第81話 たよらせて

 掴んだ手が離れると、空気を震わせてライルは転移して行った。


 ロザリアはライルにいろいろ聞いたようで、


「委細承知しました。デイジーにはわたくしから話します。リク様は中のお2人にご説明ください。遮音結界は掛けておきます。

 メーティス治療院までそれほど遠くはございませんので、それまでにお心を整えられますように。」


 と、俺たちを馬車に押し込むなり青く光る結界を掛けた。


 バルッソとロマイは近くでレンタル馬(っていうのか? )を、それぞれ借りて馬車を警護しながらついてくる。


 今は馬車の中でヴーとベーに、治療院訪問中の状況を説明中だ。


 それにしても、じいちゃんがヴーと手紙や魔道具で情報交換してるのは知ってたけど、粉茶の作り方まで教えてるとは知らなかった。



「ヴーさんの腕は確かだすけ、少しずつおらだぢの作り方教えでだったんさ。

 早速役に立てで良ぃがったなぁ。皇族の危機ば救う薬になりそぅだ。」


「ヨウジ殿の丁寧な指示書のおかげだ。味の確認用に2本は確保している。これは後で飲んでみてくれ。

 しかし魔族にも有効とは……嬉しい誤算だな。」


「お爺さん。その格好で話し方が素のままだから僕、混乱しちゃうよ。リクちゃんもだけどさぁ。髪もちょっと伸びてない?」


「よくロザリアが結ってくれてたから。少し伸びたかも?」


 言われて見れば耳が隠れる程度の長さの髪だったのが、少し伸びて肩につきそうだ。癒しの魔法たくさん使うと伸びるとか?


「そう言えばロザリアって、僕に対して扱い

が雑なんだよね~。

 虫型魔道具をお試しで使ってみてって2個渡したら、急ぎで50個作れって追加注文きたし。で、納品したら今度は通信用魔道具の注文だよ。

『映像と音声を送れるならば、音声のみで送受信もできる魔道具も可能でございましょう?』って、言ってくれるよねぇ。ま、出来たけど!」


「声だけでも同時にやりとりできるのすごく助かるよ。───かなり危険な状況なのに、巻き込んでごめん。」


「「……まったく、これだからっ!」」


 2人して同じ様に首を横に振る。


「リク殿もライルと同じだ。何でも背負おうとする。いいか、まず私たちはライルのなんだと思っている?」


「……ライルの兄弟。」


「そうだ。そのライルの妻になったら君は私たちの義理の妹になる。婚約、したのだろう?」


「あ。」


「そうだよ~。僕ら可愛い義妹と弟のために何かする事は別に嫌じゃないんだ。巻き込んだなんて言わないでよ。ロザリアの無茶振りはさておき、頼ってくれるのは嬉しいんだからさ。」


 それを聞いて、カカカとじいちゃんが肩を揺らす。


「人との接し方がまずいって陸に雷ば落とされでだった2人がなぁ……ちょっと見ねえ間に良い兄ちゃんになった。『男子三日会わざれば刮目して見よ』だが。」


「それはライルと、何よりお爺さんとリクちゃんのおかげかな。2人に出会ってから、いろんなことが起こり過ぎてるけど、何て言うか……こう、世界を変えるお手伝いが出来てる気がするんだよね。」


