第70話 こたえ
よかった、心臓まだ爆発してなかった。
でもヤバイ。
真剣に愛を伝える言葉。ライルの声が良すぎるせいもあるんだけど、耳から脳に伝わると同時に、足と腰にキた。
「へ、……な?」
へなへなと力が抜けちゃって、へたりこみそうな俺をライルがふわりと持ち上げた。
おいこれっ、お姫様抱っこじゃないか!
「ちょ、ライルっ! どこ行くの?」
焦った表情のライルは足を止めずに扉に向かいながら答える。
「足に力が入っていないじゃないか! リクは昨日倒れたばかりなんだ。ベッドで休んだ方がいい。すぐに運ぶから。」
いやいや、バカ。 これはお前のせいだから。しかも今、お姫様抱っこでベッドに運ぶって言ったかコイツ!?
「待てって、ライルッ!」
『愛してる』からのベッドってお前、絶対今意味わかってないだろコラ! 天然タラシ!
練習場の扉を開けると結界が解けて、冷たくにっこり笑みを浮かべるロザリアが、現実に戻してくれた。
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リクを不安にさせぬようにと、思ったことをそのまま伝えたのだが──。
抱きしめた次の瞬間、リクの力が抜けてしまった。まだ体調が万全ではないのかもしれない。これではダンスどころではないな。
あわてて抱きかかえ、練習場から出てベッドに運ぼうとした。
「ぼっちゃま。どちらへ?」
冷たく微笑むロザリアが扉の前にいた。
「ロザリア、リクの足に力が入らないようなのだ。今すぐベッドに運ぶ。」
冷笑を深くするロザリアはゆっくりと首を横に振る。
「愛を囁いてそのように腰砕けにした女性をベッドに運んで、どうなさるおつもりですか。
そもそも、このような有り様のリク様をベッドの上でご覧になって、ぼっちゃまの自制が効くとでも?」
ロザリアに止められ、リクをよく見る。
「もぅ……っ! 馬鹿ライルッ……。」
彼女は、赤く上気した頬で、潤んだ瞳のまま甘く悪態をつく。
ドレスからのぞく滑らかな肩も胸元も色づいていて、しっかりと抱えた指先には、ふにっと柔らかな感触がある。
ロザリアが言った言葉をようやく理解した。
自制、できる気がしない。
「お、まえっ……~っいい加減、おろせ!!」
胸のあたりをポカポカ小突かれてリクに叱られてしまった。
「ぼっちゃま。想いを伝えることは大切ではございますが、これではダンスの訓練になりません。」
「す……すまない。」
腰が抜けたと話すリクには、練習場の椅子に腰掛けて貰っている。
深く呼吸をしたリクは、ロザリアに声を掛けた。
「ロザリア。ローストティーもらえる? ちょっと落ち着けば大丈夫だから。」
「かしこまりました。すぐお持ちします。」
礼をして退出するロザリア。扉が光らないところを見ると結界を張らずにいるな。
「ライル。ちょっと来て。」
リクに手招きされたので、目線を合わせて椅子の前に跪く。
「少し頭下げてくれる?」
言われるままにすると、ひやりとした感触と、シャラリと金属の擦れる音がした。
「それつけてるだけで、他のご令嬢は諦めるかもしれないんだよね? だったら持ってて。」
彼女の瞳の色を映した琥珀色の魔結晶。
以前リクが大事なもの過ぎて気が引けると言って、取り交わすことのできなかったものだ。代わりにと、もらった木の葉形の琥珀色のブローチはいつも身につけている。リクが今、対となる髪飾りをつけてくれているように。
「いいのか? 私がこれを身に付けて晩餐会に君と出席するということはっ……。」
「 わかってるよ! でも、ライルさっき言ってくれただろ? 『誘うのは一緒にいたいからだ』って。難しいこと抜きにして言うと、俺だって、ライルと一緒にいたいんだよ。
言葉遣いも、礼儀作法もダンスも、頑張って覚えるから……ライルが他のご令嬢と仲良くなるところなんて見たくない。」
「リク……。」
私はどうしてこう、うまく立ち回れないのか。なんと情けない。
リクに、ここまで言わせてっ……!
