俺は部活なんか入らない①

「なん……だと……?」


 中間テストが終わった次の週。返された成績表を見て、俺は驚愕していた。

 英語八八点に現代文八四点。古典が九〇点で世界史九四点、日本史はまさかの一〇〇点満点だった。

 各教科、得点分布表を見ても明らかに俺より高い点数を取っているのは、一〇人足らずというところだ。

 俺、やればできる子じゃん……。驚愕の最高峰だぜ……。

 数学の一五点と物理の六点は見なかったことにした。物理、絶対補習だよ。

 物理の担当は担任の鳥居先生なのである。いろいろ言われるに違いない。いやだなぁ……。

 参考までに、俺より点数の低いやつは数学で二人、物理は〇人だった。驚愕の最後方だぜ……。


 流石にこれは勝ったな……と思っていると、隣からちょいちょいと肩を叩かれた。

 北条夏海が神妙な顔でこちらを見つめている。今回は、表情からすら何もうかがい知れなかった。


 さて、こいつの点数はいかがなものか。


「トージはテスト、どうだった?」


「お前との勝負科目は割と良いんじゃないか」


 そういって俺は自分の紙を見せる。さぁ驚け。


「お〜やるねぇ。でも、あたしには勝てなかったね」


「そうだろう、そうだろう。これでこの前の話はナシに………………え?なんだって?」


「だから、あたし、トージより、点数、高い」


 小さな子供に言い聞かせるように細かく言葉を分けて説明した北条は、俺の手を押し下げて、代わりに俺の鼻元まで自分の紙を突きつけてみせた。

 手の甲に触れた指先が思いのほかしっとりとしていて、思わずどぎまぎしてしまう。

 ちょ、手触るのやめなさいって……。

 やんわりと北条の手から逃れて、とりあえず突き出された成績表を読んでいく。


 ふむ、国語九二点に英語九八点。古典、世界史、日本史は満点…………。


「…………うっそだぁ」


「嘘ってなんだし……。ちゃんと点数とってるし。あたし、こう見えても結構成績いいんだぜ」


 などと言いながら、ふふんと勝ち誇るように北条は笑った。バカに見える自覚はあるんすね。意外です。


 ……いやいや、マジで?普通にちょっと想定外なんですけど。思わず北条の成績表と本人の顔を交互に見てしまう。


「ちょっと、そんなに見つめられるとあたしも恥ずかしいかも……」


「……すまん」


 北条が恥ずかしそうに俺から顔をそむけたことで自分が失礼なことをしていたことに気が付いた。

 てか、普通に恥ずかしいわ……。


 改めて、さっき見た点数と得点分布表を照らし合わせてみる。

 パッと見たところ、各教科で満点近い点数を取っているものはほとんどいないらしかった。

 北条は数学と理科も満点近くを取っていたから、これは学年でも相当高い順位、ともすればトップにつける。

 俺の呆けた顔を見た北条はにぱっと笑い、成績表を机にしまいながら嬉しそうに話を続けた。


「それじゃあ約束の話なんだけど」


「おい‼順位表でたぞ‼」


 そんな北条を遮るように、クラスのナントカくんが大声をあげて駆け込んできた。

 この学校では、文系と理系の上位二〇人までの名前と点数が掲示板に張り出される。

 俺は、特に興味がない。物理最下位じゃ乗るわけないしな。


 されど、大半のクラスメイトは自分の成績は抜きにして、その手の話やお祭り騒ぎが大好きである。

 教室内はナントカくんの話を聞いた瞬間に俄かに色めきだって、順位表が張り出される廊下の掲示板へと急ぐ音で騒がしくなった。

 うるせぇ。あといちいち笑う時に手を叩くな。なんで陽キャの皆さんは笑うと全員同じタイミングで三回手を叩くんですかねぇ……。仲良しすぎでしょ。


「夏海もいこいこ‼」


「え、あ、うん」


 北条は、いつかの俺を睨んでいた一団に手を引かれて教室から出ていった。ひとまず部活の話は回避できたな……。


 つっても問題はこれからなんだよな……。

 北条にあっさり負けてしまったわけなので、このままでは俺は部活に入れられてしまうのだ。不誠実に思われても、それは避けておきたい。

 だいたい、俺は部活があまり好きじゃない。学校における部活動ほど虚構入り乱れるところもない。

 もちろん、全てがそうだとは言わない。中には何かを手にする者もいる。けれど、大半はきっと何も手にできない。

 彼らは、自分や周りを「青春」という名前の嘘で糊塗して、中途半端な結果の出ない努力を「自分たちの全力」と言い張って肯定する。それか、そもそも何もせずに日々を過ごして、それを「友情」だとか「恋愛」だとか言って飾り立てる。

 そんなのは嘘っぱちに決まっている。

 「カンボジアに行って学校作りました!」って就活で言い張るやつくらい使用できない。てかカンボジアで学校作りすぎなんだよな。流石に余ってるぞ、たぶん。


 まぁ、そういうわけで俺は部活に入りたくないのだ。

 なんてことを思っていると、何やら外が一段と騒がしくなっていた。北条が、南部が、とかいった声が聞こえてくる。

 ……ううん。さっき北条の成績を見たせいで、ちょっと気になってきたな。

 本来ならばこういったことはしないが、今回は見に行ってみるとするか。


 俺はゆっくり席を立って、後方のドアから廊下に出た。

 どのクラスも成績表の返却が終わったのだろう。廊下は順位を見に行こうとする生徒でごった返している。

 人と人の間を縫うように進み、うまい具合に目的地へとたどり着いた。ふっ。メカクシ完了。目を隠す能力手に入れちゃったかな?

 ……ってこれは中学で卒業したんでした。てへぺろ。


 ようやく到着した掲示板前は、さらに人で溢れかえっている。バングラデシュよりも人口密度が高いまである。

 張り出された紙には、遠目にもわかるように大きめの文字で順位が書いてある。後ろの方から見ていたので下の方の順位はしっかりと見えなかったが、それでも来た目的は十分果たされたようだった。

 ちらりと見ただけで、「理系 一位 南部美咲 六八八点」、そして「文系 一位 北条夏海 六八八点」という文字がでかでかと書いてあるのがうかがえる。


 ……うっそぉ。どうりで美咲の名前が囁かれてたわけだな。これまであいつに成績で肉薄したやつなんかいなかったし。肉薄どころか同点だけど。

 ちらりと一段と騒がしいところに目を遣ると、北条がクラスメイトに驚かれている姿が見える。

 その奥で、下を向いて早足で歩き去る美咲の後ろ姿が窓に映っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る