俺は部活なんか入らない②

「ちょっと待ち!」


「うぉっとぉ……」


 その日の授業終了直後、今日も帰宅部専門競技である直帰RTAにいそしむべく颯爽と鞄を背負ったところで、その鞄をがしっとつかまれた。

 危うく後ろにつんのめりそうになるところを、なんとか持ちこたえる。


「約束!まさか忘れたとは言わせないよ!」


 もちろん、それをしたのは北条だった。

 びしっと人差し指を突き付けてから、ノンノン、といった風にそれを左右に振っている。


 ……流石にバックレるのはダメだったか、残念。


「露骨にいやそうな顔すんなし……」


「それはすまん……」


 実際めんどくさいし。大体、もっと俺以外に捕まえるべき相手がいるだろうに……。

 苦虫を嚙み潰したような顔をした俺を見て、北条はふっと息を吐く。


「それじゃ行くよ~」


 よほど信用していないのか、北条は俺の制服の裾をぎゅっと握って、そのまま教室の外へと歩き出した。


「わかった、逃げないから袖口を離してくれ……」


「いや、そのまま帰ろうとしてる人の言うこととか信用できないし……」


 ですよねー。恥ずかしくて仕方なくても、今回は全面的に俺が悪いですよねー。


 階段を昇っていくつか角を曲がり、北条はある部屋の前で止まった。

 どうやら目的地に着いたらしい。ドアの上には、「視聴覚準備室」と書かれた古びた札がかけられている。


「視聴覚準備室……?」


「そ。ここ、部室として申請したの」


 そう言って、北条はがらがらと視聴覚室の扉を開けた。

 中は教室の半分よりも少し小さいくらいだ。右奥に据え付けられた棚には、ラジカセやらスピーカーやらの音響機器が並べられている。

 長机が二つ横並びになっていて、左奥にはボブヘアーというのか、肩にかかるくらいの黒髪の少女がちょこんと座って本を読んでいた。

 きらりと光るへアピンが前髪についている。こちらを向いた拍子に光の反射が変わったのか、一瞬だけきらりと光った。


「お、桔梗ちゃん。来てくれたんだね~ありがと~‼」


 北条は彼女のもとへ行って、ぱっと抱き着いた。

 こいつ誰とでも仲良くなるんだな……。


「この子がもう一人の部員ね。欅田桔梗ちゃん。もともとは文芸部だったところを、うちに入ってもらったの」


 欅田は、俺を見るとすぐに本に目を戻した。心なしかおどおどしているように見える。

 ……うんうん緊張しいなんだよね、わかるよ。俺のことが嫌いなわけじゃないよね、信じてるよ。


「木下冬至です、はじめましてよろしく」


 短い間だと思いますが、と心の中で呟きつつ軽く会釈する。

 隣で適当すぎ……と思っているような目つきで、北条が俺を睨んでいた。その目をいなしながら、とりあえずいくつか思っていることを聞いてみる。


「てか文芸部はどうした。そもそもここは何部だよ」


「へっ⁈えーっと……その……」


 ふと思ったことを質問すると、欅田は露骨に慌てふためいた。

 俺は北条に聞いたんだけどね?なんか俺の語気ちょっと強かったよね。ごめん。覇王色入ってんすよ、俺の語気。


……やっぱり俺のこと嫌いなのかしらん?悲しいなぁ。


「ふっふっふ……。よくぞ聞いてくれたねトージ」


 それをフォローするかのように、北条は腰に手を当てて笑った。

 それから、がさごそと鞄をまさぐって何やらまた紙を引っ張り出してきた。

 つくづく身振りの大きいやつだな。


「じゃーん‼これを見よ‼」


「なになに……」


 部活創設申請書

  この度、「見聞部」の創部を申請いたします。

  部活内容としては種々の文学作品を読み、他者の話に耳を傾けることで自らの「見聞」を広めること、また他人の話を聞く際に助言を与えることや実際に手助けをすることも範囲に含めようと考えています。これは他人との関わりを通してより実践的な「見聞」も広まると考えるからです。

また、創部に際して「見聞」の助けとなる「文芸部」との合併を行う予定です。

                          部長 二年六組 北条夏海

                          顧問 鳥居翔子


 なるほど。要するに情報処理部だな?

 ……他人の話聞くからちょっと違うか。


「……で、なんで俺がこれに入るの」


「や、なんかトージいつもよくわかんないこと言ってるし、見聞広めてくれるかなって。あと人数足りないし」


「なんで文芸部合併したの」


「文芸部、このままいくと人数足んなくて廃部だったぽくて、ならあたしたちのとこ入ってくれれば完璧じゃん?みたいな感じで」


 欅田もうんうんと首肯している。

 ……ははぁん、こいつ外堀は埋めていやがった。ここは切り崩せそうにないな。


「てかこれ、部活の意味ある?」


「その方がいろんな人来てくれるのかなって」


「はぁ……」


 思わず生返事になってしまう。こいつは何がしたいんんだ……?