「私が情けないばかりに、リクを不安な気持ちにさせてしまった。私が君と一緒にいたいという想いは以前よりずっと強い。」
収納から、ビロードの小箱を取り出した。
小箱を開けて見せるとリクの頬が、ぽっと
赤く染まる。
「ライル……。」
「私の心はリクのものだ。生まれた世界が違うとしても、私が生涯愛するのは君だけだ。すぐにとは言わない。目標としている薬草栽培や、回復薬の流通が軌道にのってからでかまわない。
どうか、私の妻になってほしい。」
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『どうか、私の妻になってほしい。』
俺の前に跪いたライルが高そうな小箱を取り出して開けて、そう言った。中にあるのは
ライルの魔結晶だ。
間違いようも、誤魔化しようもない。すごく真剣な、プロポーズの言葉。
「だめ……だろうか?」
固まっている俺に、久しぶりに瞳を揺らしたライルが自信なさそうに首をかしげて聞いてくる。
ああ、もうっなんでこんな時ですら可愛いのかな!
落ち着こう。ライルに真剣に答えるんだから。
「俺が……これをつけていれば、ライルはすぐに転移して来れるんだったよね。」
「ああ。この魔結晶が君の側にあり、リクの魔結晶が私の側にある限り、必ず引き合う。決して離れることはない。」
ずっと考えてた。もし俺だけ日本に戻されることになったりしたらどうしようって。
でも、女神デメトゥール様は俺に世界を救ってほしいから呼んだと言った。
世界を救うまでは日本に戻したりしないはずだ。
この世界には、魔物が湧き続けている。そして、ゆっくりと季節の流れが速まっている。
1ヶ月で秋冬春と3つも季節が巡っているのは、この世界が緩やかに滅びはじめているからだと、畑で
『この世界の季節は春夏秋冬の4つだけど、今は1年間に9回巡るよ。だんだん早くなっているんだって、教えてもらった。』
『誰に?』
『女神様。あ、魔王を倒すと四季の巡りが1周分緩やかになるらしいよ。』
水やり中に、そんな大事なことをさらっと言われて戸惑った。
だから魔王を倒すことのできる勇者と、それを決めることのできる聖女が必要なんだ。
魔王の存在が世界を滅びに近づける。季節の巡りが早くなりすぎたら、生物は順応できずに死に絶える。世界が滅ぶっていうのはそういうことだ。今は正直ギリギリだと思う。茶樹たち並みの速度で他の野菜が育つ訳がないから。
500年前でも1年間に3回は四季が巡っていたらしい。これはペルゼからの補足説明だ。
ハレノア皇国の歴史でも、初代勇者と聖女……つまり父ちゃんと母ちゃんが魔王を1人倒しているとある。
生物が住みやすい世界になるためには四季が一巡りで1年間になるのがベストだ。
そうするとライルには、最大8人の魔王を倒してもらうことになる。
魔王を倒す以外で世界の崩壊を緩やかにする方法があるなら、みつけたい。
この話はもちろんライルにもすぐ教えたけど
『リクを害そうとするものが何人いようが負ける気はしない。』
と、言われた。
戦うな、なんて言わない。俺も、覚悟を決めたから。
「……つけてくれる?」
跪いたライルに言うと、立ち上がって小箱から取り出した魔結晶を俺の首につけてくれた。
葉っぱの髪飾りよりももっと、ライルの瞳と同じ色の──ライルの魂を映した色。
「これから、なにがあってもライルの体のどこが千切れてなくなっても治すから、生きていて。これを、肌身離さず持ってる。ライルの命は、俺が守るから。必ず側に戻って来るって誓って。」
「ああ、誓う。」
そっと抱きしめてくれたライルの胸の中で、
「今まで通り薬草栽培も、回復薬の薬効もよく調べて、流通できるようにもする。ライルに借りてるお金も返して、少しでも死ぬ人が減るようにもしたい。やること多いし時間がかかるかもしれないけど………。」
これは、人生で初めて言う言葉だ。
顔を上げて、ライルの目をしっかり見る。
「ライルのことを、愛してる。この気持ちに相応しく振る舞えるようになって、みんな乗り越えることができたら……あなたの妻にしてください。」
嬉しそうに微笑むライルの綺麗な金色の瞳から涙が零れ落ちる寸前で、魔結晶と同じ形になった。
「………っ! ありがとう、リク。」
ライルの涙に見とれているうちに、唇が重なってしまいそうな距離まで顔が近づいていた。
そこへ、扉をノックする音が聞こえる。
「お茶をお持ちしました。」
あ。ロザリアが、ローストティーを持ってきたんだ。
でも離れようとした俺の肩をライルは離そうとしなくて。顎に手を添えて、そのまま唇を重ねてしまった。
チュ、と練習場に音が響いて唇が離れる。
ほんの数秒のこと。それでも───。
「失礼します。────、……ぼっちゃま。リク様にダンスの練習をさせる気はおありなのでしょうか?」
お茶や菓子をワゴンにのせて運んで来たロザリアがそう呆れるくらい俺は真っ赤になっていたんだ。
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