第65話 だって

 ライルのお父さんとお母さんが屋敷をあとにしてから、じいちゃんが脱力した。


「──ぷはーっ。真面目なんはこごまでにさしてくれぇ。流石にくたびれだ。」


「そうだろう。慣れないことを続けるのは疲れるからな。」


「その通りですよっ。座り疲れて意識飛びかけてたんですから、デイジーが来てくれなかったら私、二度と二足歩行できなくなるところですよ?」


 ライルがじいちゃんを労う言葉にジョシュアが便乗する。うん、ごめん。俺は完全に忘れてた。


「豚のひづめには程遠いですわ。頼み込んできたデイジーに免じて解放しましたが、二度目はゆるしません。」


 ちゃんとわかってて正座させてたロザリアがフン、と鼻をならす。


「まぁ、姐さん。ジョシュ兄貴も反省してるそうですから。あ、ヨウジさん。おかわりどうぞ。」


 デイジーさんにローストティーのおかわりをもらったじいちゃんは一気飲みして椅子にもたれる。


「しっかし、ライルの父ちゃん強ぇんだなぁ。握手して震えがくるぁんだすけ。ヴァンディさんより強ぇろ?」


「そうよね。威圧してるわけでもないのに存在感に重さがある。あれこそ本物の強者だと思うわ。実際どうですか? 姐さん。旦那さまとくらべてみて。」


「グレゴリア様は、討伐不可能と言われた魔物を討伐した功績で叙爵されるほどの実力者です。『冒険者でありたいから』と断りに断って爵位を返上されていますが、そうでなければとっくに辺境伯にまで登りつめていておかしくないだけの功績はあげておいでです。『陰の闘神』と呼び声高いグレゴリア様を、うちの人と比べるのは失礼というものです。」


「ライルの母ちゃんにもたまげだ。ずいぶん若ぇども幾つだ?」


「ヨウジ様、女性の年齢をたずねるのはマナーに反しますよ。わたくしよりひとつ年上ですとだけ伝えておきましょう。」


「はぁ~、そだな。ヴーさんとベーさんにライル産んでるぁんだすけ。父ちゃんも同じぐれぇだが?」


「グレゴリア様は更にひとつ上です。」


 後ろでそんな気になる話題も展開されているけど、俺はライルに向き直る。


「なぁ、ライル。聖女の話、とっさに誤魔化してもらってごめん。あれで……良かったのかな。」


「私もそうだが、あまり驚きが強いと頭が処理しきれないものだ。効能の飛び抜けた回復薬だけでも驚いていたと思うぞ。リクが聖女に似ているという情報には、驚かされたがな。」


「うん、気になるけど……、やっぱり壁画があるっていう『ガルボの町の東の森』って俺が最初に迷い込んだところか?」


「ああ、あのポアゾマアモの生息地の先だ。崩れた教会跡があるのは知っている。中に入ったことがないから壁画は見ていないが、父が言うのはそこだろうな。」


「やっぱりかぁ~……。見てみたいなぁと思うけど、あそこ通ると痛くて臭いの思い出して吐きそう。」


 強烈な血生臭さを思い出しかけたところに、窓からスズメが飛び込んで来た。


 お行儀良く他の鳥型魔道具たちの隣に降り立ち、慌てた様子でくちばしを開く。


『ヴァルハロ辺境伯閣下、お忙しい最中に失礼致します。

 メルクリウス治療院の院長ケイリューと申します。明日、当治療院にお越しの予定でございますが、先ほど騎士団より

「明日、監査を行う。全ての治療院は此れに応じよ。」との通達がございました。

 私どもとしましては身の証を立てるためにも監査をしっかりと受けてから安心して辺境伯閣下にお越しいただくことを最良と考えておりますので、ご訪問を1日遅らせていただきたく存じます。いかがでしょうか?』


「『強心薬』の効果を恐れた騎士団が動きましたねぇ。デリィル治療院への調査も嫌に早かったですからね。あの手の薬に手を染めやすいのは死と隣り合わせの職業についた、冒険者や騎士団員だとわかるからでしょう。」


 ジョシュアの解説に頷いたライルは、スズメにメッセージを託す。


『委細承知した。明後日に訪問させてもらうことにしよう。その後訪問予定であった治療院にも1日ずつ遅れる旨、こちらから伝えよう。くれぐれもこの遅延の間に命を落とす患者のいないように、治療に専念してくれることを願う。』


 メッセージを受け取りコテンと小首を傾げる仕草をしたスズメは、窓から飛び立って行った。


「ジョシュア、メルクリウス治療院の他3件の治療院に日程遅延の連絡をしてくれ。」


「かしこまりました。」


「そしたば明日、休みになってしもだなぁ。おら中庭で、もうちっと訓練してくる。デイジーさん。そごの水差しの水、この竹筒ば入れでくれ。」


 いそいそと訓練に向かうじいちゃん。魔力も上がってきたみたいだし、体動かして強くなるのが楽しいらしい。


「リク。話を戻すが、ポアゾマアモの生息地を飛び越えて転移してみないか? 初代勇者の壁画は私も見てみたいと思っていた。────これから行こうか、2人で。」


「ふ、2人で?」


 俺、じいちゃん抜きでライルと屋敷の外に出掛けたことなんてないんだけどっ!


