第62話 よくにている
いつもの流れでライルに院内洗浄してもらったんだけど、とにかくめっっちゃ早く終わった。
人も含めた洗浄・乾燥がすごい速度で進んだからだ。
ただでさえすごい強さなのに勇者の特性で力が倍増してるらしい。
サム院長はというと、一緒にいたチンピラ風の2人とまとめて、回復した冒険者たちが騎士団の詰所に
デリィル治療院からだと『転移』使わないで歩いて行ける近さだったのにはびっくりした。
「近いうちに寄ると言ってたのは昨日の話だったよな? で、今度は何の騒ぎだ。」
ライルの知り合いらしい、青みがかった髪のワイルド系騎士団長さんは呆れていた。
すぐにデリィル治療院に調査が入って、じいちゃんが治した重傷者の2人が院内の壁に隠されていた薬について証言してくれたそうだ。その後院長室からも同じ『強心薬』の入った皮袋がいくつかでてきたらしい。
デリィル治療院の職員さんに声をかけて、ヴァルト治療院の時と同様に院内の人材での治療院運営を頼んでいたライル。また資金はポケットマネーから寄付だ。
そんなに毎回、金を出してて大丈夫なの? と思っていたら、こそっと教えてくれた。
『冒険者時代から売りそびれて収納に入れたままの魔物素材をジョシュア経由で売却していたら、どれもかなりの高値がついた。あぶく銭のようなものだから有効活用している。』
ライルのお金なんだから、ちゃんと申し出て国から払ってもらえばいいのにと思うけど。
まぁ、すぐにパッと用意できる資金なんて捕まった院長しか知らないだろうし。ライルからすれば、勝手に出しておいて『立替えておいたので払って下さい』なんて皇帝陛下には言えないもんね。
そして、変装を解いてじいちゃんと共にソファーに座っている現在。
ロザリア先生の絶対零度の眼差しを前にして、顔をあげることなんてできません。
「リクさん、ヨウジ様。そもそも何のための変装だったか覚えていらっしゃいますか。」
「「狙われないように顔を隠すためです。」」
「リクさん。変装していても狙われているから護衛をつけたのをお忘れですか?」
「お、覚えてます。」
「護衛を巻き込まないように後ろに下がらせて囮になるなど、正気ですか?」
「訓練通りいけば誰も傷つかず懲らしめられるって思って……はぃ、調子に乗りました。すみません。」
「訓練はリクさんが狙われ、周りに護衛が居ない、もしくは間に合わない場合の対処ができるようにと想定したものです。自ら突っ込んで行くためのものではありません。
────ジョシュア、動くことは許しません。」
「ハイ。」
ソファーに座る俺たちの橫で床に正座させられているジョシュア、身動ぎしたところ重力を感じる声がかかり、青い顔で返事をしている。
「護衛のバルッソとロマイが『司祭様の動きが見えなかった。』と自信喪失しております。自覚はおありですか。 」
「ちぃっと頭にきてだったすけ、力ば
テヘ、と笑うじいちゃん。この空気の中で余裕あるなあ。
「あのぅ、リク様は私が不安がっているのを助けてくれたので……。」
「お黙りなさい。ジョシュア。」
「ハイ。」
「肉の盾になるならまだしも、本来身を呈して守るべき方に守られて『リク様、凄く強かったんですよぉ。』など間の抜けた報告をする役立たずは、足が豚の
「まぁロザリア、そのくらいにしてやってはどうだ。」
「ぼっちゃまは、その書類の山を処理し終えてからおっしゃってください。」
「う……。」
ライルの前に積まれているのは、冒険者ギルドや薬師ギルドなどに付けてあった各密偵からの報告書なんだと。『強心薬』についてまとめて偉いひとに送るらしい。
コンコン、とノックが聞こえ、凍える空気が和らいだ。
「デイジーです。あ、あの、お客様ですが、応接間にお通ししても良いでしょうか?」
少し慌てたようなデイジーさんが顔を出した。
「お客様だからと誰でも簡単に通して良いわけではありませんよ。お名前は確かめたのですか?」
「それが、冒険者風の身なりなのですが、お館様によく似ている髪と瞳の色をした御方でして。お名前はグレゴリア様と……。」
「「「なっ………!!?」」」
ガタッとライルが立ち上がり、ロザリアも目を見開いている。足がぷるぷるして立ち上がれないジョシュアも、顎が外れそうなほど驚いていた。
「すぐに行く。通してくれ。」
あれ? ライルに良く似た瞳の色って、
ライルのお父さん?!
