第55話 なめてはいけない

 ひとまず俺たち全員で屋敷に戻る。

 子猫も訳アリなため一緒に連れて行く。


 バルッソとロマイには今日はここまでで良いと話して解散。明日も別の治療院に回るからね。少し休んでもらわないと。


 俺たちは子猫共々、魔法で洗浄・乾燥してもらって、ライルの部屋でくつろぎモードだ。

 背筋をう~んと伸ばしてから、じいちゃんが話す。


「屋敷に急に猫ば連れていくの決めでしもだすけ、悪ぃがったなライル。」


 ふわふわ蕩けるさわり心地になった子猫を撫でていた俺も手を止める。そうだ、動物禁止のところの方が多いのに当たり前のように連れて来ちゃったよ。

 俺たちに『構わないから気にするな』と言うライルだが、それよりも──と続けた。


「この子猫が重要な証言者だというのはどういうことだったんだ?」


「おお。猫の話ば聞ぐと、どうも誰かに捕まえられでだらしい。見っけだ時には、前足と尻尾ば斬られでだったしな。この子猫は早口だすけ言おうどしてることも半分ぐれぇわからねぁんだども、まんず通訳してみる。」


 じいちゃんが子猫に頷いて見せると、俺の手から蕩ける毛並みは離れてライルの執務机の上に飛び乗った。

 びっくりするくらいお行儀よく座る子猫は、産まれて間もない印象だったのに大人猫くらいの貫録をみせる。


 ミーミャ、ウーミャ、ミャウミャウと子猫が鳴く。


「『暗い血の匂いのする部屋からやっと出られた(わ)。斬られた前足と、尻尾を治してくれてありがとう。気持ち悪いのも消してくれてうれしい。(本当に辛かったのよ)』」


 ──? 可愛い高い声がじいちゃんの通訳にダブって聞こえる。


 ライルの執務机に子猫の尻尾が、たしーんと叩きつけられるたびにその可愛い声は鮮明に、より情感たっぷりに俺に届く。


『他にも動物は沢山居て、明らかに悪い顔の者たちに黒いベタベタしたものをかけられたり足を斬られたりしていたの。苦しむのをみて笑う人間もいたわね。』


 子猫のわりにちょっと品良く話すもんだから気の強そうなお嬢様を連想してしまう。


「じいちゃんこの子さ、治す前の黒かったやつ……あれ何だったん?」


「あれはひでぇ。とにかぐ体に悪ぃもんだ。消せて良ぃがった。毒かと思だども、そうではねぇ、まるで……んだなぁ──祟りみってなもんだ。」


「───たたり?」


「それは、もしや呪術のことではないか?」


「呪術って?」


「悪意を具現化して攻撃する術だ。子猫や他の捕らえられた動物がそれにさらされていたというなら、人間に向けて使う前の実験である可能性が高い。」

 

「ぁー……そんだばアンドレ親子のあれは毒でのぉで、その呪術っつうやづだったがもしんねなぁ? 真っ黒でベタベタして剥がすともやみてぇになるぁんだ。」


「……!! そうか、ヨウジの聖なる力はあらゆるものへの癒し。呪術の解呪も可能だということか! しかし、毒のように摂取させる呪術とは……。あのジェリク元院長が自在に使いこなせたとは考えにくいのだか。」


「え、それは呪術の使える協力者がいたっていうこと?」


 ミャーウと、また子猫のひと鳴き。


『それはちがうわ。』


「「ちがう?」」


 思わずじいちゃんと被る。


『黒いベタベタは、わたしたち動物で散々試したあと瓶に詰めて運ばれていたの。薬のような瓶に入れて大量に。作ってる人間が笑いながらよく言ってたわ。「死ぬ手前まで都合良く人が弱る薬は、いい金になる。」って。協力者じゃなくて、ただの客だと考えるべきね。』


 ここまでじいちゃんが通訳してくれたのを聞いて、ライルの眉間にも皺がよる。


「そんなもの欲しがるやつって……。」


「そりゃあ、悪ぃやづらは欲しがる。その薬ば手に入れれば悪だくみし放題だもんさ。」


「正にジェリク元院長もその一人だろうな。恥ずべきことだが貴族でも野心を持つものならば、いくら出してもいいほど欲しがるだろう。」


「猫ちゃん薬の運ばれた先なんて知らない?……よね。」


 たしーん、と尻尾を叩きつけていた子猫にダメ元で聞いてみた。すると尻尾でじいちゃんと俺を指し示した子猫が言う。


『わたしは知らないけれど、あなたたち自分で追跡できるわよ。 真っ黒い玉を追いかければいいのよ。あなたたち、あれが見えているのでしょう?』


 へぇ、あの黒い玉って動物には見えるんだ。

 ───なんて考えていると、少し呆れた風に子猫が言う。


『違うわよ。普通の動物に黒い玉は見えないの。でも、わたしの声が聞こえるなら、見えているはずよね?』


 その瞳は、真っ直ぐ俺たちに問う。超能力かよ。それにしてもこの大物感……。


「猫ちゃんもしかしてさ。普通の子猫じゃ無いんじゃない?」


『気づくのがちょっと遅いわね。それに貴女も普通じゃないわよ。自覚あるの? 最初の方から司祭のおじいちゃんの通訳なしでわたしの声がきこえてるのがそもそもおかしな話なのよ。』


