第79話 のみこめ
次の治療院に向かう前に、治療院裏の人気の無い路地でライルに魔法で自分たちの洗浄、乾燥をしてもらった。除菌目的もだけど、なんか酒臭いのが移ってる気がしてたから助かった。
次が7件目、最後の治療院だ。メーティス治療院というらしい。
本当はそこにすぐ向かうところだけど、二度あることは三度あるって聞くし、状況的にまた魔族が待ち受けているかもしれない。転移の前に一度話しあって作戦を立てようってことになった。
何より俺たちも、立て続けに起こったことにちょっと混乱してるから、話して頭を整理したかった。
ライルが風の魔法で、会話が外に漏れないように音を遮ってくれる。
『ロザリアの遮音の結界ほど強力じゃないから小声でな』と前置きし、話しはじめた。
「デュオンヌ院長は魔族だった。メリダの話から考えて、1月前の院長昇格の段階で、すでに入れ替わっていたのだろう。話し方まで変わったと言っていたからな。
魔族がデュオンヌになりすましたがもとの嗜好が我慢できず、急に酒に溺れたように感じた───ということだろう。
メリダには精神支配系の魔法の痕跡があった。違和感を感じても院長を擁護するように仕向けられていた可能性もある。状態異常回復の魔法で、今は大丈夫だがな。」
ライルの意見に頷きながら考える。
治療院の人間を操って、呪いをかけて、なりすまして、惑わす。魔族は何がしたいの?
「しかし、カップ一杯の回復薬が魔族に対してこれほど強い攻撃になるとは思わなかったな。」
飲み干すと同時に消えたのが衝撃的だったとライルは言う。
「きっと魔族の身体は酒が回復するぁんにちょうどで、
と、じいちゃん。『手揉み茶でのぅで粉茶だしなぁ』と呟いている。
「確かにびっくりした。逆に元気にしちゃうじゃないかと思ったけど、飲むだけで消滅するなんて──。今日持って来た茶葉も、いつもと同じ工程で作った粉茶だからさ。」
俺がそういうと、『あ』と何か思い付いたようにじいちゃんが口を開いた。
「この一週間ぐれぇで季節が晩春になったろ? 八十八夜の気温だ。新茶の茶摘みと同じ気候になってだすけ、
「えっ、そうだっけ?」
「無意識だったんが? 鼻唄がだんだんでっかくなって最後はしっかと歌って水やりしてだっけ『キラキラだ~』って茶樹だぢもノリノリだったんさ。」
そういえば、茶樹の反応が良くて水やりすんのが凄く楽しかったんだよなぁ。あれで魔族消滅するほど茶葉の質が上がるの?
『ねぇ、ちょっとあなたたち。普通に護衛の2人、固まっているわよ。訛りは良いとして魔族の話まで聞かせてよかったの?』
襟巻きのように首元に擬態していたペルゼが、急に話し出した。
『
じいちゃんが念で答える。
え、やっぱりバレてた? 一緒に訓練してたしなぁ。
『いいなら構わないわ。ただ、あの2人には私の声が聞こえないの。だから配慮してあげるべきじゃないかしら?』
『もっともだな』と、少し顔色の悪い2人にライルが向き直る。
「バルッソ、ロマイ。先ほどの2件の治療院のアレズ院長とデュオンヌ院長は魔族だったのは話したが、魔族とは魔王の眷属のことだ。治療院の患者たちを利用し、こちらに攻撃を仕掛けて来ている。」
「魔族に、魔王……。なんで………えぇ……?」
ロマイはまだ話を飲み込めていない。
───そうだよな。『説明は後にさせて』なんて連れて来ておいて、こんなデタラメな状況だ。許容範囲超えで固まるのも仕方ない。
「分かりました。もしかしてメルクリウス治療院にいたあの梟の声の主も魔族で?」
バルッソ、順応早いな。思いのほか冷静なバルッソを見てロマイも驚いている。
「姿を見ていないので確証はないが、その可能性は高い。最後のメーティス治療院にも別の魔族が潜んでいると見たほうがいいな。
何か気づいたことがあるなら話せ。その方が対策を立てやすいからな。」
ライルが促すと、バルッソはゆっくり頷き口を開いた。
「魔王の配下ならもっと時間のかからない残虐な方法だってとれるはずなのに、治療院だけを狙う理由がわからないです。まわりくどい。別の狙いでもあるような……。」
「じゃ、じゃあお前、魔族が時間稼ぎのために治療院に潜伏してるってのか? 一体なんのために?」
ロマイが混乱しながらもバルッソの話を必死にかみ砕いて飲み込もうとしてる。
「回復薬が魔族に与える効果を見ただろう? カップ一杯飲み干すだけで魔族が消滅するんだ。魔王だって、ただではすまないはずだろ。効果の特に高い回復薬。つまり神薬を、使いこなすことのできる薬師が自分に近づくのはなるべく遅らせたいじゃないか。
それに、リック様たちの力が薬の扱いだけにとどまらないのは見てわかる。魔王も恐れているのだろうさ。」
バルッソが持論を展開する。真面目で大人しい印象だったのに回復薬についてはめっちゃ喋るなぁ。
「しかしデュオンヌ院長は、泥酔していたとはいえ、よく自分を消滅させるものをうまそうに飲み干したな。」
とバルッソ。
「まぁ、ふらふらだったしな。実際美味いと言いながら消えたよな。」
ロマイが続く。
「最後の治療院ついたば、怪しく見える人にはまず回復薬を飲ませればいいんでねぇが?」
2人の話を聞いてじいちゃんが提案した。
「それはそうですが、治療に使う回復薬が足りなくなりませんか?」
ロマイが心配している。確かに慌てて治療院3ヵ所回ることにしちゃったから全員に飲ませるとなると、粉茶の分量がちょっと心もとない。
「あ、でも魔族は視ればわかるよ。教えるから、飲ませる時に抵抗ある時はバルッソたちも手を貸して。」
広範囲の状態感知を使えばいい。せっかくだから使えるものは使ってピンポイントで回復薬を使う方がいい。
自分で話しながら、ふと思い当たった。
────あれ?