 そんな俺の考えを察したのか、北条はくるりと回って部屋の中を歩きながら言葉を続ける。


「あたしはね、いろんなことが知りたいの。世界のこと、他人のこと、自分のこと。いろんな話が聞きたい、読みたい。……だから、私はできる限り多くの人と関わっていたいなって」


「それだけなのか」


「うん。それだけ」


 首をこちらに向けた北条は、それだけ言うと白い歯を見せてにっと笑った。

 ふむ、これはゆゆ式……じゃなかった、由々しき事態ですね。


 彼女の瞳の奥は相変わらず読めない。

 ただ、嘘はないように見えた。その笑顔もどこか作り物めいてはいたのだけれど、俺の嫌いな、虚飾にまみれた笑みには見えない。


 澄んだ青空のように縹渺としていて果てが見えない、そんな感覚。


 そこに俺はほんの少しの恐怖と、それよりも大きな興味を感じてしまっているような気がしている。

 ……いや、自分を騙すのはやめておこう。俺は恐らく、本当にそう感じている。


 とてもばかげた仮定に過ぎないが、こいつは、純粋に他人のことが知りたくて部活を作り、交友関係を広げたいのかもしれない。

 本当に、たったそれだけの理由で俺も欅田も巻き込まれていて、そこには他の何の思いも入っていないのかもしれない。


 それならば、彼女の言う「部活」に俺は入っていていいのだろうか……。

 俺の信念に反したりはしないか。少なくとも俺は、進んでここに入りたいとは思わないけれど、無理やり辞めるほど嫌いなわけではないのかもしれない。


 北条の実像は未だにしっかりと描くことはできない。

 しかし、共存という意味においてほかの人間に比べれば、理論上俺はこいつと、どうにかやっていけるはずなのだ。

 そんなことを思っている間にも時間は刻々と過ぎてゆき、北条は好奇心に満ちた目で俺を見つめている。

 気づかないうちに彼女は目の前に来ていて、俺は思わず後ろにのけぞった。

 近いわ、お前。返答を迫られている。果たしてどうするべきか……。


「俺は……」


 なんとか答えを形にしようと、口を開きかけたところでがらがらと扉が開かれた。

 なんやねん。最後まで言わせろや。新手か?

 音のした方を向くと、眼鏡をかけた男子生徒が不思議そうにこちらを見ている。

 同級生ではないような気がする。


 うーん……この人、見たことがあるような……ないような……。


 つっても俺が他学年の人を覚えているとは思えんな。

 まぁいいや。俺はちょうど近くにいた北条に問う。


「誰、あれも部員?」


「はぁ?何言ってんの?どっからどう見ても乃木生徒会長じゃん。転校生のあたしでも知ってるけど……」


「あ、そう……」


 既視感はそれか。

 大方、始業式か何かで見ていたのかな。普通に知らなかったわ。すみませんね、生徒会長さん。


「君たちはここで何をしているんだ?」


 不審者と会話するような口調で、生徒会長は尋ねてきた。北条が一歩前に出る。


「部活ですよ?」


「部活?そんな申請は来ていないはずだが……」


「まだ部員が足りてなくて申請してないですから」


「申請していない?それなのに使えるわけがないだろう」


「えぇっ⁈使えないんですか⁈」


 露骨に驚いている北条を、生徒会長は呆れ顔で見つめている。

 アホかこいつ……。

 なんで使えると思ったんだよ。申請書を書いただけじゃねえか。どうりで生徒会だのといった捺印がどこにもないわけである。

 この女、時々どこか抜けているらしいな。覚えとこう。


 でも、これで一件落着だな。部活はできない。以上、閉廷。


 では帰宅しましょうと思って鞄を持とうとすると、何やら思案しているようだった生徒会長が、おもむろに口を開いた。


「ときに君たち、我々生徒会は基本的に申請の来ていない部活、それも人数の足りていない部活に教室や部室を貸し出すわけにはいかん。しかし、だ」


 ここでごほん、ともったいぶって咳ばらいを一つ。

 そしてびしっと北条のほうを指さした。


「今から一定の期間だけ生徒会の手伝いをしてくれたら、部員数が集まり次第ここの使用許可を出そう」


「ほんとですか⁈やりますっ‼」


 二つ返事で北条はあっさり引き受けた。おいちょっと待て。


「部活の体をなすなら、せめて部員の意見を聞いてからにしろ」


 言いながら、俺はさっきから喋らない欅田の方を見た。お前はどう?嫌?嫌だよな?と目で問いかけてみる。

 欅田は意見を聞かれたことに驚いたのか、一瞬ぴくっと肩を震わせ、頬を赤らめ目を伏せながらぽしょぽしょと呟いた。


「その……部活ができるなら……いいんじゃないでしょうか」


「ほら!桔梗ちゃんもいいって言ってる!」


 うーんそっかー。多数決で負けちゃったかー。これまでの会話から察するに、どう見ても北条サイドだもんなー……。


「そうとなれば善は急げだよ!ちなみに何やればいいんですか?」


 北条がらんらんとした瞳で尋ねると、会長はにこやかに言った。


「そうか、助かるよ。君たちにお願いしようと思ってるのは、体育祭の準備だ」

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