第58話 それは
「で、リクさん。捧げちゃったの?」
「っ……、そこだけ言うと意味が変わってくるんだけど?!」
「ぼっちゃまのお手がその様な速度にないことはわかっております。どなたでも口説ける方ならばこれほど心配いたしません。」
俺の後ろでサラシの端を引っ張りながら、わくわくキラキラした目で鏡越しに問いかけてくるデイジーさんと、静かながらも笑顔で髪をオールバックにセットしてくれているロザリア。
朝、屋敷に来た俺の顔を見るなり目を輝かせたデイジーさんと満面の笑みのロザリアに『何かあったでしょう』って色々聞かれて、大聖女になったことやライルが勇者になったことも話したけど、『2人の関係についても詳しく』と詰め寄られて速、吐いた。
今は3件目の治療院に行く前の変装中だ。一人でも準備できるんだけど、ライルたちのいるところでは話しにくいから身支度を手伝ってもらうため、という理由でガールズトークしている。
「それもそうよね。お館様、夜すぐに帰って来たんだったわ。心を捧げあった2人がそのまま熱い一夜を共にするには、ヨウジさんという分厚い壁もあるもの。」
「またデイジーさんは、もうっ。すぐそういう脚色するんだから……。」
なにげに恋愛脳なデイジーさんに呆れつつされるがままにしている俺。
実際ね、手の甲にキスされた以外はライルに近づいてない。2人の間にテーブルもあったし、ペルゼとじいちゃんがそれなりに騒いでいたから恥ずかしくなったのもある。
『ふうん。リクの恋人、いい男じゃない。力を得ても女に対して謙虚になれるのは珍しいわ。』
『だすけ、おらはライルなら心配ねぇって言うだんだ。男はな、女の尻に敷かれでるほうが幸せになれらんだ。』
と、大きめのひそひそ声で言われたら流石にライルも苦笑いで、『また、明日迎えに来る。』と帰って行ったんだ。
その事を伝えるとロザリアは深く頷いた。
「当然ですわ。よろしいですか? リクさん。
明確な言葉で申し込まれていないならプロポーズとは言えません。ぼっちゃまが正しく申し込み出来て、婚姻手続きが完了するまでは、どんなにお互い気分が盛り上がっていたとしても迂闊に
どうきん? と首を傾げているとデイジーさんが『一緒のベッドで寝ることよ』と耳打ちしてくる。
指摘が生々しいですっ、ロザリア先生!
「姐さんは、お館様のなさることみんな容認するのかと思っていましたけど……流石ですね。ただ、リクさんを我慢させた反動で、他所の女に手を出したらどうするんですか?」
「「それは血祭り」ですわ。」
これについてはロザリアと完全に意見が一致した。『怖っ』とデイジーさんが呟く。
「大丈夫だって。そんなことで他の女に手ぇ出すクズなら惚れてない。」
短い付き合いだけどライルがそんなに女慣れしてないのもわかってる。
「わたくし、ぼっちゃまに対してそのような生半可な教育はしておりません。たとえば媚薬を盛られて美女に迫られるような罠に嵌められたとしても、ぼっちゃまが一線を越える前にわたくしが相手の女を排除致します。その上で媚薬を盛られる迂闊さにおいてぼっちゃまを血祭りにあげますわ。」
具体例まであげるロザリア。
「あー、そういう場合もあるか。催眠とか魅了の魔法もあるから、ちょっと心配になってきたなぁ。」
ハニートラップだけじゃなくても、ライルが操られるようなことがあったら強くて誰も止められないんじゃないか?