魔族が恐れるもの。癒しの魔法でも消滅はしなかった魔族が、俺たちの作る回復薬では消滅する。
原料の薬草を高品質で育てることができる俺たちは、魔族にとって恐ろしい存在になるんじゃないか?
バックス治療院の院長と魔族が入れ替わったのは1月ほど前。俺たちがこの世界に来た時期と重なる。
約1月前、はじめてこの世界の畑を耕して茶の実をじいちゃんが植えた。それが成長して
『ねぇペルゼ、魔王は薬草に聖女認定の力があることを知ってるの?』
『えぇ。知っているはずよ。上質の回復薬を生産されるのも、聖女認定されるほど薬草と心を通わせるのも魔王は避けたいわよね。
それに、魔王は自衛のために魔族を生むのよ。自分たちを脅かすものがこの世界に現れたことが本能的にわかるのね。』
薬師が狙われた理由は、回復薬の品質が上がると困るからだった。お金や教会の面子のためだと言っていたけど、それだけじゃないとしたら?
ライルが回復薬の開発に乗り出すことを聞きつけてすぐジェフリーに畑の襲撃は依頼されていた。
薬草栽培ができるようになったら聖女認定がいつ行われても不思議はない。
治療院で回復薬の効能を調べることを皇帝陛下が許可したから焦って魔族まで差し向けている。
有力な職業を持つ者の情報が手に入りやすくて、伯爵程度は顎で使うことが出来てしまう権力があって、自分では表立って動けない奴。
そいつが魔王だ。
「ライル。もしかして、……。」
いいかけたところに、見覚えのある藤色の鳥形魔道具が飛んできた。
ライルが差し出した腕に止まると、ロザリアの声で話し出した。
『ぼっちゃま、鳥形魔道具の持つメダルを手にとって中心の石に触れてください。』
魔道具の首にかけられたメダルは、手のひらくらいのサイズがあって、中心の青みがかった石が淡く光っている。
ライルがロザリアの指示通りに石に触れる上下にカパッと開いた。途端に別の声が響く。
『あーあー、聞こえる~? ライル?』
「は? ベセ兄?」
『おお~聞こえた、聞こえた。僕ってやっぱり天才かも。』
ライルの言葉にベーの返事が直ぐかえって来る。
「ベセ兄、どういうことだ。これは一体なんだ?」
『僕の作った通信用魔道具さ。質問は後にして。ロザリアと代わるね。』
『ぼっちゃま。金の大鷹が運んだ書簡がございます。辺境伯家に届き次第、受け取りが誰であろうとも速やかに開封し、当主に伝えよとの伝令にございます。代読いたします。よろしいですか?』
「な……っ! わかった。読んでくれ。」
『『庭より闇を生んだ。聖者の手だけでは止められぬ。獅子、翼を
「なんだとっ!?」
ライルが慌てだした。
「あー、そんだば二手に別れるしかねぁんだなぁ。」
うん、とじいちゃんが襟足を掻いて言った。
『え、お爺さんコレの意味わかるの? 暗号みたいな伝令なのに。僕、訳も分からず連れて来られてるのに。』
ベーが驚く。
「ん? 勅命だろ? 皇帝陛下のご命令っつうやづだ。皇帝陛下の近くで
『翼』っていうんだば、転移で来てもいいって意味だろうなぁ。」
「「「『ええっ!?』」」」
モールス信号の方が難しいぞ? と、じいちゃん。
『流石でございます。……勅命には逆らえません。が、状況としてぼっちゃまが今すぐ皇帝陛下の元に参じるためには治療院の院内洗浄をできる者と戦闘員が不足。私とベセルス様方で鳥形魔道具の位置を追跡し、現在そちらに移動しております。間もなく到着いたします。』
移動中!? 間もなく……って!
俺も状況飲み込めなくて目が回りそう。
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