第82話 なんてやつ
馬車の中で色々作戦を立てて、メーティス治療院に到着。
「ようこそおいで下さいました。」
深々とお辞儀をするのはミネルブ院長。
ほっそりしたおばちゃんだ。教会の人でもないのに、シンプルな紺色のローブを身に付けている。生真面目そうな……言い方悪いかもだけど愛想がなくて、表情が固い。
あんなに丁寧なお辞儀をしてるのに、そこから上げた顔は眉間に深く刻まれた皺が少しも薄れないんだ。
けど、この人は、状態感知かけても黒くない。
院長が魔族ってパターンが続いてたから、ちょっと拍子抜けした。初っぱなから闘わなくて済んだのはいいことだ。人間性までは視えないから警戒はしておかないとだけど……。え、この院長何となく怒ってる? 不機嫌そうに見える。
ロザリア、デイジーさん。俺の後ろで冷気たっぷりの魔力漂わすのやめてね。顔立ちが元々そう見えるタイプなのかもしれないし!
わりとすぐに中に入れてくれたので、全体に状態感知をかける。黒く見える魔族はいないし、糸のようなものや呪液がかかったみたいな異常のある人も見えない。怪我人は確かに多いし、流行り病の症状の人はいるけど、死にそうな人がいない。黒い玉も見えない。
今のところ、操られている様子はない……か。メルクリウス治療院みたいに全員が顔色悪いわけでもない。
俺たちの立てた作戦は3つ。俺が視た患者たちの状態によって変更することにしていた。
プラン1、出てきた院長が魔族だった場合。
『味見用の回復薬を口に突っ込んで、広範囲解呪&全力癒しの力。平行して院内洗浄。』
プラン2、患者が何らかの状態異常だった場合。『広範囲に状態異常回復と癒しの力。流行り病の人だけ回復薬調合。平行して院内洗浄。』
プラン3。院長にも患者にも状態異常等がない場合。『警戒しながらも説明し回復薬調合・治療開始。癒しの力はじいちゃんが使う。平行して院内洗浄。』
俺はプラン3を採用だっていうことを、咳払いの数でみんなに知らせる。
頷きあってから、じいちゃんがまず司祭として挨拶。辺境伯不在を謝罪して名代として、薬学知識のある婚約者の令嬢の訪問を許可されていることを説明する。
「本日は、よろしくお願いいたします。」
と、カーテシーを決める。
大勢の前で仮面も無し。感染対策に布マスクだけはしてる。
ライル抜きでドレススタイルの俺が訪問するからには説得力が必要だ。内心の気恥ずかしさは押し込めて、
「他6名は治療終了後に魔道具で院内を洗浄するために連れてきた者たちと護衛なので心配には及ばぬよ。 では始めますぞ? 欠損のある重傷者のいる場所に案内してくだされ。」
話している間に、ロザリアが回復薬セットの載ったワゴンを完璧に準備していた。
俺とヴーで粉茶を溶いたカップを用意し、デイジーさんが職員さんたちにも頼んで、俺が視て指示した流行り病と傷の深い人に配ってる。傷の浅い人には粉茶少なめで。
飲ませたらカップを魔道具桶に入れてベーが洗う。
ほとんど治療出来たところで、癒しの力で手足等の欠損が戻ったらしい人達と、なぜか頬を染めながら歩くミネルブ院長と共に、じいちゃんがもどってきた。
そのちょっと後ろから寝具の交換をものすごい速度でロザリアがやりながら移動している。壁面を手の空いたベーが魔道具で洗浄。
ベーの持つ魔道具は、キレイな水の出る太いホースと、汚水を吸い込む受け皿付きの箱がついたもの。うんとでっかい掃除機に見える。
その横からヴーがすぐ扇風機に似た乾燥の魔道具を使って、乾燥しながらついて行く。
ベーは魔道具製作に関しては本当に優秀だよなぁ。ヴーと息ぴったりだから無駄な手間がなくてスムーズだし。
ライルの魔法ほどの速度はなくても、十分役割を果たせていると思う。
「こちらに並んでくださーい。」
