第73話 ふざけるな
俺がライルについてメルクリウス治療院に入った瞬間に、違和感を感じた。
黒い玉がない。ひとつもない。
にもかかわらず案内する院長も、手当てする側の人も、患者さんたちも全員の顔色が悪い。
普通は病状や怪我の様子で違いがあるものだけどみんな同じように蒼白だ。
まさか黒い玉がもう体に入って……?
でもそれじゃ院長や手当てする職員さんまで同じ症状なのは変だ。
ライルが訪問の目的について説明し始めるとふらつきだす人たちがいて。ライルに手を伸ばしている。
なにを───。
「避けろ! ライル!!」
じいちゃんが叫ぶ。
ヒッと手を伸ばしていた男の人が、突然手から放たれた魔力弾におどろいて短い悲鳴を上げた。
「なんで、攻撃をっ……?! どうして……!」
俺がそう言うと男の人は慌てた。腕を下げることができないらしい。
添え木を当てて包帯の巻かれた腕を無理に振りかぶって俺に向かって来る。青白い顔は痛みと混乱で歪み、涙をこぼしながら。
「…ち……ちがっ、この力はオレのじゃないっ! なんで、からだが勝手に……っうあっ!」
その攻撃を避けながらじいちゃんやバルッソとロマイの位置も確認する。
じいちゃんが剣に手をかけた2人を叱り飛ばしている。
みんな弱っているのに、こんな風に無理やり動かされている。操られているのは間違いない。とはいえ大聖女補正のかかった過剰防衛に弱っている人たちを巻き込むわけにはいかない。避けるしかないんだ。
ビィスロー伯爵みたいな催眠魔法? それとも呪術師の仕業なのか。とにかく、操っている人を早く見つけないと!
ライルが探してくれているけど、じいちゃんやバルッソ、ロマイも患者を傷つけないように避けるのが精一杯だ。
ライルの目線が定まらない。仲間や自分が操られてしまったら……なんてことも考えてるかもしれない。きっと、集中できていないんだ。
患者たちの攻撃を避けて、ライルに背中合わせで立ち、伝える。
「絶対大丈夫。俺は攻撃弾くし、覚醒してるライルには精神魔法耐性ついてるから操られたりしないよ。俺が避けてるのはただ、下手に弾くと病人に攻撃反射しちゃうからだよ。
頼りにしてるから、ライルが見つけてくれるって信じてる。」
「ああ。任せてくれ……!」
背中から自信を取り戻したような力強い答えが聞こえた。
その答えに違わずライルが見つけたのは、姿が見当たらないと思っていたケイリュー院長だった。
明らかに他の患者より強く操られていて、意識がないみたいだ。
ケイリュー院長も他の患者たちも操って。一体何の目的で、こんな。
「……あぁ、ぃ……、ゆるし、て、くださ……御……使い、さまッ……。」
意識のあるまま操られている患者数名の攻撃をまた、
痛い、苦しいと訴える人々。
罪悪感でいっぱいになっているんだろう。
「こ、こんなの、ぃや……だっ………殺し、てくれぇぇ!」
謝りながら涙を流しそれでも攻撃することを自分では止めることができない。
なんで──こんな、こんなひどいことを!
そこへ、ゆっくりと羽ばたきケイリュー院長の肩に舞い降りたのは真っ黒の
『ごきげんよう。ヴァルハロ辺境伯閣下、奇跡の御手のお2人、優秀なる護衛諸君。
そして愛しの実験材料の皆様。』
男の声だ。わざわざ鼻唄混じりに語るのを聞いて、ぎしりと奥歯が軋むほど噛み締めた。
『この治療院内の患者、職員全てに特殊な魔法を施しました。
いやー私、臆病者でしてネ。被験者の様子を眺めたいのは山々なんですが……、個人でハレノア皇国の最大武力と謳われている方の前には怖くて立てないんですよネ。』
「この場に居ずに、どうやって……?!」
ライルが周りを警戒しつつ視線を巡らせる。
魔道具の声は続ける。
『私、呪術は得意ですが一度に色々なことはできないので、声を一方的に送らせていただいてますネ。
まずはかわいい実験材料たちに状況を教えて差し上げましょう。
強制的に眠らせた院長以外は、みぃんな痛覚もそのまま意識がはっきりしていて、自分のやっている行動がわかる状態にしてありますから。』
黒い
『治療院内の皆様、大事なことなのでよく聞いてくださいネ?
