第54話 わるいやつ

 俺の提案は皆にすぐ受け入れられて、ライルの魔法でサクサク作業が進んだ。


 まずは意識の飛んでるジェリク院長の洗浄。(途中で湯が熱いのに気がついて泣き叫び、また気を失ったから騒がしかったけどね)

 次に治療院内、患者と手当てに回っていた人全員の洗浄乾燥が終わったんだけど、今はちょっと皆で相談中だ。


「あのぅ、このバ……院長どうします?」


 制服のお姉さんの1人、エインが長椅子に縛ってある院長を指差して聞いた。今、絶対『この馬鹿』って言うの我慢してたな……。院長の今までの話を聞く限り、我慢しなくていい気がする。


 様子を見ていたライルは浮遊の魔法で院長を長椅子ごと浮かせる。


「治療院の運営を任せられる人材でないのは確かだな。気がついて暴れる可能性もある。騎士の詰所に運んでおく。私から、皇帝陛下に書状を出しておこう。

 すまないがここにいる治療のできるものが院長代理として治療院の運営に当たってくれるか?

 おそらくジェリク院長よりは余程良いと思う。」


「え? わたしたちですかぁ!?」


 エインが後ろの同じ制服仲間の2人、サラとナンシーを振り返って目を見合せた。


「俺もそれがいいと思いますよ。今回皆さん完治しましたけど、今後も怪我人や病人は来るでしょうから粉薬を少しおいて行きます。治療に役立ててくださいね。沸騰して程よく冷ました湯に溶いて飲ませてください。欠損以外、ほとんどの傷は治ります。」


「わ、わかりました。わたし1人じゃ絶対無理ですけど、2人に協力してもらえればなんとかなりそうなので、やってみます。」


 サラとナンシーも、エインに駆け寄りウンウンと頷きあっている。

 ライルは『収納』からジャラリと重たそうな袋を3つ取り出し3人に1袋ずつ渡した。


「これは当座の資金だ。私からの寄付だと思ってくれていい。今までの運営費は水増ししている回復薬からして、大なり小なり院長の懐に入っていた可能性が高い。今後資金は治療院宛にしっかりと届くように手配しておこう。患者たちの食事や設備、薬、働く者への給金などに使ってくれ。」


 さすがライル、俺では出来ないアフターケアだ。何か役に立てるアドバイスだけでもできるかなぁと、考えて付け加えた。


「院内にもし、ジェリク院長の薄めた回復薬が残っていたら傷にかけるより、うがいに使ってください。いくらか流行り病の予防になると思います。

 あと飲み水は病人に与えるなら沸騰させてよく冷ましたものを使ったほうがお腹に優しいです。」


「何から何までありがとうございます……。このお金は必要なところにしっかりと使わせていただきます!」


「こちらこそ、翌日分だけ頼んでいたのに今日飲んだ患者さんの薬の効き目について記録までとってくれて……。本当にありがとうございます。助かります。」


 エインとサラとナンシーの3人は、俺たちが重傷者の方にいるうちにシーツの交換もしながら薬を飲んだ患者の傷がどの位置にありカップ一杯でどれ程治ったかを紙に記入してくれていた。


 翌日の副作用を記入するものとは別に、俺が『傷の位置・薬の分量・服用効果』と走り書きして、後から聞いて書こうとテーブルに置いて行った用紙にぎっしりとだ。これは本当に嬉しい。


「本当は、勝手に書いていいか少し迷ったけど翌日の副作用を調べたいくらいだからきっとあった方がいいと思って……。喜んでもらえてよかったわ!」


 ナンシーがほっとした顔をする。日頃から薄い回復薬をどのくらい使用したかで料金を請求しなければならなかったので書きとめるのは苦ではないとの事。


「まぁあの薄い薬の場合、患者さんに請求するのは1回分だけでそれ以上は院長にバレないように、じゃぶじゃぶ使用していたけどね。」


 エインが肩を竦める。


「馬鹿らしいほど薄いんだもの。あんなのでお金とるのが卑怯なのよ。

 でも君の薬はよく効くから書いてるのも楽しかった! 患者さんたち、とっても喜んでたわ!」


 サラがぷくっと頬を膨らませてそのすぐ後で笑顔を見せた。明るく、たくましく、優しい。この3人なら大丈夫だって気がする。


「では、娘さん方。明日、患者の副作用の知らせをよろしくの。ジェリク院長この馬鹿は連れて行くので安心してくだされ。」


 声と目元だけ微笑ませてじいちゃんがそう言うと、3人娘たちはとびきりの笑顔で見送ってくれた。

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 治療院の看護担当の者たちに後を任せ転移で騎士の詰所に移動した。