患者たちに声をかけるデイジーさん。円形のプールみたいなものが中庭に用意されていた。温かい湯を張った特注の湯船。詰めれば10人くらい入る大きさだ。マジックバッグから湯船出したらしい。
「はーい、押さないで進んでくださーい。
浄化の魔石がたくさん内側についていますので、どの順番で入っても汚れず綺麗なお湯のままですから安心してくださーい。」
前に俺が考えた風呂のアイディアそのまんまだ。中身は薬湯にはなってないけど。これ作ると費用が嵩むとか言ってなかったかライル。いつの間に発注してたんだよもうっ。
誘導された患者は、服のまま湯船に頭まで一度潜り、出てきたところをロザリアが風魔法で乾燥。20人乾燥するごと小瓶に入った魔力回復薬を一口飲みながらやっている。流れ作業みたいな洗浄だけどみんなさっぱりしたと喜んでいる。順調だ。
『陸、困ったごどになった。ちっと来てくれ。』
じいちゃんに念で呼ばれる。向かった廊下の突き当たりには、赤い顔で目がイッちゃってるミネルブ院長が、じいちゃんに祈りのポーズで詰め寄っている。
「ヨウジェス様。あなた様にしかできないことでございます。共に真なる神の元へ参りましょう!」
「院長、落ちついてくだされ。まず流行り病の予防のために洗浄を受けて来ねばなりませんぞ。上の者が率先して行わぬと、皆も遠慮してしまうからの。」
上半身が完全に逃げてるじいちゃんだけど、何とか威厳を保って後ろに下がらず諭している。俺たちの方をちらりと見て漸く引き下がった院長は、また深々とお辞儀をした。
「ヨウジェス様の仰る通りでございますね。まずはこの身を清めて参ります。」
ミネルブ院長は足取り軽く中庭へ移動していった。
『じいちゃん、どういうこと?』
『いやぁ、癒しの魔法で欠損のある人だぢば治してだったら、あの院長さんがなぁ。
「司祭様のお力は大地の女神への信仰心からくるものなのですか?」って、おっかねぇ顔して聞ぐんさ。』
『う、うん。それで?』
『「目の前の命を救うためなら、それがどんな力でも使いたい。そう思われぬか?」
て、格好つけたば、何だが感激したみってだったぞ。うっとりくねくねしだしてさ。ぶつぶつ言いながらついて来てだった。
「大事なお話しがある」っていうすけ、ついて行ったば、あの調子だんさ。
「すべてを天に返し、その先にある幸福のために真なる神に力を捧げるのです。」とか言うでだな。たぶん圧しの強ぇ宗教の勧誘だ。』
大地の女神じゃない真なる神? すべてを天に返した先にある幸福って、なんかヤバくないか?
『おじいちゃん。それは、ただの宗教勧誘ではないのよ。頷かなくてよかったわね。』
襟巻きに擬態してたペルゼが、肩に移りながらしっぽをフリフリしている。
『若ぇ者ならともかく、こんな枯れた爺ぃの力が欲しいっつぅのは、どういう趣味だ?』
『戸惑うのも当たり前ね。ここの院長、一見まともそうに見えるけど、
『ああ、最初はおらごど睨みつけでだったなぁ。』
『本来の司祭は大地の女神を崇拝する者よ。癒しの力を自在に扱うおじいちゃんを、あの院長は最初、ほのかな憎しみも込めて冷ややかに見ていたわ。
でも、会話の中でその力の根幹が信仰心からのものではないと知ってしまった。だから彼女の信じる神に、その力を捧げることができると思ったのね。』
『ミネルブ院長の信じる神ってどんなやつなのさ?』
『あの院長のローブの胸元にブローチが見えたの。信仰する神を象ったものだと思うわ。魔石をわざわざ黒い翼の形に加工したものよ。治療院の院長には似つかわしくないくらい高価なはずなの。』
『黒い翼のある神様がぁ? あんまし印象良くねぇなぁ。』
『ええ、そうね。黒い翼を有する神はわたしの知る限り1人だけ。
「殺戮の女神エニュオラ」魔王の数百倍は厄介ね。』
ええ!? なんてやつ信じてんの!?
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