第4話 軽く朝食を作りましたよ

「さて、今日も1日頑張るとするか」


 久しぶりに布団にくるまれて眠ったアースは腕を伸ばすと身体をほぐした。


「しかし、あのぐらいで驚くなんてね……」


 昨夜、アースが柱を修復しているとリーンとケイが血相を変えて帰ってきた。

 アースは笑顔で2人を迎えたのだが、2人はアパートに関して問い詰めてきたのだ。


 アースは掃除や修理に使用した道具を見せて綺麗になるまでの過程を実演して見せた。勿論自分が作ったことは言わず、市販の道具を使ったと言い張ったし、修理などの部分は業者にやってもらったと言い切った。


 説明を終えるとケイとリーンは首を傾げながらも納得して自分たちの部屋へと戻って行った。


「やっぱり屋根があるっていいな。安心して眠ることができるし」


 ずっと野宿をしていたので夜は虫に刺されたり、ゴブリンに狙われたりと大変だった。


「この生活を守るためにも今日もしっかりと仕事をしなきゃいけないな」


 アースは気合を入れると管理人室を出るのだった。




 一晩寝かせた生地を程よい大きさに並べると卵黄を塗ってオーブンに入れて加熱する。魔道具の性能が上がったことで温度調整が可能になり、最適の調理が可能になる。

 あとはパンが焼きあがるまでの間、アースは次の調理へと移った。


 今朝市場に仕入れに行った新鮮な野菜に卵。他には手持ちにあった特製燻製肉。

 それらを包丁で刻み炒めると鍋へ入れて煮込む。使っている水は高級レストランでも手に入らないような清水で、野菜の自然な甘みを最大限に活かすことが可能だ。


 沸騰させて丁寧に灰汁をとるとパンの焼ける良い匂いが漂ってくる。


「ふむ、最適な時間まであと3分23秒ってところか?」


 【料理マスター】のスキルのお蔭で効率的に料理を行えるので、アースは皿を熱湯に通し暖める。

 熱い料理は熱いままに提供しなければ意味がない。料理人としての強いこだわりを発揮して見せた。


「よし、完成だな」


 時間ぴったりになるとオーブンからパンを取り出す。

 焼き目といい照り返し具合といい街のパン屋が見たら弟子入り志願すること間違いなし。


 アースが自分の料理の出来栄えに満足していると…………。


「すんすん……何か凄い美味しい匂いがするよ」


 匂いにつられたリーンが登場した。


「おはようございます。リーンさん」


 アースはパンをバスケットに盛りつけながらリーンに声を掛けると。


「おはよう。アースきゅん何してるの?」


「皆さんの朝食作りをしていたのですが、もしかして必要ないですか?」


 もしそうなら余計なことをしたことになる。


「いや、リーンは助かるけど……」


「じゃあ、食べてくださいよ。今よそいますから」


「う、うん」


 戸惑いながらも席に着くリーン。


「どうぞ。サラダとスープとパンです」


 リーンの前にアースはスープとサラダが入った皿を並べる。


「ありがとう。それにしても美味しそうだね」


 気を取り直したリーンはまずパンを口に含むと……。


「ふわぁ……柔らかい。それに口の中に風味が広がってくるよ」


 至福の表情を浮かべたリーン。アースは気を良くしたのか笑顔で説明を始める。


「近くの牧場で買ってきた乳から作った新鮮なバターをたっぷり入れましたから」


「それにしたってこの柔らかさは初体験だよ?」


「森に自生している野ぶどうを発酵させた酵母を入れて半日寝かせた生地です。味に深みを与えるとともに焼き上げた時のふっくら感も出るんですよ」


 もちろんそれだけではない。火入れのタイミングや、オーブンの熱が高い場所を計算しての配置などなど。1つでも間違えばこの味を出すことはできない。


 だが、リーンはそんなアースの言葉を信じると。


「えっ? アースきゅんが管理人の間まさかこれが毎日食べられるの?」


 目を丸くすると目の前の至高のパンを凝視した。


「さあさあ、他の料理も食べてみてくださいよ」


「う、うん。じゃあスープから……うっまぁっ!」


 口に含んだ瞬間リーンの目が開く。


「今朝市場で仕入れた新鮮な野菜に俺が作った自家製燻製肉を入れたスープです」


「たったそれだけじゃこの味はでないでしょうっ!?」


 リーンの反応にアースは笑うと。


