第63話 おさそい

 500年前の初代聖女が、俺に似てるらしい。


 壁画っていうのも気になるけどガルボの町の東の森って、俺が最初に迷い込んだあそこじゃないか?


 疑問が次々湧いて来るせいで目が回りそうだ。そんな俺の顔を見てライルのお父さんがすまなそうに微笑む。


「ぁあ、悪かった。初対面で可笑しなことを聞いて困らせてしまったな。普通に考えたら、そうそう聖女などいるはずがないのだが……。」


「ぃ、いぇ。気にしないでください。」


『聖女というか大聖女なので、それほど外れてもいないんです。』とは流石にいえないですぅ。


「父さん、リクは遠くの国から来たので聖女のことなどはあまり詳しくないんです。」


 ライル、お父さん相手だと敬語なんだ。

 それとなく誤魔化してくれている。嘘、つかせてごめん。


「息子に、大切な人ができたと知ったら会ってみたくてな。それにライルは、君に相当救われているようだ。」


 ライルが隣の俺を見てやわらかく微笑む。

 くっそ美丈夫め。俺のことなんて伝えたんだよ。


「そんな、わたしの方こそライルにいつも助けられているんですよ。もっと強くなれたらいいなと思ってロザリアに色々教わっているんですけど、怒られてばかりです。」


 手を振って当たり障りなく答える。


「ロザリア? ライルの教育係ではないか。」


「父さん、ロザリアは辺境伯家でメイド長として雇っています。リクに礼儀作法と、護身術を教えているんです。」


「それでは随分厳しいだろう。こんな可愛らしいお嬢さんに……。」


 えっ、ロザリアの厳しさが解って貰えているぞ。これだけでも親近感わくなぁ。


「いいんですよ、(ライルの)お父さん。自分の身はある程度守れるようになりたいので、できることが増えると嬉しいですから。」


「すまない………もう一度言ってくれるか。」


 俺の答えに対して、ライルに良く似た口元を手で覆う仕草で、ぽつりと呟くのが聞こえた。


「できることが増えると嬉しいですから?」


「その前だ。」


「お父さん。」


「ありがとう。──実に新鮮な響きだ。俺に息子はいるが、娘はいないからな。」


 そんなことをふわりと笑いながら言うところ、やっぱり親子だよね。


 チラッとライルを見たら、めっちゃ驚いた顔してる。うわぁ早く直せ、それ。固まったら大変だぞ?


 指先でトントンと腕をつつくとやっと戻る。なんだ、また狼狽えてたのか。どこに驚くところあったんだ?


「大丈夫か? 一回落ち着いてお茶でも飲もう。回復クッキー持ってこようか。」


「まだ残っていたのか?」


「ううん、じつは昨夜ゆうべ作って朝、厨房にしまってたんだ。直ぐ持ってくるよ。」


「回復……、クッキー?」


 首を傾げるお父さん。聞きなれないフレーズだろうなぁ。ふ、と思いついたので誘ってみた。


「あ。良ければお父さんも、ご一緒にどうぞ。回復薬で作った回復クッキーと魔力回復薬で作った魔力回復クッキーの2種類あるんですよ。今、ローストティー淹れますね。」


 親子で再会ティータイム、いいじゃないか。


 ※。.:*:・°※。.:*:・°。.:*:・※。.:*:・


「婚約者の親との対面にしてはずいぶん早いお戻りだと思ったのよね。」


「デイジーさんはもぅ……っ。作ったクッキーとお茶取りにきただけだってば。」


 厨房でお皿に2種類の回復クッキーをならべて、ローストティーの用意をしながらデイジーさんと雑談している。


「しかし、良く似てるわよね。『ライル=ヴァルハロ辺境伯に会いたいのだが。』ってお見えになった時は慌てちゃった。双子のお兄様たちよりそっくりなんだもの。それに隠してるけど、あれは相当強いわよ。お名前聞くだけでも緊張しちゃったわ。」


「うん。凄いわかる。」


 俺から見てもとにかく強そう。

 なんかお父さん見たら、ただでさえ色気のあるライルがあんな風に格好良く歳をとると、女性は放っておかないんだだろうなぁとかいう心配も出てきた。


「陸。ライルの父ちゃんは、どんだ人だ?」


 じいちゃんは訓練でもしてたのか汗を拭き拭き厨房に来た。カップに水を汲んで渡す。


「あぁ、じいちゃん。すっげぇライルにそっくりだよ。優しそうで、超強そう。これからお茶持って行くんだ。」


「そんだば、おらも一緒に行って挨拶さしてもらうがぁ。」


「じいちゃん、あんまり素出しすぎてボロ出さないようにしなよ? バルッソとロマイには訛ってるのバレてそうだけど。お客様相手にはちゃんと猫かぶってさ。」


「リクさん。ご自分にそのまま返ってくる言葉でございますね。」


 いつの間にか背後に立っているロザリア。


「あ、ロザリア……先生。」


「わたくしへの言葉遣いは、気にせずともようございます。ただ、グレゴリア様を相手に砕け過ぎてしまわぬように心掛けてくださいませ。────それにどうやら、お客様が増えるようですので。」


「えっ?」


 ロザリアの視線が左に逸れたと思うと、玄関ホールで女の人の声が響く。


「どなたかいらっしゃるかしらぁ?」


 直ぐ側に居たはずのロザリアが消え、玄関ホールで声がする。


「ようこそおいでくださいました。」


 移動はやっ!