『それは大丈夫よ。』
膝の上にどこからともなくペルゼが現れて丸くなる。
「ペルゼ、何が大丈夫なんだ?」
背中の毛を指先で撫でるとしっぽがゆらゆらしだした。
『大聖女が心を捧げた覚醒勇者なのよ? 戦闘能力も桁外れの彼が、簡単に操られたりしないよう、精神魔法完全耐性と薬物効果無効耐性は安全のために与えられているわ。』
「ああ、良かった。それなら……、」
『正気のまま浮気したとしたら、神の眷族への裏切りとして
────安心、とも言いにくいなそれは。
※。.:*:・°※。.:*:・°。.:*:・※。.:*:・
「ぼっちゃま、最近驚かされることばかりじゃないですかねぇ? 薬草栽培のこと、ヨウジ様の聖人認定のこと、回復薬クッキーのこと、今回リク様の大聖女だけでも驚きなのにぼっちゃまが勇者になるなんて、私もう頭の中処理しきれませんよ?」
金髪のカツラを被せて調整しながら、しみじみとジョシュアが言うのに対してすまなそうに眉を下げる司祭姿のヨウジ。
「いやぁ、苦労ばっかし掛げるなぁ。だども おらだぢで薬草育てる。加工したら届けに来る。ライルに稽古つけでもらう。リクはその間はメイド……に、ならねぇでもいいがもしんねけど、とにかぐ屋敷さ来るのにかわりねぇんだ。な、ライル。」
「ああ、その通りだ。治療院訪問はあと5件。今まで通りの予定でいく。薬草加工で忙しい時はおしえてくれ。リクには続けて薬師見習いとしての立ち居振舞いをしてもらい、大聖女の力は治療院訪問の際には使わないようにしておこう。重傷者の治療はヨウジに頼ることになるが、私も出来る限り2人が動き易いように立ち回るつもりだ。」
「ぼっちゃま、力の変化は何かありましたか?」
「ああ、かなりな。気をつけて使うことにする。」
朝、試して驚いた。剣の素振り中、剣圧で地割れが生じた。
伝えられている勇者の強さは『他の戦闘職の3倍』だが、それではすまないような感覚だ。魔力効率が上がりすぎていて、指先に僅かに出そうとした炎が、柱状に上がる。使える全て魔法の威力が上がっていた。
これでは治療院の洗浄で壁を壊してしまう。鍛錬の時間のほとんどを力の調整に使うことになったが、効率がよくなったぶん、かなりの時間短縮にはなるだろう。
「今日行くのはデリィル治療院だ。明日以降も治療院への訪問を続けるわけだが、ジェリク元院長のような者……さらに明確に敵視してくる者もいるだろう。リクと私の能力に変化があっても敵を察知するものが多いに越したことはない。バルッソとロマイを護衛にしたのは正解だったな。」
「ホントに良かったですよ~。彼ら私たち使用人にも丁寧で、感じもいいですしね。
ところで……ぼっちゃま。肝心の『報告』しなくていいんですかぁ?」
ジョシュアが指摘するのは皇帝陛下に対しての報告のことだ。
私は今までヨウジの薬草栽培が順調なことも、聖人職認定のことも、自分がはっきりと目にしておきながら皇帝陛下に報告をしていない。薬草による認定は信じてもらえるとは思っていないが、私やヨウジ、リクが得た職業については教会の司祭がいれば証明できる。
しかし、教会の息がかかったものを証人にしてはフェルメス枢機卿にわざわざ知らせるようなものだ。本来優先すべき皇帝陛下への報告なのだが言うに言えない状況なのだ。
「概要だけでも秘密裏に陛下にだけお知らせすることができれば良いのだが、王宮に届く全ての音声魔道具および書簡は陛下に届く前に必ず検閲が入る。魔法を込めた魔道具や書簡による暗殺が企てられたことが過去にあってから、検閲には司祭と近衛騎士が同席する決まりになっている。
教会関係者がいる以上、枢機卿に筒抜けであると考えた方がいい。治療院訪問を終えてから謁見を願い出て報告すべきか、とも考えたが……。」
「え、『植物や動物と会話できる聖人と大聖女と勇者の職業の者が現れましたよ。そのうちの勇者は私です。』って? 無礼討ちにされません? 司祭が呼べず証明が出来ないなら3人とも『自称〇〇』の痛い感じになっちゃうじゃないですか。 」
「おらそれは嫌だなぁ。職業は別に言わねでいんでねぇが? 神様のお告げ、なんて説明しても『ヴァルハロ辺境伯様ご乱心』の噂が流れるだげだど思う。ほんで、偉い人にわざわざ癒しの力見せびらかしに行ぐのも嫌だ。この力は、弱ってる人のためにつかうもんだ。」
言いにくいことを2人ははっきり口にする。さらにジョシュアは続けた。
「私が言っているのは『薬草の栽培に成功しました』という報告のことですよ。薬師ギルドから言われているからって、流通する前にそれだけは報告しておかないと不自然じゃあないですか。『これだけの薬草をどこから調達した?』ってなります。」
「やはり、そう思うか。」
「そだな、それは言った方がいいど思う。だども完璧に栽培方法が見っかったとは言わねぇで、あくまで栽培の
「誰でも育てられる?」
「ライル、おら70歳の爺ぃだぞ。いつまで畑仕事ば出来るか、わからねぇ。陸には好きに生ぎてもらいでぇし。なるべく失敗の少ねぇ薬草の育て方を見つけで、広めで、手揉み加工の技ば、薬師の職業の人みんなに伝える。それから死ぬなら安心だ。」
「確かに、2人にだけ栽培・加工の負担がかからないようにするには良い考えだが……ヨウジがあまりに若々しいので、高齢者であることをつい、忘れてしまうな。それにまだまだ死なれては困るぞ。」
「まぁな。陸の花嫁姿も、ひ孫の顔も見てから逝きてぇもんだ。なぁ、ライル?」
「ああ、もちろんだ!」
すっかり仮面の聖人姿になったヨウジに拳を握って答えているとフフ、とジョシュアが笑う。
「言質とられてますねぇ。いろいろ頑張って乗り越えてださいね。」
「……そうだな。」
胸元につけた琥珀色のブローチに触れる。
それは魔結晶の代わりに取り交わしたもの。全て乗り越えたら、今度は
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