俺はオタクに優しいギャルなんか信じない②
昼休みは、もう数分しか残っていない。今から購買に行く時間はなさそうだ。五限と六限の間に何か適当に買おう、と思いつつ廊下をのんびりと歩く。
この高校はコの字型をしている。
正確には二階から四階はロの字型をしていて芸術棟が別についていて、俺はその部分を歩いているが、これは全部後からできているので、もとはコの字型だ。
なんなら多分大抵の高校がそうである。中庭があるからだ。それも、コの字型にしたから中庭ができるんじゃなくて、中庭を作るためにコの字型にしたんじゃなかろうか。これぞ因果の逆転。
ふと、廊下の窓から中庭を見下ろした。
視界の隅で葉桜がちらちらと揺れている。
放課後は硬式テニス部の練習場となる眼下の赤い中庭は、昼食を食べる生徒やキャッチボールをする生徒で溢れかえっていた。
人口密度高すぎだろ。コミケか。列整理しろ、なんて毒づきながら、俺はさっき返されたレポートを読み返してみる。
……ふむ。流石にこれをレポートで出すのはどうかしてるわ。急に恥ずかしくなってきた。
一週間前の俺は何を考えて……いや、これはなんも考えてねぇな。これ、前日の深夜に思い出してぱっと書いた記憶がある。
それはそれとして、ここに書いてあることはおおむね本心だ。
どいつもこいつも、相手のことはおろか自分のことすら理解していないのに、それに気づいていない。
一方で、そこで生じる関係をあたかも価値のあるように、大事に保管している。何を考えているかわからない他人と笑いあう、という光景は少し不気味ですらある。
物語のようなラブコメができたら?御冗談を。
作品の中は純度百パーセントの嘘だ。フィクションの世界だからこそ、どんな話も受け入れることができる。
「嘘」も「本当」も等しく作り物だから、多少の矛盾をはらんでいても成立するのだ。例えば、初手から無条件でオタクにやさしいギャルとかね。
けれど、現実の場合は別だ。そこには本当の「本当」と本当の「嘘」が否応なく存在している。それははっきりと区別されるもので、矛盾は存在しない。
「物語のようなラブコメ」なんていうものは、現実世界には存在できない。つまり初手から無条件にオタクにやさしいギャルは現実には存在しねぇ。
だから、もし「理想」や「夢」を色で表すのなら、黒がいい。あらゆることをその言葉のもとに還元できてしまうから。逆に「現実」は白だ。だって現実は、その名のもとに万物を克明に浮き上がらせてしまう。
とは言っても、もしも本当に二次元みたいなラブコメが天から降ってくるなら、ぜひともしてみたい。そんなことはあり得ないけどさ。今だってそうだ。部活に入れられることもなく、ただただ再提出を命じられただけ。そもそも昼休みだし。
ラブコメの神様、頼みますよ~。俺を二次元に連れてって。
……話がそれ過ぎた。
勘違いしないでいただきたいが、俺は別にこういうことを積極的に他人に喧伝したりしようと思っていない。
そして、他人のことを嫌いでもない。必要以上に関わらないだけだ。自分の考えを貫き通すために、他人とはなるべく関わらず、さりとて波風を立てないように動く、というだけ。
コミュニケーションは必要最低限。平和共存というやつだ。
「懐古厨、ねぇ」
先生に言われた言葉を、もう少し思い出してみる。ある程度、的を射た言葉ではあるのだろう。懐古厨なんて、言い方を変えれば変化を是としないことだから。
変化は、しばしば礼賛されることもある。しかし、必ずしも善いというわけではない。もちろん変わらずに腐っていくことも善いことではないと思うが。
それに、多分別の意味でも俺は変化が嫌いだ、とレポートを見ながら思った。
時と場合によって自分の在り方を変えることはどうも俺にはできないらしい、というのは十数年間生きてきて得た知見だ。
俺だって小さい頃は、無邪気に大人の前では愛想よく振舞ったり、友達にも明るく接したりすることができたはずだ。
でも、いつの間にかそれがひどく辛くて、大変なものだと感じるようになった。疲れてしまったのかもしれないし、本当の自分的なものを見失ってしまったからかもしれない。
余談だが、最近は親に「昔はもっと明るかったのに……」と嘆かれがち。
こういう場合は「いぁはぁ~子供の時に明るく振舞うポイント使い切っちゃった!ガハハ!」とか言っとくと、笑いが取れる。憐れみを伴うけど。
……なんか悲しい気分になって来たな?一旦落ち着こう。
まぁ、俺だって常日頃からこんな面倒なことは考えたりしない。こんなことを思っているのは、無論原因がある。
最近、関わりたくないのにわざわざ向こうからやってくるような人間が一人存在するからだ。
自分のスタンスに基づいて、変わらないことを目標にしている俺にとって、それを乱されるのは大問題というわけ。
あぁ、思い出すだけでどんよりしてきた……。太陽は出ているのに、周囲の景色も心なしか暗く見えてくる。
長々と考えているうちに、自分の教室の前に着いた。
それと同時に昼休みを終えるチャイムが鳴った。五分後にもう一度鳴るチャイムで、五限が始まる。
ちなみに、この学校のチャイムは異常に自己主張が激しい、独特な音色をしている。
これに関してはなぜなのか本当に知らない。このチャイムの音をそっくりそのまま再現できる人間はいないのではないかとも言われている。
廊下が俄かに慌ただしくなってくるのを聞きながら、俺はがらりとドアを引いた。
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