第60話 わるいくすり

 3件目となるこのデリィル治療院に到着した私は、その場にいた患者たちに前の治療院と同様の説明を行った。


 次いで重傷者の部屋を目指してヨウジの後ろをついていく。商会長でもあるサム院長は回復薬に関心がありそうなのでジョシュアに任せてきた。


 私たちが案内役なしでも全く迷う気がしないのは、廊下の端々にある鉢植えの植物たちの動きがいちいち活発なせいだ。


 ペルゼから聞いた話で、勇者は神の血をひく者や眷属となる者との会話は、口を開かずとも目をみればできることがわかった。


 聖人や聖女とは違い、動植物すべてと話せるわけではないという。が、以前より随分と植物たちの身振りなどがわかるようになってしまった。


 風で揺れているわけではない。明らかに枝葉で行く先を指し示して案内している鉢植えたち。少し急かされているようにも感じられる。


 ヨウジの足が、ある扉の前でピタリと止まる。


「ここか?」


 たずねるとヨウジが頷く。


 ヨウジは薄く魔力で身体を覆っている。周りに人はいないが、警戒しているのだろう。


 もうそこまでの魔力操作ができるようになったのだな。戦闘における成長速度の早い老人など、聞いたことがない。まったく……。


 内心呆れつつ、ゆっくり扉を開く。中でベッドに横になっている者が見えた。

 手足の欠損のある重傷者は2名のみだ。どちらも傷口は綺麗に塞がっていて状態は良い。


「?」


 ここにいるのは重傷者がいるだけの部屋だというのにヨウジは警戒状態のままでいた。


 2人のうち1人は左足のない男。口元に微笑みを浮かべて此方を見ている。その表情に違和感を覚える。目が、少しも笑っていない。


 反対側のベッドの女性は、失くした片腕のつるりとした傷口を撫でて『ウフフ』と笑っている。その唇は、微笑みと裏腹に真っ青になって震えていた。


 このデリィル治療院は、今までで一番患者への治療が行き届いているという印象だったが……。

 何かがおかしい。ヨウジもそれが解るからこそ警戒を解かないのだろう。


 視線を巡らせていたヨウジが靴音をわざと響かせて壁に数歩近づくと、男の肩が僅かに震えた。


「ふむ。この奥にお前さんがたの恐怖の対象があるというわけか。」


 ひたりと壁に触れるヨウジを見て、笑っていたはずの女性の声がヒッ、と上擦る。


「2人の治療は今、確実に行うので安心しなされ。手足の怪我はもちろんのこと、瀕死の心をまず治さねばの。」


 ヨウジはそういうと、まず両手を翳してそれぞれの患者の欠損を癒した。次に、2人の頬から顎に触れる。体から、ふわりと灰色の靄が上がり出口を探して彷徨う。


 ヨウジはそれを、光る両手で集めて手の中に小さく小さく閉じ込める。


 ポンッ


 軽く弾ける音を立てて完全に消失する。

 はぁ、と息をついてベッドの2人が脱力するのが同時だった。

 不自然な微笑みが消えている。ようやく拘束を解かれた安堵の表情だ。


 先程触れた、ただの板壁だったところをヨウジが蹴り割った。


「これが悪さの原因だ。」


 ヨウジに促され私も中をあらためる。そこには片手に収まる大きさの皮袋、中は粉状になっているようだが、それが山積みになっていた。


「これは……。」


「特殊な材料で作った薬だ。燃やした煙を吸うと痛みを感じにくく、好戦的にする興奮作用があるそうだ。副作用は表情筋の異常、自傷行為、幻覚。そして……強い依存性。」


「そんなものがなぜ、ここに?」


「冒険者に無茶な依頼を受けさせるためさ。」


 ベッドから起き上がり、答えたのは先ほどまで口元に微笑みを貼り付けていた男だ。


「口は正常に動くか? 身体に怠さが無ければいいが。そっちのお嬢さん、どうかの?」


「大丈夫……です。あ、ありがとうございます。司祭様。」


 頷くヨウジを見て、男の方も警戒を少し緩めたようで話しかけてきた。


「笑顔しか浮かべられなかったから、まともに食事を摂るのも難しかったんだ。ありがとう司祭様。」


「うむ。なにより。食事が摂れるならスープや柔らかいものからゆっくり食べて慣らすと良い。咀嚼があまりできなかったということは、慌てて食べると、体が受けつけぬこともあるからの。あと、この悪い薬は燃やして処分した方が良かろう。煙が悪さをするなら今のように消すことにしよう。辺境伯閣下、それでよろしいか? 」