 何度か顔を出しているので私のことを知る者も多い。


「お久しぶりで……、───コレどうしました?」


 私に気づいて声を掛けて来た顔見知りの騎士が、長椅子ごと浮かぶジェリク院長を指差して頬をひきつらせている。


「ヴァルハロ辺境伯としての用事だ。急ぎで団長を呼んで貰いたい。」


「はっ! 只今呼んで参ります!」


 急に背筋を正して駆けていった。


「これはこれは、ずいぶんと目立つお出ましで。ライル=ヴァルハロ辺境伯閣下。」


 すぐに、奥から青みがかった前髪を少し気だるそうに掻きあげながらやって来た男が大仰に礼をしてニヤリと笑った。


 また訓練中だったのか、やや騎士の制服を着崩している。第一騎士団長のジョン=ナルキスだ。


「ヴァルト治療院から直接来た。この男を拘束してくれ。院長の立場を利用して国庫から出されている治療院の補助金を着服し、劣悪な環境に患者をおいていた。それに男爵夫人と子息に対しての殺人未遂だ。皇帝陛下に書状も書くつもりだ。院長の座は勿論、二度と治療院に近寄らせぬように申し入れる。」


「アァ、何か悪さしてそうではあったからな。了解した。

『獅子』に睨まれて生きて居られたんなら運がいい。この形のまんま牢にぶちこんでおくさ。

 ゆっくりしていけるのか? たまには模擬戦でもどうだ。お貴族仕事に嫌気が差してる頃だろ?」


 砕けた口調のジョン。彼は冒険者のころよく組んだ『赤髭』の元パーティーメンバーだ。宮仕えに嫌気が差しているのは彼の方だろうに。


「今日は司祭の案内役も兼ねていてな。表で待たせているから長居できない。近いうち寄らせて貰う。」


「おお、口だけじゃなくてちゃんと来いよ。ライル。」


「ああ、わかった。では院長の件、よろしく頼む。」



 外に出るとヨウジ、リクを見ようと人集りができていた。バルッソとロマイが居るためか、少し離れてはいる。


「待たせたな。………どうした?」


 リクの腕の中に茶色の袋がある。荷物は収納したはず……と覗くと、袋に見えたものが動き、柔らかそうな耳がピクリと反応した。青みがかった瞳孔が縦に伸び、こちらを眺めフーッと尻尾が太くなる。寄るなと威嚇するそれは生まれて間もない子猫だった。



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 ライルが騎士の詰所にジェリク院長を置いてくる間、バルッソとロマイは俺とじいちゃんを仁王立ちで守ってくれていた。


 そりゃあ目立つよねー。ピカピカの鎧きた強そうな護衛に守られる仮面の2人は怪しいよねー。詰所の外だし。


 結果遠巻きに人集りができるのは仕方ないかなって思ってた。

 ふと気づくとじいちゃんの足元に、ミウミウ鳴いてすり寄る子猫がいる。全然気付かなかった。変わった毛並みの猫でビロードみたいに反射して黒色なのに光って見えた。陽炎みたいにゆらゆらした不思議な色だ。


『おお、そうが。治してやる。痛がったなぁ。』


 屈んで子猫を抱き上げたじいちゃんが、小さくそう呟いたのは子猫の前足と尻尾が切り落とされているからだ。


 酷いことをするやつがいるもんだな……。じいちゃんがすぐに子猫を抱いたまま癒しの力を使った。きらきらとした温かい光が尻尾と前足を完全に再生する。


「なんだおまえ。黒じゃなくて茶色だったのか?」


 子猫に呼び掛ければ、ミァーウと返事をする。ゆらゆらした反射は見えなくなって柔らかそうな茶色の毛並みになった。尻尾の先だけ毛が銀色だ。


『──ん? ……おお。おら通訳でぎるかなぁ。どっちにしろライルに相談しねばねぇ。』


 じいちゃんにミャーだのミーだの訴えている子猫を預かる。小声とはいえあまりじいちゃんに喋らせるとボロが出そうだし。


 抱えた子猫の目を見るとこちらを伺うように見ている。


「大丈夫。ここにいる人は痛いことなんてしないよ。」


 ミャッと短く鳴いて、『わかった』というように俺の腕の中で丸くなる。ふふ、かわいい。


「待たせたな。………どうした?」


 ライルが出てきて覗き込まれると、ちょっと顔が近くて俺の心臓がバクバクしたもんだから、子猫がライルを威嚇してる。


『わるいやつかっ!?』って言ってる気がする。

 ごめん、わるいやつじゃない。びっくりしたよね。俺の心臓がライルに耐性ないだけだからっ。



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