聖なる夜のやまと

 『みんながハッピーになれる社会を作るために、会社を立ち上げようと思うんだ。だから、悪いんだけど、連帯保証人になってくれないかな?』

 そんな、絵に描いたような詐欺師の様なセリフを臆面おくめんもなく口にした、幼稚園からの親友の夢を応援しようと、こころよく引き受けたのが運の尽きであった。

 無登記で違法に貸金業務を行なっている闇の業者から、しこたま現金を借り入れた親友は、そのまま私と日本を捨てて、パナマへと旅立ってしまった。

 いきなり多額の借金を背負う事になってしまった私には、愛する息子へのクリスマスプレゼントを買うお金はおろか、この冬を温かい建物の中で過ごす為のお金すら残されていない。

 こんな寒空の下、愛する妻子を路頭ろとうに迷わせたくはない。

 愛する妻と息子と一緒に、幸せなクリスマスを過ごす事が出来たのならば、どんなにか素敵であろうか。

 妻子の事を考えながら、当てもなく街を彷徨さまよっていたはずの私は、いつの間にか、見知らぬアパートの一室に佇んでいた。


 これは、夢であろうか?


 目の前のテーブルには、一万円札が数十枚程、裸で置かれている。

 私は、それを手に取ると、なんとはなしに枚数を数える。

 一万円札は、全部で30枚。

 お札の中に混じっていたメモには、

 【ルイ・ヴィトン、それは羊を狼に変えてしまう邪悪な呪文】と書かれている。

 何かのメタファーであろうか?

 私は、そのメモ紙ごと30万円をダッフルコートの右ポケットに突っ込んで、アパートを飛び出した。

 私は、一体何をしていたのであろうか?

 街を歩いていたはずであるが、気がつけば見知らぬアパートで30万円を手に入れて、無我夢中で走りまくって、この公園に辿り着いたのではなかったか?

 一連の出来事が、夢かうつつか確かめる為に、ダッフルコートの右のポケットに手を突っ込むと、そこには、先程手に入れたばかりの、裸の30万円が、しっかりと収まっていた。


 今日まで、真面目に生きてきたのに。

 

 私は、今、犯罪者になってしまったのだ。


 自分よりも人を優先して、真摯しんしに、謙虚に生きてきたのに。


 こんな汚れたお金で作り上げたクリスマスが、幸せになんてなる訳がない。

 私は、浅めに被っていたニット帽を、鼻頭が隠れる程、目深に被り直すと、大きく深呼吸して、天を仰いだ。

 ニット帽の編み目の隙間から見えるクリスマスの空は、言葉では言い表せない程に美しくて、思いがけず、私の目から熱い物がこぼれ落ちた。

 

 まだだ。


 まだ間に合う!


 あの部屋の住人が帰って来る前に、このお金を元あった場所に戻して、その後で、友人に片っ端から頭を下げて、借りれるだけのお金を借りよう。

 家族3人で、素敵なクリスマスの夜を過ごすんだ。

 運動音痴の私は、全力の女の子走りで、先程のアパートへ向けて駆け出した。


 そのクリスマスの夜。

 

 その街では、身長190cmオーバーで、ニット帽を鼻頭が隠れるまで目深に被り、鬼気迫るオーラを放ちながら、全力の女の子走りで街を駆け抜ける男の噂が飛び交った。

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