第64話 おちついて
父に対して、リクが余りにも自然に『お父さん』と呼んだことに驚いてはいた。
しかし私に強い衝撃と驚きをもたらしたのは、
『すまない………もう一度言ってくれるか。』
と、照れつつも父が言ったことだ。幼い頃からただひたすらに憧れた、いつでも強さだけを求めていたような父が。リクに『お父さん』と呼ばれて喜ぶ様。
一瞬リクの可愛らしさに男として陥落したのでは……と、恐ろしくなった。
娘がいないので新鮮だ、という理由だったことに安堵しながらも、やはり驚きからなかなか動けずにいた。
私は横のリクに腕をつつかれるまで、かなり酷い顔で固まっていたらしい。
「大丈夫か? 一回落ち着いてお茶でも飲もう。回復クッキー持ってこようか。」
見上げてくる気遣わしげな琥珀色の瞳に見惚れてしまう。
昨日の夜、丘の家から私が帰ったあとに、回復薬や魔力回復薬の入った手間のかかる菓子を作ってくれていたという。
治療院で私が魔力を使うことを考えて作ってくれたのだろうか。それを思うと堪らなく嬉しい。
お父さんもご一緒に、と誘ったリクはドレスを翻しお茶の用意をしに行ってしまった。
少し2人で話しをしていると父が呟いた。
「……いい娘じゃないか。」
「ええ。」
私の心を捧げた彼女は、優しく、気高く、
生きる力に満ち溢れていて眩しい。父に嫉妬する狭量な自分が恥ずかしくなる。
「ここへ来て、まさか娘ができた気分が味わえるとは思わなかったな。」
しみじみと父が言う。
「母さんにも、会わせたかったです。」
リクに会ったら母がどんな反応をするのか気になった。
「そうだな。このままではミレーヌに口をきいて貰えなくなりそうだ。先に白状するか。」
自宅にほぼ寄り付かなかったあの父が、母と話せなくなることを今はこれほど気にするようになったのかと思うと、感慨深いものがある。
「声を送るのであればこの魔道具を使ってください。」
鳥型魔道具を渡そうとすると、軽くドアをノックする音が聞こえる。
「失礼します。ミレーヌ様がお越しですが、こちらにお通ししてよろしいでしょうか。」
「……しまった。俺が遅いから行き先に感づいてしまったようだな。」
「一緒に謝りましょう。───ロザリア。通してくれ。」
「かしこまりました。ミレーヌ様はリク様と談笑中で、かなり盛り上がってございます。すぐにご案内いたします。」
ロザリアは淡々と報告するが、……リクと話して、盛り上がっている?
「ライル……あの娘、本当に何者だ?
話せば屈託のない町娘のようだが、聖女とそっくりの風貌。そして、初対面の私やミレーヌと物怖じせず話すことのできる肝の据わりようは、只者ではないぞ。」
「いいえ、あれがリクなので。変わったところもありますが、人に好かれる質なのですよ。変わっているといえば、彼女の祖父も相当ですが。」
「祖父?」
再びのノックが聞こえ、扉が開くと同時に慌ただしくなる。
「お連れしました。……お一方、増えてございます。」
『だから、挨拶はちゃんとしてねっ!』
嗜めたい余りに小声にし切れていないリクの声と共に、普通の服ながらまだどこか威厳を漂わせる歩き方で部屋に入って来たヨウジが、父に歩み寄る。
「はじめまして、陸の祖父の
「丁寧な挨拶、痛み入る。こちらこそライルが世話になっているようだ。今後とも宜しくお願いしたい。」
挑むように薄く魔力を纏ったヨウジは、父と両手で力強い握手をした。
その後ろから、以前よりすっかり若々しくなったように見える母・ミレーヌが、リクと共に部屋に入ってきた。ロザリアがドアを閉め、遮音の結界を張る。
母をエスコートする立ち対置にいるリク。腕を絡めて歩く母がヨウジの話を聞いて囃し立てる。
「末永く、ですってリクちゃんっ。あら? 赤くなって。もぅ、可愛いわぁ。」
リクの頭を撫でる母、されるがままにされているリクが控えめに抗議している。
「お母さん、そんなっ、ちょっと言い方が大袈裟なだけですよ。」
相手に警戒心を持たせないのはリクの良いところでもあるが……流石に打ち解けすぎでは?
゚+。:.゚*゚*.:。+゚゚+。:.゚*.:。+゚
「久しぶりね、ライル……。元気そうで嬉しいわ。」
「母さんも旅立った日よりお元気そうで、安心しました。」
微笑むライルに、ほっと息をつくお母さん。ライルの表情も嬉しそうで、よかった。
「ふふ。ここに来てよかったわ。私が武器屋で時間を潰しているのがわかっているのにグレッグったら、何も言わずにライルの所にひとりで行ってしまうんですもの。」
「すまん。ミレーヌ。つい思いつきで足を運んでしまった。」
「グレッグ、本当だったら怒ってるところよ? でも今日は許してあげる。だって、こんなに可愛いライルのお嫁さんに会えたんですもの!」
『ライルのお嫁さん』の言葉に、ボンッと顔の熱が沸騰する。
「ぇ、えっ! お母さんっあの、わたしたちその……婚約は、してなくって……っ!」
「そうなのか? 俺から見ても、もう婚約しているものとばかり思っていたが。」
お父さんも静かに驚いている。
「ええっ!? リクちゃん、ライルじゃダメかしら?」
「ダメじゃないです! むしろライルじゃないと駄目ですけど?!」
ああ! 混乱してなんか凄いこと言っちゃわなかったか今!?