「もちろんだ。」


 壁の中から出た皮袋をすべて浮かべ、結界内で燃焼させる。灰も残らず燃やしたが、先程同様の灰色の靄がうねって消えない。


「どれ、代わりましょう。解いてくだされ。」


 ヨウジが前に出て手から光を放つのに合わせ、結界を解除した。器用に光で包み圧縮して消している。


「冒険者に無茶な依頼を受けさせるための薬だと言ったな? どういうことだ。」


「この薬は『強心薬』とよばれていた。焚き火に入れてその煙を吸うと自分が強くなったように感じる。通常なら絶対行かないダンジョンの階層や、割に合わない危険な依頼にも挑戦したくなるほど、『今ならなんでも出来る』と思わせる全能感が手に入る。

 実際は怪我をしないわけじゃない。痛覚を誤魔化しているだけで、逆に判断力は鈍らされる。薬の全能感がクセになるからつい、切れるとまた使いたくなる。何回使ったか忘れる頃には顔が固まってるんだ。」


「その厄介な強心薬を誰から入手した?」


「冒険者ギルドの裏にいた女さ。自分は弱くて支援にまわるくらいしかできないが、代わりにいい薬をやるからパーティーを組んで欲しいってな。どうにも好みの女だったんで、ホイホイ承諾しちまった。魔物の活性化で依頼の達成率が落ちてる冒険者ギルドは、この薬でなんとかして依頼を受ける冒険者を増やしたかったんだろうぜ。女もギルドとグルだったんだって今ならすぐわかるのにな。」


「女の風貌は覚えているか?」


「ああ、赤毛で……いや、金髪だったか?

 なんだか、くっ、……思い出せねぇ。好みの美人だと思ったのは覚えてるんだ。唇が動くのを見ただけで、浮かれてたんだろうな。」


 こめかみのあたりを手で押さえながら答える男。風貌が全く記憶に残っていないということは何らかの精神魔法にかけられていた可能性があるな。


「君の方はどうだったんだ? 薬を渡したのはやはり女か?」


「いいえ。男よ。あたしも冒険者だけどランクが低いから、いつも薬草採取とかの簡単な依頼しか受けないの。でも冒険者ギルドの裏にいたスゴイ男前が、薬草採取の場所までの魔物が活性化してるから1人じゃ危ないって。守りたいから一緒に行かせてくれって言われたの。あたし、ぽーっとなっちゃって。

 一緒に行って、焚き火で休憩して話していたらいつの間にか魔物の討伐依頼まで受けてたらしくて、ほとんど討伐経験ないのに戦うことになって……。

 彼そこそこ強いんだけど、一戦するたび焚き火で休憩してたから体力ないのかもって思ってた。けどさっきの薬を使いたかっただけだったのかな。」


「その男の名や姿は覚えておるかの?」


「彼の……名前。姿………あ、あれ、思い出せ……ない。」


 自分の記憶にどうにもならない穴があるということは酷く恐ろしいものだ。気を許した相手であればあるほどその心の傷も大きい。


「わかった。疲れさせて悪かったの。少し休みなされ。今、薬師も来るのでな。心落ち着く薬をもらうと良い。」


 ヨウジは私の方に近づき囁くように声を落とした。


『あの板壁の中にいたネズミが効能からなにから随分と詳しく教えでくれた。呪術の薬も、今燃やした薬も、出どころがおんなじだ。呪術の実験に使われようとしてだネズミが、近くの箱ば隠れでだら、こごに運ばれたらしい。

 すぐ、陸と合流したほうがいいど思う。あのやだらに腰の低い院長もくせ者だ。鉢植えに悪口ずっと言われでるだけのことはありそうだ。』


 悪意に満ちた薬。それを隠している院長の真意が同じものならば、リクが危険だ。


 



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