「う、えぇ……? まぁ、転移で行けるならいい……けど。あ、で、でもこの格好でっ?」


 自分でも情けないくらいしどろもどろだ。

 顔も熱い。そんな俺を見て誘ったライルの頬も少し赤く染まっている。


「宜しいではないですか、リク。ぼっちゃまがご一緒ならば何も心配はありません。」


 満面の笑みでロザリアが言う。それにウンウン頷くデイジーさん。目ぇ輝きすぎ! めっちゃ楽しんでるなぁっ!?



「あのさ、……お父さんとお母さん来てからロザリアに『様』づけで呼ばれているのはどうして?」


「リク様は、ご両親公認の『大切な存在』でございますよ。敬称を改めるのは当然でございましょう? それに、そのように自然に『お父さん』『お母さん』と呼んでいらっしゃるではありませんか。ふふふ。外堀から埋めておいでなのかと思いましたが、リク様は無自覚でそれをおやりになる。このロザリアの目に狂いはありませんでしたね。」


 えっと、それはライルのお嫁さん立ち位置だから様づけにしますってことか……? そもそもお互いの思いが通じただけで、結婚とかは、まだ早いんじゃ?


「素敵……、異国に渡って運命の人に出会うなんてっ! ね、リク? 行ってきたらいいですよ。2人きりで行く遺跡デート! 夕方まではまだ時間があるしっ! 」


 デイジーさんの恋愛脳に拍車がかかっている。これは否定しても長引くやつだ。

 落ち着け、俺。壁画を見に行くだけだ!


「リク、嫌か?」


 心配そうに俺の目を覗き込むライルに、慌てて返事をする。


「嫌じゃないっ! ……行くよ。」


 返答を聞いて眩しい笑顔を向けるライルの、差し出された手を握った。


 .:*.*∴*.∴**.:∴**


 リクの柔らかな手を握りしめて、ガルボの東の森に転移する。


 生息地はしっかりと飛び越えたためポアゾマアモはいない。数か月単位で見回り間引いているから背丈を超える高さの木があっても魔物は少ない。


 その少ない魔物も寄って来ないのはリクが居るためかもしれない。


「リク、着いたが……大丈夫か?」


「うん。血生臭くないし、明るいから大丈夫。これが教会跡? もう屋根がない。」


「長い年月で柱と壁だけ残ったのだろう。」


 日の光は教会に十分に届いているが、雲の形に影が動くと一部分が煌めいた。


 握ったリクの手をそのままに、太い根を踏み越えて近づく。木の扉だ。元は豪奢な金の装飾がほどこされていたのだろう。その一部が残って光を反射していた。


 取っ手はとれてしまっているが、隙間から手を入れると、軋む音を立て開いた。


「うわぁ……すげぇ。」


「これは……。」


 失われた箇所もあるが、壁一面に描かれた壁画は色鮮やかで、リクが感嘆の声を上げるのも無理はない。


「国の成り立ちを壁画に残したのだな……。初代勇者と聖女は……こっちだ。」


 大きな壁画の中心に玉座の前に並び立ち微笑む2人の壁画を見つけた。黒髪に剣の勇者は短髪で瞳は黒い。右目の下にホクロがある。


 隣で微笑むのが聖女なのだろう。栗色の髪に琥珀色の大きな瞳。聖女の首に菱形のアザがなければ、それはまるでリクを見て描いたと思うほどに生き写しだ。


「確かに……よく似ている。」


「───……ちゃん、──っ」


 リクの手が震えているので横を見ると、大粒の涙を溢している。


「リク、どうしたんだ!?」


「だってこれは、……っ……俺の父ちゃんと、母ちゃんだ……。父ちゃんの右目の下のホクロも、母ちゃんの首にある菱形のアザまで全部おんなじで………!なんで………っ!? な、……っ。」


 壁画の勇者と聖女にリクが触れた途端に膝から崩れ落ちるのを抱き止めた。


「リク!!」


 ───気を失っている。


 リクの呼吸があるのに安堵して、再び壁画の2人を見る。


「初代勇者と聖女が……リクの両親……?」


 倒れるリクの頬から涙を拭い、握りしめた。


 両親との死別をようやく乗り越えた彼女に、これ以上何の試練を与えるつもりでいるのか。───大地の女神よ。

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