ライルが少し頬を染めて俺の肩をぽん、と叩いた。
「とても嬉しい言葉ではあるが、落ち着くんだリク。まず、お茶にしよう。」
ヤバい。狼狽えやすいライルに落ち着けって言われてしまった。
親子の再会のために急ごしらえのお茶会が開かれた。開始を早めたのは、俺だけど。
ローストティーの香ばしい香り。ひとくち飲むだけで、本当に落ち着くから不思議だ。
ひとくちサイズの甘くないフレンチトースト、チーズとハムをパイ生地に巻いて焼いたもの。葉野菜に玉子のサラダの3つが作り足された軽食。そこに俺の作った2種類の回復クッキーが並んでいる。
あの短時間でデイジーさん凄いっ!って思ってたら
『姐さんから、用意しておいて温めるだけにしておきなさいって、言われてたのよ。』
と、教えてくれた。やはり最恐万能メイド長。抜かりがない。
円卓に並んだ食品の中で、華がないとすれば俺の作ったクッキーだ。うす茶色に抹茶色で、地味だ。いや、でも効果はあるはずっ! と思い直す。
「グレッグ、リクちゃんはヨウジ様と回復薬の開発をしているんですって。ね? リクちゃん。」
軽食を少しずつ一通り食べ終えたところで、お母さんが言う。
「はい。苦味、渋みを減らした加工をして粉状にすることに成功しました。こちらのクッキーに練り込んであります。茶色が魔力回復薬入り、緑色が回復薬入りです。」
「菓子に入れるとは、斬新な発想だな。」
「命のやりとりが多い場面で、魔力と体力の両方同時に回復できれば、と考えたんです。どうぞ、召し上がってください。」
クッキーを手に取り口に運ぶ。気に入ってくれるといいけど。
「あら、サクサクで美味しい。」
「ああ、甘過ぎずちょうどいい。」
それぞれからお褒めの言葉をもらい、ひと安心した。飲み込んだ瞬間から、2人の目が見開かれていく。
「凄いわ……リクちゃん。ほら、弓の引きすぎで切れた指先がすっかり綺麗になって。」
「馬鹿な──、魔物の牙で裂かれてから回復薬でも痺れがとれなかった左手が……。」
よし、効果がしっかり現れたみたいだ。
「粉状の薬草そのものを使うので、香りも良くなっているはずです。こちらも試してみてください。」
「ええ、いい香りね。いただくわ。」
「香りは確かに魔力回復薬だな。」
おっと、お父さんとお母さんに振る舞ってばかりでライルにまだ食べてもらってなかった。この中で一番必要なのに!
「ライルもほら、魔力いっぱい使ったんだから食べて。」
「美味い。───な……っ!? リク、魔力の回復量が多い気がするが?」
「前は魔力回復薬を煮つめて作ったけど効果を上げるためにイチから作ったからだよ。ね。」
じいちゃんに同意を求めると、しっかり頷いて解説してくれる。
「薬草の葉を少量摘み、乾かして揉んで発酵させて、加熱してな。煎じれば魔力回復薬ができる状態のものを石臼で挽いた。陸が菓子にいれたのはそうして出来た魔力回復粉。前のものから比べれば雲泥の差だからのぅ。」
じいちゃんって、訛り抜くと時代劇の年寄りくさい話し方になるんだよなぁ。
驚くライルの横で、お父さんとお母さんは何やらひそひそ話をしている。別に頼んでないのに、テーブルにかざられた花瓶のバラが俺に話の中身を伝えて来る。
『噂の2人は、おそらくそうなのだろう。それに彼女は……前に見せた、あの壁画に瓜二つだ。』
『あんまり親しみのある笑顔でわからなかったけど……まぁ、本当だわ……。』
聖女に似てるって話か。他人の空似かなとは思うけど……そんなに言われると興味も湧く。
いや、落ち着け俺。もし本当に壁画のある場所が緑猿のいる森だったらどうするんだ。
アレ? でも大聖女になってるから寄って来ないんだっけ? う~ん。
「急な訪問ですまなかった。また顔を見に寄る。」
「もう行ってしまうのですか?」
「ええ、そろそろ解体も終わるはずですもの。冒険者ギルドに戻るわね。クッキー、とっても美味しかったわぁ。ありがとう、リクちゃん。」
「こちらこそ、今日はお会いできて嬉しかったです。ありがとうございました。」
「ライル。」
「はい、父さん。」
「色々あると思うが、余り一人でやろうとするなよ。ヨウジさんにもリクさんにも、それぞれ考えがある。話し合うことも大切だぞ。ミレーヌと共に旅をして、俺はそれを学んだ。特に女性の話は良く聴くべきだ。
速度の早い魔法並に、会話がコロコロ変わったとしてもな。」
フフ、お父さん良いこと言う。
お母さんは、俺の正面に来て手を握った。
「リクちゃん。ライルをよろしくね。あの子が不器用なのは私が悪いのよ。あの頃私、自分のことばかりで……もし戻れるならたくさん抱きしめて育てるのに。」
お母さんが瞳を曇らせて言う。
「お母さん。わたし、たぶん今のライルでなかったら出会っていなかったと思うんです。だから何も後悔する事はありませんよ。」
「………っリクちゃん、ありがとう。貴女の心は、きっと聖女様より清らかだわ。」
いやいや、大袈裟ですって。
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