 べーがちょっと照れたようにそう言うと、ヴーはひときわ深く頷いた。


「より薬草の品質に特化した扱い方で、救える人の数が大きく変わるというのは私にとっても驚きだった。

 しかも魔族にも有効であるなら、もっと良い薬を作り薬師ギルド全体で品質向上を行えば、回復薬だけで魔族を撃退出来るではないか。これは正に天啓だ!」


 キラキラツインズが、さらに少年のように瞳を輝かせている。そっか、この2人が俺の兄ちゃんになるんだ。


「わかった。ヴー兄、べー兄。これからはしっかり頼らせてもらうね。」


 ひとりっ子だったから、兄ちゃんとか姉ちゃんがいるのって憧れだったんだよな。


「ぅ、……ああ。」


「うっわぁ……、新鮮~っ。」


 ライル以外から兄呼びされたことがなかったらしい2人の反応を見て、何だかむず痒いような嬉しい気分になったところで、じいちゃんがパンと手を叩く。


「ほれ、ほのぼのすんのはこごまでだ。気ぃ引き締めれ。治療院ば着いたらどうするか、ロザリアだぢも入れだ作戦立てねばねぇぞ。」


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 転移禁止の皇宮にも、非常時用の転移の間が存在する。

 皇族の緊急避難や救援要請に使われるため、転移魔法が使える貴族には知らされているのだ。

 何より速度を優先させる救援要請。何が起こっているのか……。


 嫌な予感を払拭してくれるリクの微笑みを噛みしめながら私は皇宮へ意識をむけた。


 豪奢な装飾を施された転移の間に到着すると、血溜まりに転がり呻く兵士たちがいた。




「ぅ、………ライ、ル……か?」


 柱にもたれた一人が私の名を呼んだ。


「な……っ、ジョン!」


「ヘ、……遅ぇ……よ。」


 第一騎士団長のジョン=ナルキスは悪態をつきながら血反吐を吐く。


 腹を刺されたようで、出血が酷い。

 収納から回復薬を1本取り出し、腹部にかけ残りを飲ませる。


「グッ……! ハッ……!? オイ────なんだ、この効き目。」


 すぐに身体を動かせるようになったことに驚き、ジョンが目を瞪る。

 兵士たちにも次々と回復薬を与える。呻き声が穏やかな呼吸にかわり、倒れていた6人も助かったようだ。


「優秀な薬師が作った『死なない限り治す』回復薬だ。間に合って良かった。」



 倒れた兵士のほとんどは近衛騎士の腕章をつけていた。目覚めてすぐ動ける状態の2人は指揮官に報告に行き、残りの4人は支え合いながら救護所へ向かう。


「確かに……その通りの効果だな。本当に助かった。ありがとな。」


 兵士の様子を確認しつつジョンは自分の腹のあたりを撫でながら安堵の溜め息をついた。


「何故ここに? 第一騎士団は街の保安が主な仕事だろう。」


「そう思うだろ? 人手不足なんだろうさ。第一騎士団の精鋭部隊は来月の晩餐会の警護にあたるようにと通達が来てな。配置の最終調整のために呼ばれて来たんだか……。面倒なことが起きた。

 モレク伯爵が、マズロ宰相を人質にして、謁見の間に立て籠ってるんだ。

 怪しげな術を使うローブの男と仮面の剣士が一緒だ。ローブの男は厄介なことに味方の兵士を操って攻撃しやがる……ッ。不意をつかれて仮面剣士にやられてこのざまだ。」


「皇帝陛下は無事なのか?」


「ああ、謁見の間に入る前に側近が逃がして今はどこかの秘密通路の中だ。」


「側近がついているならば、ひと安心か。通路がどこにあるかわかるか?」


「知らん。騎士団長程度に皇族の命が関わる機密を教えてもらえるもんか。」


 確かに。ならば、モレク伯爵を制圧する方が先か。謁見の間の方向に足を向けるとジョンもついてくる。


「死にかけたばかりだろう。危険だ。」


 走りながら声をかけると不満げに声を上げる。


「死にかけたからこそだ! 俺はマズロ宰相を奪還してモレク伯爵を無力化したら離れる。

 今のお前なら、フードと仮面の野郎を殲滅するのはわけはない。

 だがな、辺境伯のお前が貴族を手にかけるのはマズい。伯爵に手加減しながら手練れの剣士と怪しげな術者を回避して宰相を無傷で解放するなんて、1人で出来るわけないだろうが!

 強くなったからって調子に乗んな。」


『1人で何役もこなせると思うな』と、ジョンに小突かれる。

 殲滅はともかく、たしかに高くなりすぎた力の調整は課題だ。しかも高価な調度品の多い皇宮内での戦闘。治療院の床のように簡単に直せるものでもない。

 素直に頼らせてもらうか。操られる危険性については精神魔法耐性の腕輪を使うことにする。


「ところで、モレク伯爵の要求は?」


「さあな。直接聞いた方が早いだろ。ついたぞ。」


「ああ。開ける前にこれをつけておいてくれ。操られにくくなる。」


 謁見の間の扉を開こうとするジョンに、しまいこんでいたダンジョン産の精神魔法耐性の腕輪を装備してもらう。


「まったく……、野郎にアクセサリー貰うことになるとはな。じゃあ、開けるぞ。」





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