第61話 きれいごと
この治療院入ってから、時間が経つほど不安があった。
患者への対応は手厚い。院内は綺麗。ベッドや椅子、手作りした感じだ。あちこち工夫されているし今までの2件に比べてすごくしっかりしてると思った。心配してた黒い玉も2つだけだし。
俺が任された区画の人たちに回復薬が行き渡ればそのまま聞き取りに入ることもできるくらい余裕がある。けど、やめた。
あちこちに置いてある鉢植えたちが叫ぶんだ。
『その男は、悪い方の天才。』
『うわべの言葉で惑わせる。』
『良い人ぶるのが得意技。』
『『『だまされないで!』』』
やいやい言うのがずっと聞こえる。平静を装って、回復薬を配った。
配っている途中、薬の効能を信じられないと騒ぐ人もいたけど、もっともな話だ。
教えてもらった力を使い、触れない距離で身体の中の悪いところを感知する。MRI要らずだよねコレ。
実は朝ペルゼに、目立たず俺でも使える身体の状態を知ることができる力はないかと聞いたんだ。
『リク。大聖女の力を十分に使えば治療院全体を一度に癒すのは簡単なのよ。
ただ貴女たち回復薬の効能を調べる目的があるんでしょ? これは魔力感知の応用だけれど、身体の内部を調べる方法ね。周りから集めた魔力を使うのは同じだけど、すごく少ない魔力で済むから目立ちにくいと思うわ。
まぁ私からすれば、別にちょっとくらい異物残ってたって死ぬよりマシなんだから治しちゃえば良いんじゃないって思うけど、貴女たちって本当に律儀よねぇ。』
教えてもらう代わりに、じいちゃんが粗めに削った鰹節あげたらめっちゃ喜んでたっけ。
目の前の人に意識を戻す。砕けた骨は無いことを伝えると回復薬を飲んでくれた。
『この人は大丈夫。魔物の突進避けて崖から落ちたって。怪我の状態が不安で、夜にこっそり泣いてるの。』
すぐ横の鉢植えが教えてくれたし、悪い人でないのもわかった。すぐに効き目があらわれて、喜んでくれたから良かった。
気になるのは、後ろで回復薬の値段についてジョシュアと話しているサム院長。彼が喋るタイミングで周りの鉢植えたちが騒ぐことだ。
『治療院経営を工夫すれば国から良く見られるからっていう魂胆。』
『患者をいい待遇で信用させてから冒険者ギルドに繋ぎをつけた。』
『人の正気を奪う薬。ギルドで売ってる。』
『狂暴な煙の出る薬。こころをつよくするって言うのは嘘。あれは人だけじゃなくて動物も魔物もおかしくする。』
治療院をこんなに理想的に整備・運営することができるのに。苦しんでいる人を助ける力があるのに。その一方でそんなこと……。
「それはどうしてですか?」
疑問の言葉が自然とこぼれた。ちょうどジョシュアにサム院長が、俺たちの作った回復薬の値段が今出回っているものの10倍~20倍になるだろうと話しているのに割って入る形で。
俺たちは確かに、初めはお金のため……借金の返済をきっかけに回復薬農家になった。
でもそれは早く死ぬ人を減らして国全体の死亡率を減らし、寿命を延ばすことが目標なんだ。
金儲けだけに走ろうとする相手には、茶樹たちから葉を分けてもらって作った大事な回復薬を、扱わせたくないな。
それになんなのさ、鉢植えたちの言ってるその狂悪な薬は。冒険者を狙った薬なの? 動物も魔物もおかしくするって言ってるぞ。
魔物の活性化が怪我人の増える主な原因だったよね。活性化したのってその薬のせいじゃないの? ああもう、サム院長の腰の低さが胡散臭くしか見えなくなってきた。
ペルゼは俺が大聖女になったら、弱い魔物は国からいなくなるって言ってたけど、昨日なったばっかしだ。一気に消えるわけじゃないんだろうな。強い魔物が残ることもあるんだろうし、逆に駆け出しの冒険者では討伐ができなくなるのか。
早く重傷者の方に行こう。嫌な予感もする。
頼めることはみんな、治療院側の職員さんにお願いした。仕事と割り切っているのか話しかけた人たちは淡々と受けてくれる。
ジョシュアに声を掛けて、ライルとじいちゃんが進んだ方向に向かう。両サイドにバルッソとロマイもついている。大丈夫だ。
この治療院にはもう黒い玉の気配は感じられない。
さっき俺が話した後から、急に静かになったサム院長が薄気味悪い。
廊下を曲がりきった所で角の鉢植えが一際大きく揺れ、叫んだ。
『危ない!』
「「リック様!」」
金属音を立てて何かが弾かれる。俺とジョシュアは銀色の鎧の背に庇われていた。バルッソもロマイも剣を構えている。後ろにいたサム院長に向けて。
投げられたのはナイフだった。転がって俺の足元に落ちている。いつの間にかサム院長の両わきに2人、ギラつく眼をした男が立っていた。
「剣に当たる前に弾かれたな、結界も使える騎士か?」
「報酬弾んで貰わないとわりに合わないぜ、会長さん。」
「良かろう。例の薬と金を欲しいだけやろう。くれぐれも御使い様は殺すな。金を生み出す最高級の人形だと思って丁重にあつかえ。騎士と執事は始末して構わん。
そうだな、なるべく御使い様に良く見えるように惨たらしく殺せ。恐怖は金のかからない足枷になる。」
「へっ、怖いねぇ。聞いたろ? 腕利き薬師の坊や、そういうわけだから、おとなしく恐怖で飼殺しにされてくれや。」
「──サム殿、以前の貴方は真摯に商いに向き合う方だったはずでしたが……。道を踏み外して奈落に堕ちましたか。残念ですね。」
「ええ、ジョシュア殿。本当に残念です。
商売のことを、御使い様は何もご存知ないようで。綺麗事で済むわけがないのですよ。あんなに効果のある薬を適正価格で売らないなどということをすればせっかく得られる利益が泡と消える。それに職を失うものが必ず出ます。安値で売るのは罪でしょう?
