第69話 まぶしくて

「ドレスの調整に参りました。スピカと申しますっ。よろしくお願いいたします! 姫様!」


 祈りを捧げるように両手の指をがっちり組んで、頬を染めた同じ年頃の女の子に、なぜかそう呼ばれた。


 はい……? えっと……この亜麻色のお団子ヘア、確かロザリアの娘さんだったような?


「リク様。こちらはわたくしの娘で、スピカと申します。スピカ、リク様が困っていらっしゃるでしょう。控えなさい。」


 娘さんを窘めつつロザリアは俺に、こそっと耳打ちする。


『初対面として振る舞ってください。丁寧過ぎる言葉遣いは不要でございます。貴女は伯爵令嬢、そのおつもりでお答えください。』


 えぇ……なにこれ、抜き打ち作法テスト?

 伯爵令嬢の喋り方ってどんなのだよ。知りあいにいたか? お嬢様っぽい人、お嬢様っぽい人~。

 あ、ペルゼの話し方でいいか。なるべく背筋を伸ばしてお上品に受け答えする。でも目上の人相手じゃないから丁寧過ぎないように。


「ごきげんよう。貴女があの素敵なドレスを仕上げてくれた人なの? 今日は、よろしくお願いするわ。 あ、でも私は姫様ではないの。リクと呼んでもらって構わないわ。」


 ごきげんようなんて挨拶はじめてしたわ!

 う~、この設定も無理あるよぅ。内心鳥肌立てつつ微笑みを浮かべると目を輝かせてスピカが答えた。


「かしこまりました、リク姫様!」


「あの、……ロザリア……?」


 娘さんお話し通じない系ですよ?


「リク様、呼び方については諦めていただいたほうが、事は円滑に進むかと。」


 『姫様』呼び放置なの? マジで?


「では、早速はじめさせていただきますね?」


 ワキワキと指を動かすスピカ、ちょっと怖い。思わず後退りすると、後ろには笑顔のロザリア。うぁ、最恐親子に挟まれた!?


「お手柔らかにお願い……ね?」



 ※。.:*:・+.:。※。.:*:・※。.:*:・



「ライル、どした? つまんなそうな顔して。」


 鍛練中のヨウジが手を止めて私に声を掛けてくる。


「いや、別につまらなくはないが……。」


「ほ~ん。陸だぢに、ライルは特注のドレス姿、当日まで見てはダメだって言われだすけ拗ねてだんだな?」


「う……」


 図星を刺されて返答に詰まる。ヨウジは棍を支えにして手を置くと、手拭いで汗を拭きながら続ける。


「それよか、こういう特別な晩餐会だのに連れて行ぐんは、本当は嫁さんか婚約者が普通だろ? 陸になんか誘い文句のひとづも言うだが?」


「……まだ、なにも……。」


 ポツリと答えると、ヨウジはやれやれとばかりに呆れた顔だ。


「──カ~ッ、んでは宙ぶらりんでねぇが。晩餐会に行ぐためのドレスがあっても、一緒に行ぐライルが誘わねでどうするぁんだ?」


「しかし、リクは昨日あの壁画を見て気を失うほど動揺していた……。そんな最中に誘ってしまって、嫌がられないだろうか。」


「来月の話だば、まだ急がねでもいいっつう気持ちは分がるども、こういうもんは先に気持ちを伝えでおくんが大事だ。おらは婆さまに口酸っぱく言われだ事だすけ、わかる。

 気持ちを相手の口から聞かねぇと女の方は不安なもんなんだとさ。

 ライルが一緒に行ぎてぁんは、陸だけだろ?

