第57話 めざめ
森の奥でざわめく葉擦れの音が、頭の中で反響する。
『ふぅ、やっとだね』『かなってよかった』
『ペルさまの、どじがうつった?』
『ぶじ、だいせいじょになったけどさ』
『まぁ、いいんじゃない?』
『 ね、デメトゥールさま』
「
これでようやくあの時約束したことを果たせる。大切にこの世界で預からせてもらうわ。これからよろしくたのむわね。リク。」
優しく響く声は落ち着いていて、どこかで聞いたことがあるような気がした。
煌めく金色の粒子が、閉じてあるはずの瞼を透過するほどまで眩しいせいで瞼の内側にも美しいシルエットが浮かぶ。
へぇ……。女神様は、デメトゥール様っていうんだ。俺の名前を呼んでくれてる。
「まって、何をよろしく!?」
ガバッと飛び起きたのは自分のベッドだった。掛けていた毛布の上に乗っていたらしいペルゼが転がり落ちる。
『もう、目覚めて早々騒がしいわね。少しは落ち着いた?』
「俺、え? どのくらい寝てた?」
すごく時間が経ってる気がしてペルゼに恐る恐る聞くとまだ日が落ちてから、いくらも経ってないとの返答でホッとした。
『いきなりの変化で驚いたのね。身体はどう?』
「身体は、何ともない。いつもより調子いいくらい。そんなことより、勇者の変化のこと教えて。なんか困ることにならないのか?」
『……そんなことって──はぁ、恋人の心配が先なのね。大丈夫だと思うわよ?
今までの職業が消える訳じゃないの。勇者の職業適性が、優先して身体能力に表れるけれど元の職業の適性もちゃんとあるわ。生活には困らないはずよ。』
「そう……か、でも魔王とか魔族が出てきたら戦うことになるんでしょ?」
『それはそうよ。大聖女を守るためだけじゃなくて、世界を守るために与えられる力ですもの。覚醒すると、とてつもなく戦闘に強くなるの。』
ライルは『戦闘面でくらいリクに頼られたい』なんて言ってたけど、相手が魔王だなんてさすがに不意討ち過ぎる。
「ねぇ、ペルゼ。 勇者認定って取り消せないかな。」
『勇者の職業はもう与えられてしまったから取り消せないけど、本人が望むことでその力は覚醒するの。止められるかしら?』
「ビーに頼んで
俺は、ライルに自分の命も大事にしてほしくてキスしたのに。そのキスのせいで一番危ない戦いをあいつにさせることになる。
ライルが勇者の力を
夕食のおかずを並べてくれているじいちゃんは、いつもどおりに落ち着いた声で俺の背中に言う。
「外はだいぶ、にぎやかだすけ気ぃつけれ。返事待だねぇで、ビー送ったばすぐ家さ
外に出た俺は、じいちゃんの言う『にぎやか』の意味を実感した。
『よんでいいんだ』『うれしいな』
『みこのなまえはリク』
『だいせいじょリク』
『そうさ、世界を救う癒しの大聖女』
『めがみのけんぞく』
『やくそくされたちから』
『ゆるやかに、おだやかにほろぶせかいの』
『そのほろびをとめるちから』
『さあ
『このときをまっていたよ』
『いとしい、だいせいじょリク』
『めざめてくれてありがとう』
風に煌めく粒子が見える。星の瞬きのような光の粒。繊細だけれど鮮明に、漂う粒は波紋のように広がっていく。ざわめく葉擦れと声にあわせて弾けた粒は夜空に溶けた。
聖樹になった
その光景に圧倒されるけれど、手にあるビーの鳥籠を見て我に返る。
ああ、そうだ。聞こえ過ぎるときは力を抜くってじいちゃんが言ってたっけ。
深く息を吸い込んで一度持ち上げた鳥籠をゆっくり下ろすと、ざわつきはおさまった。
「ビー、お願い。」
※。.:*:・°※。.:*:・°。.:*:・※。.:*:・
夕暮れの日が手元の書類に差し込む時間、ふと気になって窓の外を見る。
「………?」
落ちる寸前の輝く日に重なって一瞬、丘の家の方向に光の柱が見えたような……。いや、雲に隠れて日が反射しただけだ。
そう何度も奇跡が起きていては、まるで今が世界の危機の様ではないか。
胸騒ぎがする。身体の中の魔力がざわめく感覚を覚えながら、ロザリアの給仕を受け一人で食べる晩餐を終えた。
夜風にあたりにバルコニーへ出る。
「───なんだ、これは。」
夜空中の星屑が降っていると見紛うほど、微細な魔力の粒が大量に漂って見える。
空に大半の魔力粒子は同化していくが、一部の光が私の目の前に集まり形を成そうとしている。
この形は、剣……か?
