第76話 よくねぇ

「『…グッ……! な!? まさか!! あんた、その力は、勇───』」


 あ、生きてた。埋まりながらアレズ院長が余計なことを言おうとしてる。


「チッ!」


 見たことないくらい冷たい視線で院長を睨むライル。舌打ちするのも初めて見た。



 飛び上がって一回転し、両足で院長の頭に着地する。さらに飛び散る木片やら舞い上がる埃の中で、喉の潰れたような声を出している院長の身体も見えなくなった。完全に埋まってしまっている。



 大きめの木片が患者の方に飛ばないように白木の棍で弾いて防いでいるじいちゃんが、少しだけ鼻息を荒くした。


『おぅ、ライル。殺るなら、もぅちっと埃ば立でねぇようにやれよ。この後、回復薬淹れんのに。ほんで血飛沫ちしぶきも片付け大変だんだぞ。落ちねぁんだすけ。』


 ライルが意外そうにじいちゃんを振り返る。じいちゃんの目、しっかり据わってしまっている。


『なぁに、驚ぐごどねぇさ。おらは大事なもんのためならば、なんぼでも黒くも汚なくもなっていいど思ってらんだ。

 そいつは陸に手ぇ出す悪ぃ奴だ。引導渡すのに、ライルの気が乗らねぇっていうんだば、おらが殺ってもいぁんだぞ?』


 頭に響くじいちゃんの言葉が低く、冷たい。


 最後の言葉にしっかり殺気がこもっている。

 ライルやじいちゃんがキレているのはアレズ院長が俺を殺そうとしたからだ。攻撃に、はっきりと殺意を感じた。



『ヨウジの言うことは、もっともだな。

 しかし、こいつの始末は私がつけよう。』



 ライルが院長の周りに水の渦を作りだし、舞い上がる木片や埃を集めると、開けた穴にその水を注ぎ込み院長ごと凍らせた。


 何事も無かったようにその上に降り立つライル。床の高さは周りの板材と同じ高さになっている。覗き込むと床材の刺さったアレズ院長の氷漬けが足の下にある。



『あ、あのさ。院長って悪い何かに取り憑かれてるだけだったりしないの? 』


 もし取り憑かれた人ごと埋めちゃったんだったらと思って聞いてみると、ペルゼが言う。



『もう、お人好しね。大丈夫よリク。

 あれは憑依された人ではないわ。あなたの勇者も気づいたから、ああしたのよ。ほら、よくごらんなさいな。』



 埋まった院長を状態感知したら、真っ黒い。病の影よりずっと濃い黒。

 黒い玉みたいに光を吸い込んだりはしないけど、すごく禍々しい。


 ライルが氷漬けの院長の上から剣を一閃すると、その指先から黒い霧となって消えていく。


『リク、情けをかける必要はない。人の姿に近いが、魔族だ。見た通り魔力を込めて斬れば魔物と同じく霧となって消える。文献では魔王の魔力から生まれた眷属とされている。』


 会話も思考もできて人格1つありそうだけど、あくまで魔王の一部か。魔王の力って厄介だなぁ。



『会話が通じたとしても、和解は無理だってことだね。……わかった。』



 頭に響くライルの声は優しい。殺気を感じたあとだから、穏やかな眼差しにほっとする。


 2人にはまた、心配かけちゃったな。



 アレズ院長が言ってた言葉が気になっている。

『根暗野郎』は呪術師のことじゃないのか? どっちにしても、魔族はもっといると思った方がよさそうだ。



『魔族ってどうやって増やすのかな。魔王の力の一部って言っても肉を千切って生み出すわけじゃないんだろうし………。』



『魔王が自分の毛ば引っこ抜いて、ふぅって息吹きかけて作る分身みってなもんなんだがもしんねな。かなり強ぇはずだども、まんずライルが防いでくれで助かった。

 ちょうど周りの患者は気ぃ失ってだすけ、「聖女」って言うだのも聞こえねぇでいがった。聞いだば騒ぎになってだがもしんねぇな。

 ───……あ。』




『『───……あ。』』


 3人で振り返って見る。


 ヘルムから見えるところだけでも青い顔してんのがわかるロマイと、明らかに困った顔でいるバルッソ。


 誓約してるとはいえ、さっきのメルクリウス治療院で仮面外して爆発起こしてから、何も説明しないまま連れて来たんだ。

 聖女って呼ばれたの、たぶん聞こえちゃったよなあ……。


 だめ押しにライルはキレて魔族だったとはいえ院長殺っちゃってるし。


 こういう場合、それらしく優雅に振る舞えばいいんだっけ?


