第52話 がんばるだけ

 2回目だし次から治療院訪問はすこし落ち着いて臨めるかも……と思っていた俺は、ホント全っ然、事態が解ってなかったと思う。




「え? 護衛?」


「そうだ。」



 ライルに宣言した通り薬を準備するのにきっかり2日かかった俺たちは、転移で迎えに来てもらって『仮面の薬師見習いリック』と『仮面の司祭ヨウジェス』のスタイルになったところだった。


 治療院にいる間、俺に護衛を2人つけるという話を、たった今聞かされた。


「じいちゃんじゃなくて? なんで俺なの?」


「それは……。」


「ライルは設定上、司祭の側を離れられないから近くに居ないっていうのはわかってるよ。そうじゃなくてさ、ただの薬師見習いで司祭の従者って設定のリックに護衛2人ってどういうことなんだよ。」


 諦めたように小さくため息をついたライルが口を開いた。


「『ピュクシス治療院を救った薬師見習いの少年は神の御使いで、を使いこなす聖なる存在である。』」


「はぁ!?」


「ここ数日、薬師ギルド周辺はこの噂でもちきりだそうだ。」


「いや、だってそれじゃ……っ、ほとんど聖女扱いっ……。」


 戸惑っている俺に片手を上げて、『まだある。』とライルが続ける。


「さらに教会ではこんな噂がある。

『ヴァルハロ辺境伯について行った司祭とは誰だ。手足の欠損を治す癒しは、日に何度も使える者など存在しないはずだ。』と。」


「そ、そっだごど言われでもなぁ。出来るぁんだすけ、しかだねぇもんなぁ。」


 じいちゃんも、カツラで少しごわつく襟足のあたりを掻いている。


「騒ぐ教会の者たちの話を聞いた人間は確信を持っている。『やはり神が降臨したに違いない。』とな。

 ただ、崇める者だけではない。その神薬を狙うもの、仮面の司祭の力を手に入れようとするものが確実にいる。牽制として目に見える護衛を2人リクに。ヨウジには辺境伯である私がついている。その他にも密偵を数名、今後回る予定の各治療院に派遣している。これは大袈裟ではなく必要最低限だ。」


 いつになく真剣な顔でそう言われたら反論できなかった。

 護衛の2人と鉢合わせたときにも対処できるように、この衣装を着て、ライルの部屋の一歩外に出たら『リック』と『ヨウジェス』として振る舞うことを約束した。


「リクたちを守るためとはいえ、すまない。負担をかけてしまうな……。」


 とライルが言うが、治療院に行くことを決めたのは俺たちだ。


「必要なことなんだろ? 俺たちは、出来ることをがんばるだけさ。」


 その後、今まで入ったことのない部屋に案内されると、銀のピカピカした鎧を身につけた男の人が2人待っていた。こちらを見るなりザッと跪く。


「司祭、リック、この2人は今後治療院を訪問する際に護衛としてつくことになったバルッソとロマイだ。」


 頭を守るヘルムを脇に抱えている2人は、護衛というか騎士のような印象だ。黒髪短髪の真面目そうな人が口を開く。


「初めてお目にかかります。バルッソと申します。リック様の護衛をつとめさせていただきます。」


 次いで赤茶色の襟足長めの髪の人が礼をする。


「ロマイでございます。同じく従者リック様の護衛をつとめさせていただきます。

 司祭様に先日救っていただいたものでございます。僅かでもご恩を返せたらと思い押し掛けました。よろしくお願いいたします。」


「ああ、あの時の……。 前より顔色はいいようだ。食事はとれてるか?」


 じいちゃんが訛りに用心しつつ優しく声をかけるとロマイは肩と声を震わせて返事を振り絞る。


「……ッ! はい……っ」


「心までは元気なれぬものだが、それでも健やかであらねばな。自分にも、亡き2人のためにも。」


「はい……ッ。肝に銘じます。」


 目元に涙を溜めていたロマイは、じいちゃんに言われた言葉に頷いて返事をすると、頭を下げた。


 ライルが俺の横に立ち、小さく囁く。


『バルッソは、デイジーのあとから丘の家の護衛になったものだ。勘がよく聡い男でな。2人の正体に気づいても余計なことは口に出さない。……が、念のため仮面は外さないようにな。』