 厨房から出て遠巻きに見ると、ロザリアと話すお客様は、立ち姿に品のあるハチミツ色の長い髪をなびかせた冒険者風の女性だった。綺麗な藤色の瞳をしている。


 綺麗なひとだなぁ。誰かに似てるような気もするけど……。


「あら貴女、ライルの教育係ではなくて?」


「はい。ご無沙汰しております。ミレーヌ様。」


 ぁ、もしかして……。 ライルのお母さん? 誰かと似てると思ったらべーに似てるんだ。


「ライルは、元気にしているかしら……?」


 少し遠慮がちに、両手の指先を合わせて聞く様子は可愛い。3人の成人男子の母とは思えない可憐さだ。


『私は、母とほとんど関わらずに育ったんだ。』


 ライルが前にそう話していた。色々事情はあったんだろう。


「ぼっちゃまの体調は良好でございます。」


「そう……、よかったわぁ。」


 ライルのお母さんは、ロザリアの返事に安心し微笑んでいる。


 こうやって気遣っているのを見ると、ちゃんとライルを大切に思ってくれてるのがわかって嬉しい。


 一緒に様子を見ていたじいちゃんが、俺の背中をポンと叩いた。


「よし、陸。ライルの母ちゃんに挨拶して、父ちゃんどごに行ぐか。」


「えっ、じいちゃん?」


心配しんぺぇすな。訛らねぇように気ぃつけるすけ。 」


 聖人の変装はしてないけど、威厳ある歩き方を学んだじいちゃんは、ゆっくりロザリアとライルのお母さんに近づいた。俺も慌てて後を追う。


「ロザリア、そちらの方はライル様の母上かの?」


「はい。ヨウジ様。」



「はじめまして。葉枝ようじと申します。こちらは孫の陸、ライル様と親しくさせていただいております。ぜひお見知りおきを。」


 礼をするじいちゃんに次いで、慌てて挨拶する。


「はじめまして。陸と申します。」


 さっきお父さんの前でもやったカーテシーモドキを、ここでもやる。


「まぁ、ご丁寧にありがとうございます。

 ライルの母、ミレーヌですわ。とっても可愛らしいお孫さんですのね。それに……。もしかして、ねぇ? ロザリア。」


 お母さんの視線が、俺の耳の上につけた金の髪飾りに注がれている。


「───流石でございますね。そのお考えで概ね正解でございましょう。」


「まぁっ、やっぱり。そうなのねぇっ? ふふ、あの子も素敵な人を見つけたのね。」


 ロザリアがにっこりと言うと、両手を口元に当てて声の高くなるお母さん。そして何か思い出したようだ。


「あ、そうだわ。ロザリア。ここにグレッグ来てないかしら?」


「お見えでございますよ。リク。ご案内してはいかがでしょう? わたくしは先にお二人に報せて参ります。」


「ええ、お父さんは応接間にいらっしゃいます。これからお茶をお持ちするところだったので、お母さんもご一緒にいかがですか? 再会のお茶会なんて素敵ですものね。珍しいお菓子もあるんですよ。」


 笑い掛けて促すとお母さんも華やかな笑顔を浮かべて答えてくれた。


「まぁ、嬉しいっ! お母さんって呼んでくれるのね。それに素敵なお誘い。ぜひご一緒したいわ。そうだ、私もリクちゃんって呼んでいいかしら?」


「はい! もちろんですよ。」


 話が決まった絶妙なタイミングで、厨房からワゴンを押してデイジーさんがやってきた。

 ワゴンの皿が多い。お昼に近づいてきたからクッキーの他に軽食が足されている。

 デイジーさん、有能っ!


 お母さんは俺の左腕にスッと手を添えてくる。近距離で見ても、かっわいいなお母さん。ゆっくり移動しながら少し話をする。


「お母さんも、冒険者をされているんですか?」


「ええ。私、弓は得意なの。グレッグが剣で、私は弓で魔物を倒すのよ。」


 腕にふれた指先が荒れてる。頑張ってるんだなぁ。


「お母さん。わたし、回復薬の開発を祖父と行っているんです。お菓子にも使ってみたので、お疲れも取れるかと思います。ぜひ試してみてくださいね。」


「まぁ、やさしいのねぇ。リクちゃん。娘ができたみたいで嬉しいわ。」


 ふわりと笑うお母さん。

 あ、お父さんも似てるけど笑顔はお母さんもライルに似てる。つい、つられて笑顔になっちゃうな。


「リクさん……社交性、スッゴいわ。」


 デイジーさんが後ろでワゴン押しながら何か呟いた気がするけど?

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