第77話 まもること *ロマイ

 俺の名はロマイ。


 今や『奇跡の御手』と呼ばれるようになったヨウジェス司祭に、ピュクシス治療院で命と心を救われた男だ。



 今は従者のリック様の護衛につき、治療院に訪問の際に同行することができるようになった。ヴァルハロ辺境伯家の門前に座り込んだ甲斐があったというものだ。


 俺と一緒に護衛についているのはバルッソ。冒険者をしていたが、深手を負ったところ回復薬に救われたという。


 回復薬自体に恩義があるので、何かの形で役に立ちたいと、新薬開発に力を入れている辺境伯家の護衛になったと聞いている。


 バルッソは気配を殺すのが得意らしく、背後から急に話しかけられて驚くことがある。


 どんな生活送って来たんだ……? とは思うが冒険者の心得としてあまり詳しいことは聞かないようにしている。



 通常の司祭とヨウジェス様は違う。

 腕1本再生するために馬鹿高い治療費をふんだくるのが通常の司祭だ。本当に神のために祈りを捧げているのか? と、疑いたくなるような肥え太った司祭が多い。


 ヨウジェス様は痩せ型であるし、俺から見ても体幹がしっかりしていて無駄な贅肉などはついていない。

 何より損得勘定で動く方ではない。癒しの奇跡をポンポンつかいまくるのに何か要求する素振りがない。 


 患者の命を軽んずる者には相手が院長でも魔力の乗った拳で制裁だ。一撃で意識を刈り取れるだけの腕がある。


 辺境伯様がどこかから連れて来るらしく、俺が会えるのはヴァルハロ辺境伯家や治療院の中だけだ。


 ヨウジェス様は仮面で目を、布で口を覆っているので人相はほとんどわからない。


 いつも俺たちが見ている時の話し方は余所行きで、実はちょっと訛ってるのは知ってる。が、気づかないふりをした。


 ジェリク院長を殴った時は、正直驚いた。神のごとき力をお持ちのヨウジェス様が、実は親戚のおっさん並みに砕けた言葉遣いなのに混乱しつつも、妙にほっとしたものだ。


 この方は完璧なわけではない。司祭という肩書きは全く関係なく、ただ自分の思ったことに正直なだけだ。心の中に揺るぎない強さがあるから、間違いに憤る言葉にも説得力がある。


 まだまだ知らないことだらけだというのに仕えたいと言うのもおかしな話かもしれないが、とにかくヨウジェス様の役に立ちたい。



 護衛として、ついていた俺とバルッソが思いもしなかったことがデリィル治療院で起きた。


 裏で怪しげな薬を売って荒稼ぎしていたサム院長を、従者のリック様は一人で取り押さえてしまった。



 メイド長から手解きを受けたと言っていたがそのメイド長のロザリアさんも只者ではない。

 ヴァンディさんの妻と聞いて納得した。


 国家戦力クラスのヴァルハロ辺境伯様の屋敷には、弱いものを入れない決まりなのだろう。



 その後、デリィル治療院のサム院長に一撃を入れるヨウジェス様を見て、バルッソと話し合った。


 この有り様で護衛として護ることができていると言えるのか、と。


 すぐに答えの出ないまま、漠然とでも体を鍛えたい思いに駆られて、バルッソと2人で鍛練の場として使うことを許されている中庭に向かった。


 そこでさらに驚くべき光景を見てしまった。



 短く切り揃えた白髪の老人がいる。全身にぴったりと魔力を纏って、ヨウジェス様と同じ白木の棍を振るっている。


 無駄のない動きで、突き、薙ぎ、斬る。

 麦藁の束を丸太のようにした的は、ひしゃげ斬撃の跡が残る。


 打撃で曲がるのはわかる。棍でなぜ斬れる?


「惜しいなぁ。もうちょい、研がねばねぇな。」


 聞き覚えのある声で、訛り混じりにそう呟くと、男性は体に纏わせた魔力を棍の先まで伸ばした。そして厚く魔力を纏わせた指先ををさらに硬質化し、棍の先に伸ばした魔力に添えて、魔力をいる。


 自分の魔力を使って魔力の形を変えようとしている? 魔力だぞ?


魔力を自分で思い浮かべた形にする事は出来るのは知っているが、包丁を研ぐように棍の先にある魔力自体を研磨して変化させるなんて……できることなのか。




「バルッソ……お前これ知ってたか?」


「魔力を魔力で研磨するなんて、こんなでたらめなこと普通は知ったとしても信じない。目の錯覚だと疑うな。」



「たしかに。………なぁ。あの人が、司祭様なんだろう?」


 きっとバルッソは色々知っている。

そんな気がしていた。

 司祭様が訛っていても、目の前の老人が白木の棍を振り回していても全く驚く素振りがなかったから。


「……だったらどうする。護衛、辞めるか?

 ロマイ。 」


 俺の問いにバルッソが真剣な顔で振り返る。


「ばか言え。むしろ今だって一緒に鍛練したいくらいなのに。」


「じゃあ、そう言えばいい。オレは、先に頼んで来る。」


「あ、まて。俺もっ!」


 未知の魔力操作を身につけていることとか、司祭様の正体が人の良さそうなじいさんだとか、もうどうでもよくなった。


 この方の役に立つために、護ることができるくらい強くなる。それだけだ。



「「あのっ! ぜひ一緒に、鍛練させて下さい!!」」


 合同鍛練を申し出るのに、いたずらを親父に謝りに行ったガキの頃を思い出すなんて、おかしな話だな。


 俺たちが頭を下げるのを見て、あの方はポンポンと俺たちの肩を叩いて顔を上げるように言った。


 あのときの親父よりもずっと優しく、それでいて少し困ったような顔で。


「おらは、ただの葉枝ヨウジだ。

 ちっとも偉くねえぞ。

 まわりに心配かけだ時とか、大事なものを守ることのために頭は使うもんだ。こんな爺ぃに下げるもんではねぇ。

 おらでよければ、幾らでも一緒に鍛練するすけ、よろしぐ頼む。」


 くしゃりと目尻に皺を刻んで笑う。



 ああ、やっぱり。教会の司祭などとは中身が違う。



 強くなりたいな。この方と一緒に。



「「よろしくお願いします!!」」




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