 そうなのか! とは思ったけど、口には出さず頷いてみせる。


「では行こう。今日はヴァルト治療院だ。」





 ライルの魔法で転移したヴァルト治療院は、前のピュクシス治療院に比べると大きくて、いくらか建物もキレイな感じがする。

 そして最大の違いは………院長の態度が悪いことだ。


 ひょろっとした背格好で金髪の院長ジェリクは自慢なのか癖なのか、口髭を弄りながら眉根を寄せる。


「ええ、お話は聞いております。……もちろん皇帝陛下ご下命の回復薬は存分にお試しいただいて構わないのです。

 ただ、あまりにもひどい怪我人であれば半端に治す方が酷というもの。おかしな期待は持たせないで頂いた方が患者にとって幸せだということもあるのです。噂の司祭様と従者殿にはその点においてご理解いただけた上でお入りください。」


 うわぁ、嫌そう。言葉遣い丁寧にしてるだけな感じだ。


 むしろ俺には、


『ハ、皇帝陛下の命令だから入れてやるけど、死に損ないは放っておけばいいのさ。

 変に生きたいと願うやつは余計に食うようになるからな。神だか御使いだか知らないがちゃんと効くんだろうな? 半端に治して厄介者増やすんじゃないか? 自信無いなら帰れ。』


 こう言ってるように聞こえる。


 唯一仮面をしていないライルは、こめかみに青筋が浮いて見える。じいちゃんが一歩前に出る。


「治すならば、完治させる以外は逆に難しい。全員健康体にしてから帰るつもりでおるのだが。治療院においては何か、不都合がおありか?」


 ゆっくりと威厳を振り撒きながら訊ねるじいちゃんヨウジェス司祭の仮面の奥の鋭い目に、たじろいだジェリク院長が髭を撫でる手を止め案内する。


「ッ──……では、お入り下さい。」


 中はやはり人が多く、床に横になる人も一定数いる。ピュクシス治療院ではエプロンをつけているくらいしか見分けるところがなかったけど、ここは治療に当たっている人も清潔そうな揃いの制服を着ている。ただ着ている人は、疲れきって見えた。


 痛みを訴える呻き声は聞こえてくるし、あの黒い玉が幾つも浮いている。やはり治療院の実態は厳しいんだ。


「私が先に呼び掛ける。リックはここで用意を始めてくれ。すぐに薬を配れるようにな。」


 ライルが収納から可動式ワゴンとティーポット、大量のカップ、湧き水入りの湯沸かし魔道具、竹の茶さじや混ぜ棒などをドンと出した。


「かしこまりました。」


 俺が頷いたのを確かめて飛翔するライルは、何の魔法か声を治療院内に反響させた。


『騒がせてすまない。私はライル=ヴァルハロ辺境伯だ。皇帝陛下の命により新しい回復薬の研究を進めている。

 今日は試作ではあるが、よく効く薬ができたので使ってもらいたい。今から薬を渡すので、治療に当たるものは手を貸して欲しい。また重傷者は司祭が治しに行くのでその場で待っていてくれ。』


 ライルが話している間に、手早くカップを用意する。呼び掛けられたのもあり、見馴れないワゴンに次々制服の人が集まってきた。


「薬の入ったカップを痛みの強い方、怪我のひどい方にお渡しして下さい。カップは回し飲みせず必ずこちらに戻して下さい。流行り病の感染防止のためです。魔道具で洗浄します。」