すべて私に任せていただけばいいのですよ。
御使い様の秘薬があれば辺境伯よりさらに上のやんごとなき方々との繋がりを持つこともできるのですよ? 商才ある貴方の能力は少し惜しくもありますが、御使い様の良い足枷になっていただくとしましょう。────殺れ。」
命じられた男たちは、今度は剣を抜いてバルッソとロマイにそれぞれ斬りかかっていく。
危なげなく剣を振るう2人の後ろでジョシュアが俺にハキハキ言う。
「あぁ。自慢じゃありませんが私、戦闘はからっきしです。こんなぷよっと柔らかい脂肉では、肉の盾にも成りはしません。2人に足止めしてもらって、ぼっちゃまと合流すべきじゃないかと思うんです。」
さては意外とテンパってるな?
まぁ、落ち着けないのはお互い様か。
俺だって今、目にしたサム院長のクズっぷりにちょっと切れてる。
「ジョシュア。俺の近くにいれば魔法も刃物も弾くから安心して。ナイフもバルッソの剣じゃなくて俺の防御範囲内だから弾いたんだ。
ただ、このまま引くのもちょっと癪に障るよね。ここで見てて。動かないでいれば大丈夫だから。」
足元に落ちたナイフを回収する。
「リ、ク様? ナイフなんか拾って、危ないですよ? ヒッ!」
俺の顔を見てジョシュアがひきつった。
大きく息を吸い、ナイフを構え叫ぶ。
「わかりました! もうやめて下さい!」
動きの止まった男たちの前に出る。バルッソとロマイも困惑している。
「リック様!……何を?」
「何故、前に?!」
「下がってください。皆さんを巻き込みたくないんです。」
俺は自分の喉にナイフを当てて見せながら前に進む。
「俺が言うことを聞けばみんなを傷つけずに済むんですよね? サム院長。他の誰かに傷1つでもつけたら俺は自分の喉を貫きます。効能の高い回復薬の在りかも製法も教えません。武器を捨てて下さい。」
「ふッ、ハッハッハッ! さすがは御使い様だ。なんという自己犠牲! 素晴らしい提案ですよ。約束しましょう。オイ、剣を捨てて下がれ。」
舌打ちしつつ剣を捨て下がる男たちを見てサム院長は笑う。
「これでよろしいですか? 御使い様。
ではこちらに、おいで下さい。」
「わかりました。今そちらに行きます。」
「「「リック様!」」」
ナイフは喉に当てたまま進む。サム院長の右横に立ち、バルッソ、ロマイ、ジョシュアの方を振り返りながらナイフを喉から離す。
にやけるサム院長が嗤うのを横目で確かめた。
「これで、奇跡の秘薬が私のものに……っ!」
「なるわげねぇろ。」
一息のうちに、院長の右腕をねじり上げて後ろ手に押さえて跪かせ、左肩の上から腕をまわし圧迫、前にまわしたナイフを右の頸動脈に当てる。
よし、訓練通りできた。
「「「「「「は?」」」」」」
居合わせた俺以外の全員が間の抜けた声で驚いている。
「あんたの言う通りだ。綺麗事で済むわけがない。眼に余る存在をこうして排除することも必要悪だよね。良い人を演じて、信じさせて来たんでしょ? 騙される気分はどう?」
「ば、馬鹿なっ……!」
「さあ、雇い主の命は預かってる。そこのお兄さんたちも捕まってもらうよ。バルッソ、ロマイ。」
「「は、はい!」」
雇われた2人は直ぐに拘束された。
「み、御使い様の実態がっ、こんな野蛮なものだと知れば秘薬の評判など地に堕ちるぞ!」
声を上擦らせながら騒ぐサム院長。
俺にナイフ突き付けられてて、良く喋る気になるな。やっぱりロザリアと違って殺気が足りないか。
そう考えていると風が吹き抜け、鈍い音とともに横に飛んでいくサム院長。
俺の目の前にあるのは六角に整えられた白木の棍で、飛んでいった先で院長は雷に打たれたように痙攣している。
あ、ちょっとナイフ掠って首から血出ちゃってる。
「ひどい薬を売り捌く悪人に、神罰を与えに来たと言ったら皆、信じるのではないかのぅ?」
合流したじいちゃんも、相当キレてたらしい。
一歩出遅れたライルがジョシュアに泣きつかれてる。
「どうしましょうアレ絶対、ロザリアの悪影響ですよっ! ぼっちゃまぁぁぁっ!」
え、泣かせたの俺?
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