聖なる夜のクリストファー

 『ハァ〜、どうしたものかのぉ?』

 フィンランドにある、小さな小屋の中で、全身真っ赤な服に身を包んだ、人の良さそうなお爺さんが、自慢のヒゲをいじりながら、ハイブランドのバッグを眺めている。

 今年のクリスマスの為に、新しく雇ったアシスタントが、ルイ・ヴィトンのバッグを誤発注してしまったのである。

 どこの世界に、サンタクロースを信じるピュアな心と、バッチバチのハイブランドを欲する我執がしゅうを兼ね備えた子供がいるというのであろうか?

 『ワシは、Eコマースとかよく分からないのじゃが、クーリングオフとかは出来んのか?』

 『あっ、すんません。さっき確認したんですけど、クーリングオフ不可でした。あのぉ、もしお困りでしたら、自分、そのバッグもらいましょうか?』

 『もうよい。バカな事を言っとらんで、プレゼントの最終確認をしてきなさい。もうすぐ出発の時間じゃからな。子供達の笑顔の為、もう、これ以上のミスは許されんぞ』

 『ヘイッ!』

 元気だけが取り柄のアシスタントは、プレゼントが保管されている倉庫へと、一目散に走り出した。

 『気の良い奴なんじゃがなぁ、絶望的に仕事が出来ん。まったく、30万円もするルイ・ヴィトンのバッグなど買いおって、30万円もあったら、どれだけの子供を笑顔に出来る事か』

 まったく、困った奴なのだけれど、どこか憎めない可愛い奴なのである。

 あいつがやってきたその日から、人里離れたこの小屋は、よくも悪くも、とても賑やかになった。

 トナカイのスケアクローと1人と1匹で、孤独な生活を送っていたワシは、気がつけば、毎日当たり前にあいつとのお喋りを楽しんでいるのである。

 もしかしたら、ドジばかりするあいつは、いつの日か、あわてんぼうのワシの様に、子供達に幸せを届ける存在になるのかもしれない。

 『さて、そろそろ出発の準備に取り掛かるとするかのぉ』

 よっこらせと立ち上がり、大きな白い袋を取りに向かったはずのアシスタントが、血相けっそうを変えて小屋に飛び込んで来た。

 『どうしたんじゃ?そんなにあわてて、何かあったのか?』

 『たっ、たっ、たっ、大変ですぅ〜、ボスゥ〜』

 『ボスと呼ぶのはやめなさいと、何度言ったら分かるんじゃ、お前は、まぁそれは今は良い。何かあったのか?もしや、プレゼントに何か問題でも?』

 『いえ、倉庫は異常なしです』

 アシスタントの言葉に、ホッと胸を撫で下ろしたワシに、

 『でも、大変なんです、ボスゥ〜』

 『だから、ボスと呼ぶなと言うておろうが、それで、何が大変なんじゃ?』

 『アニエスべーとアイシービーの冬の新作が届いんです。ボスゥ〜。総額25万円です』

 『お前、もうこれ、わざとやっとるだろう?』

 ルイ・ヴィトンの服に、女性物のハイブランドの服。

 世にハイブランドを欲しがる女性はあまたいれども、それは総じて大人の女性である。

 ピュアな心を持った少女達は、ルイ・ヴィトンも、アニエスべーも、アイシービーもいらない。

 そんな我執がしゅうに満ちた高価な革や布きれよりも、キュートなテディーベアの方が、彼女達にはよっぽど価値があるのだ。

 子供達には、出来るだけ長くピュアな心を持ち続けていて欲しいと、そんな事を密かに願っているワシなのであった。

 『あのぉ〜、ボスゥ〜。もし、お困りの様でしたら、その服とバッグ、自分がもらいましょうか?』

 『いい加減にしなさい。もうすぐ出発じゃから、ソリの準備をしてきなさい』

 『ヘイッ』

 相変わらずの元気な返事と共に、アシスタントは勢い良く部屋を飛び出した。

 『本当に、どうしたものかのぉ?』

 

 その時である。


 遠くの方から、プレゼントを求める少年の思いがワシの心に語りかけてきた。

 【ルイ・ヴィトンが欲しい。あと、出来ればアニエスべーとアイシービーの冬の新作も、あっ因みにルイ・ヴィトンは30万円のバッグが欲しいのです】

 遠く日本から飛んできた、その思いの主は、子供かと問われたら、微妙な線じゃが、まぁ10代じゃからギリOK。なんたって、今日はクリスマスなんじゃからな。

 『Yeah!I did it!』

 年甲斐もなく、興奮を抑えられずに、叫び声をあげてしもうたわい。

 フォッ、フォッ、フォッ。

 絶対にハケないと思っていたプレゼントがハケる、この瞬間があるから、何年やってもこの仕事は飽きんのじゃ。


 白い袋に、総額55万円のハイブランドを詰め込んだ赤い服のお爺さんは、空飛ぶソリでプレゼントを待つ子供達の元へと駆け出した。

 

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