「あ、あの、傷口が膿んでひどい方はどうしたら……っ。」


「傷口を洗浄していないのですか? この湧き水で傷口を洗って、その後こちらの薬を飲んでもらってください。」


 布と水の入った水筒を渡す。


 薬が行き渡り始めると徐々に呻き声が歓声に変わる。


「凄い───……傷口がちゃんと塞がるわ!」


「待て………諦めてた古傷まで消えたぞ! どうなってんだ?」


「これが薬だっていうんなら、今までのやつは何だったんだ……。」


 流行り病の症状がある人には粉茶を湯に溶いて渡す。

 咳がひどく呼吸の苦しそうな人が飲むと穏やかに息ができているのを見て、ジェリク院長が眼を剥いていた。


「な……な……っ! なっ──?」


「バルッソ、ロマイ。リックを任せたぞ。」


「「はっ!」」


 ヘルムを被り準備万端のバルッソとロマイは俺の両サイドについた。


「さあ、院長。重傷者のもとへ案内してもらおう。せっかく司祭が来たのだからな。」


「ふん、どれ程のものかお手並み拝見させて頂きますぞっ! こちらにどうぞ。 」


 院長は小物感漂う台詞を吐きながらライルとじいちゃんを案内していった。


 あの人は自分の治療院の患者が治るの、嬉しくないのかな? 性格歪んでないか?


 俺が首を傾げていると、さっきまで疲れた顔をしていた。制服姿のお姉さんたちが噴き出した。


「ブッ、も~っみたぁ!? あの院長の顔!」


「見た見た! ざまぁ見ろよね! スッキリしたわっ。」


「最高!! ねぇ君、スッゴい効くわねこの薬!」


「ええ、端の方まで行き渡りましたね。皆さんもお疲れでしょう? こちらを飲んでみてください。苦みはありませんよ。」


 疲労感が目元に強くでているお姉さん方に粉茶を進める。


「ん、美味しい。あれ、疲れが……。ナニこれ、手荒れまで治ってる!」


「うっそ、やだ。本当に?」


「え~っ! 今、そのちっちゃい木さじで入れた粉薬だったわよねっ?! それでこんなに効くの?」


「薬師ギルドから薬の認可を得るために副作用の有無を調べています。体調の変化があったら教えてくださいね。もちろん認可前なのでお代は要りませんよ。」


 薬に不信感を持たれても嫌なので、なるべく明るく答えたら、顔を見合わせてひそひそ話がはじまった。


「………本物は違うわね。」


「そうよ。だからさっきの、あの顔!」


「ぷ、悪巧みするからよね~。」


「何のこと、ですか?」


 元気を取り戻したお姉さんたちの話をよく聞くと、あのジェリク院長は患者に回復薬を与えていたらしいのだが従来の回復薬にしても効き目があまりに薄く、それで割り増し料金を請求していたらしい。おそらく着服していたのだろう、と。


「手当てに回る私たちも同罪なの……。院内にある薬が薄めたものしかなくて。それでも無いよりは……って。」


「薬屋の一番安い回復薬を水でこれでもか、って薄めたやつ。それで普通の回復薬の値段で割り増し取ってるんですもの。何回かけても効かないのがわかってて、治療に当たるの、辛かった……。」


「やっと患者さんたちの笑顔が見られたわ。ありがとう。」


「そうだったんですね……。

 今日飲んでもらったこの薬の認可を得るためには、皆さんの力がどうしても必要です。患者さんの翌日の様子をこれに記入してもらいたいんです。記入した紙はこちらの鳥形魔道具で辺境伯家まで送って下さい。

 一人一人聞くのは大変ですが、是非お願いいたします。俺としては何より、あの院長先生に聞くより確かですからね。」


 回答用紙の束と鷲の魔道具をお姉さんたちに渡すとハキハキと返事があった。


「わかったわ!」


「がんばるだけで、ちゃんと結果の出ることなら喜んでやるよ!」


 患者さんのシーツ類交換をお姉さんたちに任せた。バルッソがマジックバッグにワゴンをすべてしまうのを確かめて重傷者の応援に行く。


 すると、漂う黒い玉を追いかけてたどり着いたところには


「おめぇ、命をなんだど思ってる!!」


 重傷者のらしき部屋の扉の前で、倒れて泡吹く院長に対し拳を握りしめてブチギレてるじいちゃんが居た。





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