第74話 きこえすぎ

 白い光の中でペルゼがプリプリ怒っている。


『大聖女が祈りの力を爆発させることができるなんて聞いたことないわ!!

 あぁっもぅ、私がついてなかったら大変なことになっているところよ!

 服は急ごしらえだけど我慢なさい。男物は創造しにくいんですもの、文句は受け付けないわ!』


 いや、仮面弾け飛ぶって言ってたけど、服も千切れるなら言っといてよ。



 ───とは思ったけど、服が千切れたのは本来仮面だけで済むはずのところを俺がキレて叫んだから。爆発的に祈りの力が増幅したせいということらしい。


 ペルゼは俺が発光しているうちに白金色のドレスを着せて隠してくれたのだ。露出度低めのドレスのおかげで、いろいろ晒さずにいられたので素直にお礼を言う。



「ありがとう、ペルゼ。」



 周りの光がだんだん目にやさしいものへと変わる。


 呪術らしき操り糸を完全に断つことができて、最後まで繋がっていたケイリュー院長は気を失っている。

 正常な血色になって呼吸をしているから、まず良かった。


 傷が癒えて呪術が解けても、病人の症状がおちつくことはないから、まだまだ安心できない。

 それに、もしかするとここ以外の残り3つの治療院も同じように呪術師の手に堕ちる可能性もある。


 治療院内の人たち一人一人を状態感知してたんじゃ、遅いかもしれない。



 悪い予感に頬が強張りそうになっていると、気付けのつもりか、ペルゼが顔を肉球でたしたしと叩いてくる。


 ぷにぷにした感触に、ちょっと力が抜ける。


『リク。口は開かなくてもいいわ。念じるだけで聞こえるもの。

 いい? あなたは今、女神の力の一端を使っている状態なの。前に教えた状態感知も広範囲で可能よ。』


『そうか、教えてもらえてよかったよ。』



 早速手を上にあげる。前、骨折した人にかけた状態感知を思い出し、それを広範囲に広げた。


 奥の病室にいた重傷者たちは全員欠損が治ったのに驚いて、こちらまで歩いて来てくれたみたいだからひと安心だ。


 気になったのはベッドの上にいる10名ほどの患者さん。肺のあたりに影が見える。


『ねぇ、ペルゼ。流行り病の初期症状なら粉茶が良さそうだけど、何事もなかったように俺が配ってもいいかな?』


『いいわけないでしょう! 周りからは薬師の少年が女神に変化したように見えているはずよ。奇跡を見たと思っているものにいきなり近い距離で寄らないのっ。心臓に悪いでしょう? それらしく、優雅に振る舞いなさい。』


 尻尾をたしーん、して注意される。


『それらしくって……女神のフリなんて無理だよ。』


『あなた、癒し効果抜群の祈り爆発させておいて何を言っているのよ。

 病人用に配るお薬はおじいちゃんに、院内洗浄はあなたの勇者に任せたらいいの。

 そうね。ゆっくり歩いて2人に手を差し出す仕草をするだけで見た者たちはそれなりに勘違いしてくれるわ。

 他の治療院の人たちも、早く助けに行きたいのでしょう?』


 ペルゼの言う通り、じいちゃんのところにゆっくりと歩いて行き手を差し出す。

 じいちゃんは俺の手を手の先にチョンとのせて、しっかりとお辞儀をした。同時に、声だけが頭に響く。


『ペルゼの話は聞こえでる。おらに任せで、陸は薬の必要な病人ば教えでくれ。ライルも聞こえだろ? 重傷者の居た所はもう洗浄始めでもいいぐれぇだ。回復薬のったワゴン出してがら行ってくれ。』


 そうか、勇者になったからライルにもペルゼ経由で俺たちの念じたことが聞こえてるのか。


 そう思って今度はライルの所へ行き、手を差し出した。ライルは優雅にお辞儀をして俺の手を取り、そのまま唇をよせて手の甲にキスをした。


『私にもしっかりと話は聞こえている。

 リク……あぁ……美しいな。本当に女神のようだ。』


 頭に響くライルの声と、きらきらした瞳で伝わる『美しい』の言葉に、目が泳いでしまう。俺……これじゃ、優雅に振る舞えなくないか。


『ライル。ちっと抑えれ。イチャイチャは後にしてほれ、早よワゴン出して奥の病室ばあろで来い。』


 じいちゃんに急かされて、ライルはワゴンを収納から取り出し、奥の病室に駆けていった。


 壁際のベッドにいる10人の様子を念じて伝える。

 頷いたじいちゃんは、手際よく粉茶を溶かし、すぐに10人分用意すると治療院の職員さんを手招きした。


「これを、あのベッドにいる者たちにの。

『胸全体に温かさが行き渡るのを思い浮かべて』と声をかけて、ゆっくり飲ませてやりなさい。」


「は、はい。司祭様。」


 返事をした職員さんが気をつけながら薬のカップを運び、言われた通りに全員に飲ませてくれた。

 状態感知をもう一度かけると肺にあった影が消えた。



 ああ、よく効いたみたいだ。

 ホッとしているとまたじいちゃんの声が頭に響く。



『ほんで、陸はこの治療院を丸洗いしたらすぐ次の治療院ば行くようにしてぁんだな?』

 

『うん。驚かせちゃうかな? でも、他の3件も危険だから急ぎたいんだ。』



 そこへライルが転移で現れ、収納から浮かばせて取り出したシーツ類を職員さんに渡した。


「全ての寝具類を交換してくれ。重傷者の病室のものはベッドから外しただけで新しいものはつけていないので頼みたい。あとはこちらの区画も全て洗浄する。」


 それを聞いた職員さんたちがバタバタと患者たちを誘導してくれる。


『奥の病室の洗浄は終わった。鳥形魔道具が手持ちに3つある。あと3件の治療院に今日中にまわるならば今のうちにそれぞれ先触れを出そう。』


 ライルが念で伝えながら魔道具を取り出し手早く先触れを出すと、院内洗浄を始めた。



 唄うような軽い調子の梟の言葉を思い出す。


『一度に色々なことはできないので』


 呪術師が、遠隔で操ることができる範囲もわからないけど、あれが嘘でないのなら3件一度に襲うことは難しいはずだ。



『陸、ライルのあの様子だば次にすぐ行げる。……後悔しねぇが? たぶんこの後も正体ば誤魔化すんは無理だど思う。』



『うん。ごめん、じいちゃん。心配かけて……。でも、放っておきたくないんだ。』


『それはいいぁんだ。助けるごどはやりてぇようにせぇばいい。

 ただ、陸が普通の花嫁に……、いや……。覚悟に水差すぁんは野暮やぼだな。おらは次のどごでも薬配りばやらせでもらう。陸は、広範囲の癒しの魔法ば集中せぇばいい。』


『うん、ありがとう。じいちゃん。

 ライル! 優しく丁寧に、でもなるべく急いでお願い!』


 瞬く間に建物の洗浄と乾燥を終えて、人の洗浄に入ろうとしているライルに、難しいことを念じて伝える。


 凛とした表情のライルがにやりと笑う。


『私の女神リクの仰せのままに。』


 これ、聞こえすぎんの良し悪しだな!?


 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る