.:*.*∴*.∴**.:∴**
応接間にいた父は、母と共に冒険に旅立ったあの日から、ほぼ変わらぬ様子でそこに立っていた。
無造作に束ねた髪はまだ黒々としていて、強者としての存在感がその立ち姿からも滲み出ている。
「久しぶりだな。ライル。」
「父さん……。お元気そうでなによりです。」
「何年か見ないうちに、かなり強くなったようだな。」
「私はまだまだ……。特に、心は前より弱くなっているように思えます。」
リクに癒し、守られている私の心。
臆病な自分を自覚するたび、彼女の方が精神的には強いと感じる。
父は私が答える様子に少し目を瞪ったと思うと、フッと笑った。
「そんな顔をする相手ができたか。」
「………っ!?」
気づかれるような表情をしていたのかと慌てて片手で口元を隠した私を見て、父はさらに笑った。
「くっくっ、ミレーヌも連れて来ればよかったな。」
「今日、母さんは?」
「今ごろギルド周辺の武器屋巡りをしているだろう。
活性化していた魔物が昨日あたりから急に落ち着いたからな。今日は一緒に、たまった魔物素材の換金と依頼達成の手続きに来た。」
仕立て屋や宝飾品の店でなく武器屋か。冒険者としての母を見てみたい気もする。
「しかし冒険者ギルドがやけに慌ただしくて、解体も換金もかなり時間がかかるらしい。
それぞれ時間を潰すことになったのだが、俺はギルドで耳にしたお前の噂が気になってな。立ち寄ってみたわけだ。『ライルに会いに行くなら一緒に行ったのに』とミレーヌに言われそうだがな。」
「噂?」
「『辺境伯は“神の化身”を連れて、あらゆる意味で治療院を丸洗いしている』と。かなり派手な噂だが……。」
頭痛が起きそうな噂だ。思わず額に手をあてる。
「事実のようだな………。いいか、派手な噂が立つと騒ぐ輩はいるものだ。『神』と名のつく話は教会絡みが騒ぎ、皇帝の覚えがめでたければ上級貴族が騒ぐ。まったく厄介だ。
まぁ、気をつけろ。目立ち過ぎた奴を邪教徒扱いするのは教会の得意技だからな。」
「はい、気をつけます。」
「────変わったな。以前のお前の眼の奥には自分をどこか低く見るような脆さがあった。今は確かな自信があるようだ。
お前の支えになってくれた相手だが、屋敷にいるのか? ぜひ会ってみたいが……。」
驚いた。確かに私に自信をくれたのはリクだ。その彼女に会ってみたいと、父が自分から言い出したのだ。こんなに嬉しいことはない。
「呼んできます。待っていてください。」
※。.:*:・°※。.:*:・°。.:*:・※。.:*:・
「ロザリア先生。俺、じゃなくて、わたし何でドレスに着替え直してるんでしょうか?」
「リクさん。若草色のドレスはお気に召しませんか?」
「いやいや、そうではなくて。」
「九分九厘、グレゴリア様はリクさんに会ってみたいとおっしゃるはずです。
この数年のぼっちゃまの成長は目覚ましいものですが、特にこの1月で、ぼっちゃまに内面の変化をもたらしたのはリクさんなのですから。」
「あの、心の準備がですね……。」
ライルのお父さんちょっと見てみたいとは思うよ? でも何話したらいいの?
とか思ってたら、応接間の方からライルがやってきて、俺を見て嬉しそうに微笑んだ。
「リク……ぁあ、準備していてくれたのか。」
「うん。ロザリアに言われてさ。あの、お父さんに会うの?」
「ああ、父がリクに会いたいそうだ。いいだろうか?」
ライルの瞳は少し潤んでいるけど、不安な感じではなくて、真っ直ぐに俺を見ている。
「うん。いいよ。ただ、何も気のきいたこと話せないから、そばにいてくれる?」
「もちろんだ。……ありがとう。」
差し出された手をとり、ゆっくりと移動する。
応接間の扉が開く。
緩く束ねた黒髪に、魔物の毛皮らしいシルバーの襟巻き、黒に落ち着いた色味の赤が混じった皮鎧。腰にはいぶし銀の装飾の剣。
整った鼻筋も、振り返った時、光を反射する瞳の色もよく似ている。
俺を見て、フッと微笑む目元に年相応の皺が刻まれていた。
めっちゃ格好いいな、ライル父。
ライルから可愛らしさ抜いて、色気と渋さをマシマシにするとこうなるって感じだ。
「陸といいます。はじめまして。」
見様見真似でカーテシーとかいう、ドレスの裾を摘まんで膝を曲げる礼をする。
「グレゴリアだ。息子のライルが世話になっている。会って早々こんなことを聞くのもなんだが……。君は、もしかして聖女なんじゃないか?」
えっと……お父さんは鑑定眼か何かをお持ちで?
「父さん、どうして聖女と?」
「ガルボの町の東の森に、500年前の初代皇帝と皇后を描いた壁画がある。皇后、つまり聖女の壁画に、驚くほど彼女はよく似ている。」
ぇええ!!?
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