戸惑いながら手を伸ばし、柄らしき手応えを感じたところに、白いものが突っ込んで来た。光の粒は輝きを散らして消滅する。
突っ込んできた白いそれをとっさに手で受け止める。鳥形の魔道具だ。
「ビー?」
手の中でパチリとまばたきをして
『ライルごめん! 俺……っ、『大聖女』になっちゃった。俺のせいで、ライルに勇者の職業がついちゃってるんだ。どうか力を望まないで。力に
「な……っ!?」
意味がわからない。『大聖女』?『勇者』の職業だと?
何よりリクが『俺のせいで』と言った。
薬草に名前を伝えてしまったのか。少し声も震えていた。また自分を責めて、すべて背負う気になっているのかもしれない。
「ロザリア!」
「はい、ぼっちゃま。」
「少し出かけて来る。警備は任せたぞ。」
「かしこまりました。」
直ぐに丘の家の上に転移する。通常であれば家の明かり以外は見えないはずだが、畑の周辺は明るい。
大きく育てないようにしているはずの薬草畑の中心に、光の粒を放出する大木がある。日中リクたちを送った時には無かったものだ。
家の扉をノックして声を掛ける。
「リク、私だ。急にすまない。あれはいったい……っ?」
「ライルっ!!」
言い終わらないうちにドアが開き、リクが私の胸に飛び込んできた。
「リク、一体何がどうなっているんだ?」
涙をこらえて見上げるリクの表情に戸惑っていると、中からヨウジの声が掛かる。
「ほれ、やっぱし来たろ? ライルもこっち来て、ペルゼの隣さ座れ。んで陸は、ちっとでいいから食え。」
言われてすすめられた椅子に座り、横を見ると尻尾をしなやかに揺らしたペルゼがいる。鳴き声と共に高い女の声が響いた。
『ああ、あなたがリクの恋人だったの。勇者の職業が得られたなら、もうわたしの声も聞こえているわね?』
「───声が、これは幻聴ではないのか?」
「確かにしゃべってるすけ、よっく聞げよ。命に関わる
ペルゼの話は、普通なら信じがたい内容だがリクたちと出会ってから起きた数々の出来事からそのすべてを信じることができた。
リクの泣き出しそうな顔にも納得する。
巻き込んで危険な役割をさせてしまうから私に勇者の力を覚醒させるなと言ったのだろう。
目の前のスープに手をつけずに俯いているのを見て、リクの座るテーブルの前に移動する。
「話はよくわかった。リク、まずは食べるんだ。私の返事が心配なんだろう? 私は君が食べずにいることが気掛かりで返答できないんだ。さあ。」
リクは、ようやくスープに口をつけた。食べ終えるのを見届けてから、私はリクの手をとる。
「私は、リクが聖女になるなら同じように重荷を背負える立場に在りたいと願っていたんだ。
まさかさらに上の大聖女だとは思わなかったが……。その気持ちに変わりはない。」
バルコニーに現れた輝く粒子の剣、あれはおそらく勇者の資格のようなものなのだろう。握った柄の感触を思い出す。
「『魔族』とか『魔王』を相手に戦うかもしれないんだよ?」
「それがどうした。相手が何者だろうと、リクを狙うものを私が赦すわけがないだろう。たとえ私が勇者でなくとも戦う。間違いなく私の意志でだ。」
「ライル……。」
「私では頼りないか?」
「そんなことない! ……でも、本当に死なない……?」
「死なない。私を殺せるとしたらリクだけだ。」
「え?」
「リクに、『ライルでなく別の勇者を探すからお前に心はやらない』と言われたら、衝撃と悲しみで息の根が止まる。」
「お……俺が、そんなこと言うわけないだろっ!」
「私はリクに対してとことん臆病だ。だから自信をもらえないか?」
「自信?」
少し元気が戻った瞳を覗き込みながら華奢な手の甲にくちづける。
「リクに心を捧げられた実感が欲しいんだ。私にどうか、君だけの勇者になる許可を。」
ぽろ、とその大きな瞳から涙が溢れて落ちる。リクは、ひくっとしゃくりあげながら返事をくれた。
「………っ、わかった。俺の心は、一個しかないからなっ………魔王強くても、返すなよっ……?」
「ああ。返すものか。」
どこか意地っ張りなリクに愛を囁かれたとしても私の息の根はすぐ止まりそうだ。
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