「そりゃ、自然にやさしい生き方してるから……かな?」


 聖人・聖女認定できる茶樹たちを、じいちゃんと一緒に丹精込めて育ててるもんね。


『──そう。適正有りってことね。納得だわ。』


 しなやかに伸びをして机の端に座る子猫は、どこかいい女感までも漂わせる。


「猫ちゃんてば……。一体何者なの?」


『その猫ちゃんってやめてくれる? わたしはペルゼ。かわいい子猫は仮の姿よ。ある御方の使いで来たの。』


「────ほんで、ふらふらしてだら怪しいやづに捕まって呪術の実験台にされでだったんが?」


『た、たまたまよっ! まぁ、こんなところにわたしの声が聞こえる適正持ちが複数いるとは思わなかったけど。おかげで助かったわ。』


 中身は……ドジっ娘かな。わざわざ含みのある言い方するし、『〇〇は仮の姿』とか言っちゃうとこみると厨二病も患っている感じがする。


 そんな多属性持ちのペルゼが、ふりふり動かしている尻尾の先を俺の鼻先にビシッと突き付けて高圧的に言う。


『いい? あなたたち、その力をなめてはいけないわ。神様に愛されてる証なのよ!?』



 子猫に叱られても、かわいいとしか感じないんだけどね!


 *.:。+゚※。.:*:・°※。.:*:・°。.:*:・※。.:*:+。:.゚


『こ、これ、ちょっ……な、なにをしてくれてるのあなたたち!!』


 夕方、丘の家に一緒に連れて帰ってきたペルゼが目の前にある茶畑を見て叫ぶ。



「うっわ、また一気に増えてるなぁ。じいちゃん、一番端の苗木から届くように追肥一歩間隔でやったの今朝だったよね?」


「そのはずだども……、いやいやぁ。茶樹だぢ、はりきってしもだんだなぁ? まさか一日しねぇでこごまで増えっとは思わねぁんだった。」


『ヨウジ、おかえり』『みこも、おかえり』

『がんばったんだよ』『いっぱいふえたよ』

『たくさん、たすけられるようにしようね』


 さわさわとした葉擦れの音と共に、幼子の声で明るく言う茶樹に癒される。治療院で垣間見えたどす黒い悪意が、一気に浄化されるようだ。


「~っ! ……っありがとう、嬉しい! 俺もっともっとがんばるから。悪い貴族や、教会の陰謀なんかに負けないよ!」


 誓いを新たにしていると、抱いていたペルゼの猫パンチがほっぺに当たる。ふにふにで全く痛くない。


『ちょっと! 聞きなさいよ!』


「何さ? ペルゼ、さっきから騒いで……。あ、お腹減ったのか?」


『そうじゃなくて!! そこのおじいちゃんっ、なんで水やりしてるのよ? あなた癒しの力使ってたじゃない! 教会関係の人じゃなかったの!?』


「おらは日本からきた茶師だ。茶樹だぢに認めでもらったすけ、聖人? っつうのになったんだ。」


『へ? じゃ、あなたもこの娘も、この植物に認められたの?』


「ううん? 俺はだいぶ前から薬草の声は聞こえるけど名前は教えてないよ。」


『みこはね、いっぱいはなしてくれるよ』『まいにちおせわしてくれるし』

『なまえよびたいけど、ねー』

『ゆうしゃにつれていかれちゃうから』

『だからがまんしてるの』

『ペルさまも、よんじゃだめね』


「「ペル?!」」


 俺たちが驚いているのを他所にペルゼは茶樹たちに喧嘩ごしで捲し立てる。


『そこまで気に入ってるの?! おじいちゃんまで聖人認定したのはなぜなのよっ!』


『ヨウジだって、すごいんだもん』

『えだが、おれてもなおしてくれる』

『すごいおくすりをつくれるんだよ』

『ペルさまが、しらないだけ』

『ふたりともすごいんだから』


「あ、あのさっ。茶樹たち、ペルゼ。状況がわからないんだけど?」


『こっちが聞きたいわよ! こんなのどうしろっていうのっお母様!』


「おらだぢに言われでもなぁ? 」


「え? おかあさまって?」


『あのね、ペルさまはね』

『だいちのめがみのむすめ』

『どじだけど』『ぬけてるけど』

『まちがいなく、かみのつかい』


「「……───はぁぁ??!」」


『あなたたち、無礼よ! 聖樹の末裔だからって少し調子に乗ってるんじゃない? 子猫の姿だからってなめないでほしいわ!!』


 まてまて、多い! 情報量が多いっ!



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