第71話 あしたから
「なるほど! 胸がいっぱいで、お菓子が喉を通らない。ええ、そうでしょうとも。正に甘酸っぱいこのアップルパイのようです。
私が代わりにいただきましょう。」
「ジョシュ兄貴! もうっ、純真な乙女心をダシにしちゃだめですって。」
ぞろぞろとロザリアの後ろから入ってきたジョシュアとデイジーさんが、いつもの調子で話す。
安定してお菓子が一番のジョシュア。
デイジーさんの一言には、日頃の皮肉も混ざってそうだな。
ああ、でもそんなやりとりを見てたらちょっと落ち着いてきた。
「あれ、じいちゃんは?」
「中庭で鍛練中でございます。……バルッソとロマイ相手に。」
「え。」
あれ、バルッソとロマイには司祭姿のじいちゃんしか見せてないはずだけど?
俺の戸惑いにロザリアが答える。
「ぼっちゃまがこちらにいらしてから、ヨウジ様はお一人で鍛練をなさっておいででしたが、その様子を見て2人が是非ともご一緒させて欲しいと頼んでおりました。
ヨウジ様のお持ちの棍を見て色々と察したのでしょう。2人を護衛につけるにあたって『万が一、ヨウジ様とリク様について知り得たことがあっても全てを秘匿すべし』という誓約魔法を結んでございます。」
ハハ、色々とバレることも想定内って事か。ロザリアの想定の範囲、広そうだなぁ。
みんなの様子を眺めつつローストティーを飲んで何とか回復したものの、ライルとのダンスは3回踊るのが限界だった。
1回目は踊っている間、ライルが瞳を全く逸らさなくって……。耳に響いた『愛してる』が目から出てる気がして、俺はステップでつまづきまくっていた。
2回目は視線が少し外れた。けど……、ライルのほんの少し伏せた色気たっぷりの目を見ると、さっき扉が開く前にされたキスを思い出してしまって、顔が火照ってしまう。間違いなく茹でダコだ。そんな俺を心配したライルがストップをかけた。
気を取り直して3回目。半分以上はうまく踊ることができた。でもターンでつまづく。腰を片手で支えてくれたライルが、とっさに抱きよせて転ばないようにしてくれたけど、またライルのひんやりした髪の毛が、さらりと首から肩のスースーするところを撫でる。
くすぐったいのと恥ずかしいので、もう爆発音に近い心臓の音がギブアップを告げた。
「今日はここまでにいたしましょう。」
踊ろうと立ちあがったところで足に力が入らなくて、また椅子にもたれてしまった俺にロザリアが言った。
よくがんばった。俺の足と心臓。
ロザリアも今日は全然スパルタじゃなかった。
俺とライルの首に光る魔結晶を見て、色々と察したらしいジョシュアやデイジーさんも俺が必死に落ち着こうとしているのに対して突っ込まないようにしてくれている。
「そうだな。明日からまた治療院訪問も始まることだし、無理は禁物だ。」
ライルが俺の頭をポンポン撫でているのを見てロザリアが目に優しい光を湛え、あたたかく微笑んだ。
「本当に………ようございました。」
何が、とは聞かなくてもわかる。ありとあらゆることを考えていそうなロザリアだ。ライルと俺のことで、かなり心配かけていたと思う。これからも、頑張ろう。
「わたし、まだ色々足りないことが多いからビシバシ鍛えてもらわなくてはいけないと思うの。これからもよろしくお願いね? ロザリア。」
伯爵令嬢風に決意表明する。
フフフ、と温かい微笑みが冷気を含んだそれに切り替わる。
「───なんと、嬉しいお言葉でしょうか。
リク様にお教えすべきことは山のようにございます。晩餐会までに、そのお覚悟に相応しい淑女に仕上げてさしあげます。明日の治療院訪問後は礼儀作法の講義といたしましょう。」
スパルタスイッチ入れちゃった……みたい。
その日の晩。うちに帰ってから、じいちゃんに今日ライルに正式なプロポーズをされたことを報告した。
色々やることや目標を全部乗り越えたあと、ライルに嫁ぐと決めたことも。
じいちゃんは膝をぽんと叩いて笑った。
「よぉし、やぁっと決めだんだなあっ!
