砕くのに適している。
「まずはカーシー豆を入れて……ハンドルを回して……」
ゴリゴリと削れる音と感触がアースの手に伝わってくる。
「うん、良い香りだ」
それとともに何とも言えない良い匂いが漂ってくる。
何度も引いているうちに豆は砕けて粉になった。
「よし、金属で作った小さな穴が開いている容器をカップの上にセットして、そこにろ紙を敷いて……」
その上に今しがた引いた粉を乗せる。そして…………。
「ポットで沸かしていたお湯を注いで泡が立つのを待つんだ」
先端が細い形状のポットを火から下ろすとアースはお湯を注いだ。
室内をカーシーの匂いが充満する。
「うん、落ち着く匂いだな」
アースはお湯が下に落ちたのを確認すると再度ポットから注ぐ。一度蒸らすのがこの時のコツなのだ。
やがてカップに十分なお湯が落ちると……。
「以前飲んだことがあるカーシーそのものだな」
黒い液体がカップを満たしていた。
そもそもカーシー豆とは料理に使うものではなく、こうした苦みのある飲み物を作るのに用いられる物だった。
錬金術の店の人間はそれを知らずに失敗品だと決めつけていたが、アースは以前に飲んだことがあったので知っていた。
「さて、飲んでみようかな」
カップに口をつける。すると口の中に苦みと共になんとも言えぬふっくらした味わいが広がった。
「やっぱり美味しいね」
食後であったり、甘味との相性が良いカーシーを堪能していると…………。
「おっ? なんか良い匂いがしてるな」
ケイが帰ってきた。
「お帰りなさいケイさん。リーンさんは一緒じゃないですか?」
「あいつなら冒険が終わった後で仲間と買い物に行ったぞ」
それで1人ケイが帰ってきたらしい。
「なんだか美味そうな匂いだが?」
そう興味を示すケイにアースは……。
「ケイさんも良かったら飲みますか?」
新しくカップを用意するとカーシーを淹れるのだった。
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