俺は部活なんか入らない③

「あの、スピーカーはここでいいですか」


「あぁ、大丈夫だ。すまんなぁ、手伝ってもらって」


「いえ……」


 というわけで、俺はしぶしぶスピーカーやらマイクやらを運ばされていた。

 さっき聞いた通り、俺らに課せられるのは来週末に迫った体育祭運営の雑用らしい。

 手始めに三階の視聴覚準備室からグラウンドにある体育倉庫まで、遠路はるばるスピーカーやらマイクやらを何往復かして必要な数を運び出している。


「とりあえずはこんなものだな。助かったよ、ありがとう」


「はぁ」


 歩きながら準備室に戻る途中、律儀に礼を言ってくれる会長に軽く会釈する。

 ほかの生徒会役員も手伝っていたが俺の持ってきたものが最後だったらしく、全員引き上げ済みだった。

 いやほんとに疲れたわ。スピーカーって重い。両腕が疲労しているのをひしひしと感じる

「木下くん……だったかな」


「はぁ、そうです」


 突然乃木会長に話しかけられて、呆けた返事をしてしまった。


「君は体育祭、どの競技にでるのかね」


「あー……」


 なんだっけ……。興味がないからさっぱり覚えてない。

 えーっと……。


 必死に思い出そうとする俺を見て、会長は苦笑している。それから少し遠い目をして言った。


「興味がなければそんなものだわな」


「…………」


 実際、興味はない。結局は部活と同じで、体育祭だって手っ取り早く友情を演出する行事に過ぎないじゃないか、と思ったりもする。


「体育祭は難しいよなぁ。文化祭と違って、興味がない人間にとっては競技に参加すること自体が苦痛でしかない。でも、競技以外にもそれなりに楽しみ方は色々とあるのさ」


「と言いますと」


「なに、簡単な話だよ。他の方法で参加すればいい。例えば今の君のように、運営という形とかね」


「なるほど……」


 俺は、好きこのんで運営側なわけではないのですが……。


 けれど、確かに少なくともクラスでウェーイ‼フ―ゥ‼とかやってるよりは、こっちの方が断然いいな。


「みんながみんな同じように楽しむなんて、理想にすぎないよ。それぞれに楽しみ方があってもいいと俺は思う」


他人の迷惑にならない範囲でだがな、と付け加えながら、会長は俺の少し前を歩いている。


「どんなやり方があるんでしょうか」


「そうさなぁ、例えば頭脳パズルを競技に組み込むなんてのも、いいかもしれんな。それなら運動が嫌いな生徒だって好んで出場したいものも生まれる可能性だってある。……流石に今年はそんな実験をする時間的余裕はないが」


「なるほど」


 今の世の中、ゲームがスポーツになる時代だからな。そういうのもアリか。


「当日、クラスで参加する気がないなら、生徒会の手伝いをしてもいいんだぞ」


「え、マジすか」


「おお、マジだぞ」


 それはちょっと魅力的だな……。ちょっと考えておこう。


会長はにやりと笑い、階段を離れ廊下を歩き始めた。知らぬ間に三階まで上がっていたらしい。この廊下の突き当りまで行くと、視聴覚準備室に行き着く。


「そういえば、さっき北条さんから『見聞部』について聞いたんだが」


「あぁ、意味わかりませんよね」


 本当に、意味わからん。

 けれど、簡単にはやめさせてもらえそうにない。隣の席だし、逃げだせるような気もしない。


 だから、とりあえずはここにいてやろう。というようなことを、実は言おうとしていたのだ。

 さっき言えなかったから、しばらくは言わないでおこう。改めて言うのは大分恥ずかしい。


「ちなみに部活って何人から申請可能なんですか」


「一応、四人いれば部活として認めているよ。部費は八人いないと出せないが」


 なんだ、案外すぐじゃないか。あの内容ならどうせ部費なんかいらないし、四人で十分だ。

 俺以外で部員をあと二人集めれば、なんとか逃げ切れるかもしれんな。


 乃木会長は、俺に歩調を合わせてから、ぽんと肩を叩く。


「せっかくなんだから、やってみればいいじゃないか。きっといい部活になるぞ。色々と見てきた身としてはなんとなくそう思う。

 だから、頑張って部活になれるように働いてくれよ。では、俺は生徒会室に戻る。北条さんに鍵を閉めておくように伝えておいてくれ」


「……うす」


 俺はひらひらと手を振りながら踵を返して戻っていく会長に、軽く会釈した。

 ……だから、別に進んで入りたいわけじゃないんだっつの。

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