 背筋を伸ばして進み出る。聖なるオーラをたっぷり纏うイメージで。



「バルッソ、ロマイ。説明はあとにさせて。私を護るつもりがあるなら、一緒についてきてくれるかしら?」


 今の俺ができる精一杯の、伯爵令嬢っぽい言葉遣いと所作だ。これでなんとかなるかな?



「「はい!!」」


 跪いた2人が、腹に響く気合いの入った返事をする。


『よし。』


 なんとか誤魔化せたと、満足してにっこり頷いたけど横を見ると、ライルやじいちゃん俺の肩にいるペルゼまでが、首を横に振る。


 あれ、だめ?



『ほ、ほら。じいちゃんは手前のベッドの人と奥の角部屋の2人に粉茶作って渡して。ライルもワゴン出したら奥から洗浄始めていいよ。

 呪術師どころか魔族がいるんだから、他の治療院ふたつも危険度が増してる。

 ゆっくりしてる暇は、ないでしょ?』



 .:*.*∴*.∴**.:∴**.:*.*∴*.∴



 私が壊してしまった床は『収納』していた板をはめて補修しておいた。


 ヨウジが薬を配る間に、奥から順に治療院内と意識を取り戻したものたちの洗浄・乾燥を終えた。


「アレズ院長には、とある疑いがかけられており騎士団で調査中だ。場合によっては戻って来られないこともある。彼の日頃の様子について知りたいのだが……。」


 と、説明し患者や職員たちから話しを聞いた。



 10日前、身体を壊し長年マルース治療院で院長をしていた男が退任した。


 新しく着任したアレズ院長は日に2回、患者たちに回復薬を配り歩きはするが、それ以外の時間はすべて裏庭で身体を鍛えることに使う変人であったという。


 回復薬自体はきちんと効果のあるものであるため、変わってるところがあるものの仕事はできる院長だと皆、思っていたらしい。


 昨日、監査が終わった後、食事と一緒に患者にも職員にも甘い菓子が振るまわれたという。


「赤黒いソースのかかった菓子で、院長が先に食べて見せてたんだ。『うまいぞ!』って……。ホントに手が止められないほど美味くて。でも、そこから何があったか覚えてない……。」



 前任の院長は、おそらく生きてはいまい。

 赤黒いソースの菓子には呪液が含まれていたのだろう。呪液に精神支配や弱体化の効果をつけていたと考えられる。元が魔王の一部である魔族には効果がほとんどないので先に食べて見せた……ということか。


 アレズ院長自身にもわずかに呪液の効果があるのを見て、攻撃の初動が遅れた。


 奴に殺気をぶつける隙を与えてしまったことが悔やまれる。リクを怯えさせてしまった。



「良く話してくれた。もし身体に不調があれば司祭から薬をもらうといい。」


 労いの言葉を患者にかけていると、職員の一人が遠慮がちに問う。


「あの……辺境伯様。司祭様はわかるのですが、あちらの御方は……?」


 視線の先にいるリクは、慈愛に満ちた微笑みを浮かべて、優雅な所作で意識のあるものたちの間を移動している。


 聖なるオーラなど見えていなくとも、リクの通るところだけが明るく、あたたかくなっているのを目にしてしまえば何者かと問いたくなるのも当然ではある。


「ああ、彼女は他国の伯爵令嬢だ。癒しの力や回復薬の効能の研究もしている。

 予定を繰上げたのは、今日治療院に是非とも同行したいという、彼女のたっての望みからだ。忙しくさせてすまなかったな。」


 とっさにそれらしい言い訳をするが、納得していない様子の職員に寄付金やら薬の効能についての回答書を渡して治療院を出る。



『そごは婚約者だって言えばぁんさ。少し本当のことも混ぜれば、

陸の伯爵令嬢の肩書き猫かぶりも信じてもらえるがもしんねぇ。』


 ヨウジが念で伝えてくる。マスクの下の笑みが見えるようだ。


『なるほど、良い考えだ。次に聞かれたときは是非そう答えよう。』



『えっ、よくねぇよ!? そんな話、横でされたら治療に集中できないからな!』



 焦ったリクの声が頭に響く。聖なるオーラが身体の周りで弾んでいるのが見えた。


 リクの頬が紅く染まるのを見るだけで、怒りで冷えた私の指先は温かさを取り戻すことができる。我ながら単純なことだ。


「さぁ、次のバックス治療院に行こう。」


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