だども1ヶ月だらば早ぇほうが? まんずめでてぇ話だ。どれ、そんだば祝いだな。」
と、竹の茶筒を取り出した。
「じいちゃん、これは?」
「普通だば祝い酒にするとこだども、おらだぢは茶農家だ。祝いのためにとっておきの茶ぁ用意したんだ。淹れでやる。」
ぬるめた湯でゆっくりと淹れる様子に、ピンと来た。
「まさか玉露!? いつの間に?!」
「
「へぇ……。」
「はあ………いい香り。」
「んだば、改めて陸とライルの婚約を祝って、乾杯。」
「乾杯。」
カチャンと湯飲みを当てて乾杯する。
ひとくち含むだけで鼻に香りが抜ける。一番煎じに似てるけど、それよりもずっと濃い旨味と甘味を感じる。
喉を通ると、ぬるめで淹れてあるはずなのにぽかぽかとした温かさが指先まで行き渡る。
温かさについての効果は回復薬だからこそかな。────でもとにかく。
「「う~めぇ。」」
2人で同時に呟いて笑う。
「さすがじいちゃんの茶だ。
じいちゃんの髪の毛が毛先まで黒々として、皺が消えている……。
「お? なんだ体が軽ぃな。あれだ、自分に癒しの魔法ば掛けだ時みってだな。」
そう言う若返ったじいちゃんは、父ちゃんそっくりだ。動いているホクロのない父ちゃんみたい。
思わず涙が滲む俺を見て、父ちゃんそっくりになってるじいちゃんがおろおろする。
「なした? 陸。おら、どんなんなってるぁんだ?」
「じいちゃん、大丈夫。今ちょっと嬉しい状況なだけ。ほら、手鏡かしてあげるから顔見てみてよ。」
涙を拭ってじいちゃんに手鏡を渡すと鏡を見て固まった。
「
「ね、じいちゃん。ちょっとだけ手つながして。」
「ん? おお。」
じいちゃんの手をとって思いを込める。どこかにいるかもしれない魂へ。
父ちゃん。俺ここでやりたいことも出来てるし、好きな人ができた。お嫁さんにもなれるんだよ。
俺たちのために沢山がんばってくれてありがとう。今度また壁面のところに会いに行くよ。次はお弁当持ってまた、ライルと一緒に。
「お、……戻った。」
父ちゃんそっくりのじいちゃんが、いつものじいちゃんに戻る。
癒しの魔法よりちょっと効果高いし長めだったなぁ。
「ありがとう。じいちゃん。父ちゃんに会えたみたいで嬉しがった。」
「前に、陸がおらごど指差して若くなったって言うだんは、これのごどが。」
「うん。茶樹たちも言ってたけど、癒しの力
使っても治すところが少ないとおまけで一時的に若くなるって。しばらくじいちゃんめちゃくちゃ怪力だっただろ?
癒しの力を治療院行っていっぱい使う時には先に自分にかけて体を強くするのが正解だとかもいってたな。
じいちゃんが若くなってる時間が長かったってことは、
「まぁ、いいんでねぇが? これは特級茶葉で作った最高品質の玉露だすけ。そんぐれぇの効能あっても。」
「いい……のかなぁ? それこそ、神の薬扱いされそうだ。」
「祝い用だすけ、余所には出さねぇぞ? 次にこの玉露ば作るぁんは、ひ孫の生まれだ時だ。」
「ひ、ひ孫ぉ!?」
「やること山積みだども、いろいろたのしみだな。陸。」
そう言ってじいちゃんは、くしゃっと笑う。
そうだ、やることは本当に沢山ある。
でも楽しみにできるくらいゆとりがあるのは俺たちが周りの人たちに恵まれてるからだ。
「とりあえず、明日からまた頑張ろう。」
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