あなた方は、わざわざ治療院の助けになりに来た『奇跡の御手』の2人に攻撃しているんですよ。
嗚呼、なんて罰当たりなのでしょう。
さぁ、罰当たりついでに神の化身や御使い様に流行り病の
彼らが本当に奇跡の力を持っているのであれば、あなた方をきっと楽にしてくれることでしょうネ。
フフ、アハハハ、ハッハッハ!!』
悦に入った高笑いを残して
「ぃ、いやぁぁぁ!!」
「おれ、ころ、したくねぇっ……。」
「やめろ、もう、殺してくれっ!」
わざと、心を折る言葉。命を助けるための治療院にいる人たちに、己の命を棄てさせるためのもの。
意識のある患者たちの罪悪感を増幅させて、それで泣きわめく者たちを俺たちに向かわせる。
そんな人たちに俺たちは攻撃できないとわかっているんだ。自分は安全なところにいて、守る側も守られる側も絶望するように仕向けている。
ふざけるな
ぶつり、と自分の血管の切れる音が聞こえた。
途端に頭の奥がスッと冷えてくる。何故かわからないけれど、呼べば答えてくれると思った。
「ペルゼ。」
『何かしら?』
空気から、ふわりとあらわれたペルゼが肩に乗る。
「状態異常回復と、癒しの力をこの治療院全体にかけることは可能?」
『大聖女の祈りがあれば可能よ。その代わり正体を隠したりできないわ。仮面も弾けとぶもの。それでもいいの?』
「いい。沢山の命を犠牲にしてまで隠すことじゃないと思うから。」
仮面を外して投げた。ぎょっとした顔でライルがこっちを振り向く。
「リク!? 何を!」
「ごめん、ライル。じいちゃん。俺、みんなを助けたいんだ。今、すぐに!」
両手を組んで、周りにいる患者たちの辛さや苦しみが溶けてなくなるように。強く、強く祈る。
ぽかぽかした光が、身体の周りを覆っているのがわかる。それが建物全体に広がるように、すっぽりと光のドームが包むようにイメージする。
すると、中にいるものに干渉する嫌な気配の糸が伸びているのを感じた。
そのすべてを断ち切るため更に強い祈りを込めて叫んだ。
「命を、粗末にすんじゃねぇぇぇっ!!!」
※。.:*:・+.:。※。.:*:・※。.:*:・
仮面を投げ捨てたリクが祈りを捧げると、彼女の周りに光の粒子が集まる。
周囲の影を吸い取りながらその光は膨張し、静かに、建物全体を覆い尽くす。
操られていたものたちの身体にもその光の効果はあらわれていた。
折れた骨に添え木を当てていた者や、刃物で深手を負っていた者たち操られていた身体の動きが止まった。
微細な光の粒子がその者たちの傷に集まり癒している。蒼白だった顔には、血の気が戻っていく。
傷が塞がり、あらゆる状態異常が解けたということだ。
しかし魔道具越しに呪術師は患者たちを『実験材料』と呼び、その心を折る呪詛をかけて行った。
癒され攻撃の手も止まった者たちは、操られたとはいえ自分のしたことへの後悔でその場に膝をついた。
治療院の奥からはおそらく重症であっただろう患者たちが歩いてくる。
「御使い様が、助けてくれた……のか?」
「癒しの力を司祭様でなくても使えるのかよ……。あの光の真ん中にいるのは御使い様なんだろう?」
「あの光のおかげで、もう何も痛くないんだ。腕も元通りになった。頭に響いていた『コロセ』っていうおかしな声も聞こえなくなったし……何が、どうなってるんだ?」
袖や裾の欠けた衣類の下にはしっかりと存在する手足がある。自分の身に起こったことを確かめに来たようだ。
「で、でもおれたち、あの方たちに酷いことをっ……!」
「そうだ、死んでお詫びするしか……。」
自責の念に駆られている患者がそんなことを口走る。それらの言葉が聞こえているのかは定かではないが、光の中心でリクが叫んだ。
「命を、粗末にすんじゃねぇぇぇっ!!!」
リクを包む光が爆発するかのように白く発光し、周囲の景色をすべてのみ込んだ。
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