第7話 えっ?ハーブの種ですか?

「そういえばアースきゅん。今日は街の外での仕事だったからついでにこんなものを採集してきたよ」


 晩飯を食べ終えたリーンは胸元をごそごそとやると中から皮袋を取り出しアースへと投げた。


「わっ!」


 突然投げられたそれをアースは受け止める。袋はまだ暖かくリーンの匂いがアースの鼻腔をくすぐった。


「これってもしかして、ハーブの種でしょうか?」


「うん、たまたま生えたから集めてみたんだよ」


 リーンとケイは冒険が終わるとパーティーメンバーと共に酒場へと繰り出すのが日課になっていた。

 だが、最近リーンは早くアパートに戻ることが多くなっていた。


 1人アパートに戻ったところで、リーンはアースが『せめてハーブの種があればな……栽培して色々増やせるのに』と呟いてるところに遭遇したのだ。


 実のところ、今日の冒険でリーンは仕事をさぼって種を集めていた。

 だが、それをアースに素直に言う気にもならずこうして気にしていない風を装っているのだ。


「にしし。リーンちゃんからの就任祝いだよ。何が良いか悩んだんだけどお金で解決っていうのも味気なかったからね」


 ケイがアースに金貨を支払った時の嬉しそうな姿が焼き付いていた。だが、自分が同じようなことをしても2番煎じとなってしまう。

 アースが就任してから数週間が過ぎたが、これならばとリーンは考えたのだ。結果は…………。


「いやこれ本当に助かりますよ。早速明日にでも庭に畑を作って植えたいと思います。リーンさんありがとうございます」


「にゃ、にゃはははは、たまたま集めといて良かったよ。アースきゅんさえよければまた持ってきてあげるね」


 真っすぐな笑顔を正面から受けたリーンは恥ずかしくなると席を立つ。そして……。


「今日もご飯美味しかったよ。また明日も宜しくね」


 そう言うと自分の部屋へと戻って行くのだった。






「さて、まずは土を耕さないといけないな」


 翌日。アースはクワを持つと庭へとでた。


「とりあえずもらった種を完全に蒔くならある程度の広さは欲しいところだね」


 幸いにしてアパートの敷地は広い。建てようとするなら豪邸が2つは入る広さだ。


「せいっ!」


 アースがクワを振るうと、クワが土に深く食い込んだ。

 このクワだが【鍛冶マスター】のスキルを使って作ったアース特製品である。


 腕力が無く戦闘に向いていないアースが使っても簡単に土を掘り起こすことができる。


「うん、これならそれほど時間をかけないで耕すことができそうだな」


 アースは手の感触を確かめると、クワを振るい続けるのだった。


「はぁはぁ……とりあえずこんなものか」


 アースはスタミナポーションを飲みながら目の前の成果を見ていた。

 10平方メートル程の範囲の土が耕されている。


「それにしてもこれは腰にくるな……」


 アースは腰を戦いながら、もっと身体を鍛えるべきではないかと考える。


「あとは腐葉土を取に行くか」


 ただ掘り起こしただけでは土に栄養がない。

 広くは知られていないが、木から落ちた葉っぱには大量の栄養分が含まれている。


「良いハーブを育てるには良い土からってね」


 せっかくリーンが採ってきてくれた種なので無駄にしたくない。


 アースはクワを置くと森に出かける準備をするのだった。




「森の奥はモンスターがいるからな、浅い場所で集めることにしよう」


 アースが向かったのは街の近くにある小さな森だ。

 小動物が生息しているが、奥まで入らなければモンスターと遭遇することはない。


 駆け出しの錬金術士などお金がない人間がポーションの材料を自ら取りに来るような場所なのだ。


 リーンやケイのような人間はもっと遠くにある危険な森が仕事場で、そちらにはレアな植物がある分モンスターも活発に活動している。


「お宝があるある……」


 地面に積もった腐葉土をみたアースは目を輝かせると……。


「早速これに入れていこう」


 アースが取り出したのは一見するとなんの変哲もない皮袋だ。

 だが、その見た目からは想像もつかないほどの高性能な袋で、その存在を知られてしまえば大きな争いが起こる。


「よいしょとっ!」


 アースは抱えきれないほどの腐葉土を袋へと流し込む。本来なら数度も同じ動作を行えば袋は満タンになるのだが……。


「へへへ、問題なしと」


 おかしなことに袋は中身が入ったように見えず元のままだった。


「これなら一度に大量に持って帰れるな。多めに取っておくか」


 この袋だがS級レアアイテム――アーティファクトと呼ばれるアイテムで、アースの【裁縫マスター】で縫われた後、【付与マスター】で空間拡張の能力を付与されている。


 容量としては馬車10台に相当するので、この袋の存在と作れる人間が発覚するといかなる手段を用いても確保しなければならないと争いが起きるのは間違いない。


「あとは、他の人に見られないように注意だけして……」


 こんなところに来るのは初心者冒険者ぐらいなのだが、アースは注意をしながら腐葉土を回収していくのだった。



「さて、種も蒔き終わったし、あとは水やりを欠かさなければ順調に育つだろう」


 身体中泥だらけになったアースは顔を拭うと達成感に身を委ねた。

 力仕事は久しぶりで、だましだましポーションを飲んで頑張ってはみたが、限界にきていた。


「あとは……これだね」


 アースはウサギのフン程の大きさの小粒を10粒程畑に仕込む。


「もろもろをの材料から作った特別栄養剤。土そのものを格段に良くしてくれる。材料は秘密だけど……」


 別に門外不出というわけではないのだが、それを暴露すると大抵の人間は嫌な顔をするので特にいう必要もなかった。


「あとは明日にでも柵とか作るとしようかな……」


 アースは欠伸をすると管理人室へと引き上げてくる。

 翌朝。栄養剤が思っていたよりも効果を発揮したせいで、すっかり成長したハーブと対面することをこの時のアースは知らなかった……。

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