 それをライルの口から聞かねぇと、自分にあんまし自信のねぇ陸の事だ。

『ライルは他に相手がいないから、縁談よけに仕方なく俺と一緒に行くのかも』なぁんて考えるがもな。」


「……そんなっ!」


 私が側にいて欲しいと思うのは、いつだってリクだけだというのに。


「んだすけさ。惚れた女のそういうちいせぇ不安を取るためにぐれぇ、何回でも格好つけてキザな台詞ば言うでやれ。男の見栄っつうのはその為だけに使うもんだ。」


『お。おら、今いいこと言うだな』とヨウジは笑い、また棍を手に鍛練をはじめた。


 リクの反応ばかり気になってしまっていたが、壁画に描かれた初代勇者と聖女がリクの両親であるならば、ヨウジの子とその伴侶であるはずなのだ。


「ヨウジも、初代勇者と聖女の壁画を見に行ってみるか?」


 風を切る速度のヨウジは、私が背後から問いかけても動揺することなく魔力をのせた棍を的に向かって突き出し、貫く。

 棍を的から引き抜いた後にふぅ、とゆっくり首を横に振った。


「いや、いい。泣き喚いて鼻水だらけの、立でのぅなった爺ぃば連れて帰らんは、大変だすけ。」


 目尻と眉を一緒に下げて口元にだけ微笑みを浮かべたヨウジはそう答えた。


「そうか……。」


「おらがもう死ぬ間際になったば、頼むがもしんねぇな。担架にのせて運んでくれる人も一緒に連れでさ。

 絵でも何でもあと閃枝センジ千織チオリさんの顔見るんは、死ぬ前に一度きりでぁんだ。おら、魂の行く先も婆さまが待ってるどごば行ぐすけ、あと会えねもんな。」


「魂……の、行く先?」


「おらだぢの住んでだ日本ではな、魔法がねぇすけ、自分の魂の代わりに魔力固めて結晶になんて出来ねぇ。

 死んで体も骨も無くなったら魂になって、想うところに辿り着くってただ信じるぁんさ。うんと強くな。世界の境ば超えで、おらは絶対婆さまのところに行く。そう決めでるだけだ。」


「…………。」


 まぶしいほど強く、深く、濃い想い。それを魂と呼ぶならばヨウジはきっと目指すところに辿り着くだろう。


 私が魔結晶に込めた想いなど、このヨウジの覚悟に比べたら薄っぺらいものかもしれない。


 それでも、リクに心を捧げると誓った。リクも心を私にくれると言った。お互いの想いは同じ……はず。


 少しのことで、リクに嫌われないかと私も不安になるのだから。言葉にすればいいのだ。

 

「ヨウジ。このあとリクとダンスの練習をする予定だ。晩餐会の件を、話してみる。」


「おぅ。陸に長ぇ話はすんなよ。ただでさえライルの前では真っ赤になるぁんだすけ、言いてぇことは男らしく、簡潔にな。」


「ああ、わかった。」


 ※。.:*:・+.:。※。.:*:・※。.:*:・


 ドレスの調整は滞りなく終わった。

 ロザリアに何か耳打ちされたスピカが、ねっとりした視線を送ってきたのは、ちょっと怖かったけどね。


 今は練習場で、ダンス練習用の白と水色のグラデーションになったドレスを着て、ライルを待っている。

 このドレス、少し肩と胸元の出るデザインだ。首周りスースーする。


「ロザリア俺さ、胸あんまりないんだけどこれ変じゃない?」


「リク様、とてもお似合いですよ。ただし、伯爵令嬢の設定はそのままでございますので1人称にご注意ください。」


「ええっ? ライルにも?」


「ぼっちゃまと2人きりで、周りに会話を聞く者がいないならば問題ありませんが、人目のある時は常に『私』と言うように心掛けていただきます。来月の半ばには晩餐会なのです。礼儀作法も洗練されたものにしてまいりましょう。」


「人目のある時はライルのこと何て呼べばいいの? ご主人様じゃないから……。」


「『ライル様』『あなた』『旦那様』『愛しい人』どれが正解でございましょう?」


「それ、実質一択だよね。………わかった。周りに人のいる時は『ライル様』って呼ぶようにする。」




 ノックが聞こえてライルが入ってきた。


「待たせたな。練習をはじめる前に、リクに話したいことがあるんだ。……ロザリア。」


「かしこまりました。」


 ライルに声を掛けられて、ロザリアが練習場から出る。扉が青く光った。あれ、遮音の結界?


「リク。」


 ライルが俺の手を取った。


「ライル? どうした?」


「来月、一緒に皇帝陛下の晩餐会に行ってくれないか。」


「うん、いいよ。ロザリアにも他国から来た伯爵令嬢の設定で参加するようになるだろうって言われてたし。

 礼儀作法厳しくなるって言ってたけど、ライルが、他のご令嬢に囲まれるよりはいいかなって思って……。」


 綺麗な人はいっぱいいるだろうけど、ドレスを着て、側にいるだけでそんな人たちがライルに近づきにくくなるなら……俺は。


 話しながら俯いていた俺の上からライルの優しい声が降ってきた。


「私が誘うのは、一緒にいたいのがリクだけだからだ。」


 見上げると、まぶしくて蕩ける笑顔でライルは言った。


「愛してる。」


 そのまま抱きしめられて、スースーする肩にライルの長い髪が1束さらりとかかる。


 俺の心臓たぶん今、爆発した。

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