「そのほかにも森でとれるハーブを隠し味に入れてますから。眠気を飛ばしてくれる効果やスタミナがアップしたり冒険をするのに有用な効果があるんですよ」


 アースは味のために入れているのだが、実際の効果は市場に滅多に出回らないスタミナポーションと変わらない。むしろ効果に関してはこちらの料理の方が格段に高い。


「へ、へぇ~。ポーションを作る材料をそんな風に使えるんだ。美味しいっ! おかわりっ!」


「少しお待ちください」


 リーンの食べっぷりにアースは顔をほころばせるとお替りをよそいに行く。


「……なんか良い匂いが、ってリーン」


 その間にケイが食堂に現れた。


「ケイ。アースきゅんが凄いんだよ」


「あん?」


 リーンはアースの料理についてケイへと説明した。


「早起きして俺達のために料理を……?」


 丁度説明を終えるとアースが戻ってきた。


「ケイさんも良かったらどうですか?」


 そしてアースはケイにも朝食をすすめてきた。


「じゃあ、俺にも頼むよ」


 リーンのスープから漂う匂いに我慢できず、ケイはアースに朝食を用意してもらうのだった。




「まさかこの食堂を使う日が来るとは思わなかったぞ……」


 食後のハーブティーを飲みながらケイは一息ついた。


「本当だよね。この街の大工さんって腕が良かったんだね」


 アパートの内装と外装はアースが手配した大工がやったことになっている。


「ええ、俺も驚きました。それより聞きたいことがあるんですけど?」


「なんだ? 何でも聞いてくれていいぞ」


「冒険者ギルドからはこのアパートに住むのは全部で4人と聞いています。他の人はいらっしゃらないんでしょうか?」


 アースの質問に2人は顔を合わせると……。


「あいつらは今は街から出ているからな」


 リーンとケイは他のメンバーも含めて固定パーティーを組んでいるのだが、他の連中は自由に動き回っている。


「そのうちひょっこり顔出すかもしれないからな。その時は紹介してやるよ」


「ありがとうございます。皆さんに気に入ってもらえると嬉しいんですけどね」


 1人でも気に入られず冒険者ギルドにクレームを入れられたら困る。アースはそう思って口にするのだが……。


「ま、まあ。悪い奴らじゃないからな……」


「そうだね。アースきゅん頑張ってね!」


 2人は苦笑いをする。アースは首を傾げるのだが……。


「そろそろ冒険者ギルドに行くとするか」


「そうだね。久しぶりに朝から食事もとれたし今日はいい動きができそうだよ」


 ケイとリーンが立ち上がる。


「あっ、2人共ちょっと待っててください」


 アースはキッチンへと引っ込むと……。


「これ2人のお弁当です。パンに簡単な具を挟み込んだだけですけど」


 2人が朝食を食べている間に用意した弁当をアースは渡した。


「なにこのアースきゅん。お嫁さんに欲しいかも」


「いえ、俺は男なので嫁は無理ですけど?」


「ぶっ! 冗談が通じないのは相変わらずだねぇ」


 素で答えるアースの肩をリーンはバンバン叩くと。


「でもありがとね!」


 弁当を受け取る。


「それじゃあ、気を付けて行ってきてくださいね」


 そう送り出そうとするアースにケイが……。


「アース!」


 金貨を1枚投げてよこした。


「おっと……。ケイさんこれは?」


 受け取った金貨をみてアースは首を捻る。


「朝食の報酬だ。美味かったからな」


「でも、これ明らかに多すぎじゃないですか?」


 金貨1枚は10000リラの価値がある。普通に店で売っているパンでも1個100リラなのだ。


「管理人の就任祝いも兼ねてるからな。それじゃあ俺たちは出かけてくるぞ」


 そういうと手をひらひらさせて出て行った。


「就任祝いって……フフフ、良い人だなぁ」


 認めて貰った気がしてアースは金貨を見て笑みを浮かべる。


「さて、今日は何をしようかな?」


 浮かれた様子で食器を片付ける。この時アースは知らなかった。

 自分が作った弁当を食べてるケイとリーンを他のパーティーメンバーが羨ましがり、弁当の注文がケイから舞い込むことを……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る