第51話 まかせて

「ぼっちゃま、今……なんて?!」


 畑拡張工事の翌日、ロザリアとジョシュアにリク考案の魔力回復焼き菓子の話をすると、話の途中で前のめりにジョシュアが食いついた。


「リクが作った焼き菓子には煮詰めて濃縮した魔力回復薬が入っていた。バターの香りとも相性が良く、口の中でホロッと砕ける程度にしっとりしていてな。とても美味かった。リクによれば回復薬と一緒に食べたら魔力回復と怪我の回復が同時に可能になるとも話していた。」


「魔力回復の効果はどうでしたの?」


 私の感想を聞きながら目を見開き、顔まわりの肉をプルプルと震わせているジョシュアを横目にロザリアが聞いてきた。


「小指1本程の棒状の菓子を1つ食べるだけで魔力回復薬ひと瓶に相当する回復力だ。」


 それを聞いて、たまらずジョシュアが騒ぎだす。


「ぁぁああっ!! リク様、天才ですか!?

 確かにっ、ええ、その通りです!! 美味しく固めちゃえばいいんです! そもそも保存付与のついた瓶が高いんで、少量で回復できてそのまま持ち運べるなら瓶の分の費用が抑えられますっ。瓶の破損を心配しながら何重にも布をまいて運ぶこともない! 砕けたって食べちゃえばいいんですから。うわ、これ非常食にまでなるぅ! もしかして日持ちもするんじゃないですか?! 」


「日持ちは7日程度だが、煮詰め方によってはもっと水分を飛ばしてクッキーに混ぜることも可能で日持ちも1月ほどが見込めるとリクは言っていた。

 更に作り方を見直すことで渋みが無く半年ほど保存のきく、煎じる魔力回復薬を作りだすことも可能だと話していたな。」


「それは……画期的でございますね。もしや回復薬の方も同じように菓子に加工が可能なのでしょうか? たしか粉末状のものを治療院で使用したと聞いた覚えがございます。」


「ああ、それについてはヨウジも言っていたな。爽やかな香りで鮮やかな若草色のクッキーができるとか。」


「いいですねぇっ! いいですね~! 瓶にかかる分の費用をバター、砂糖、小麦粉に割り振ってもおつりが来ますっ! 回復クッキー!! 流行りますよっ、というか流行らせたいです! 回復の名目でダンジョン内でも美味しいお菓子が食べられるんですから!」


 鼻息荒く、興奮気味にジョシュアが揉み手をする。回復クッキーを流行らせるためならすぐにでも市場を操作しに掛かりそうな勢いだ。


「まぁ待てジョシュア、まだ構想の段階だ。薬草の安定的な栽培も、回復薬加工も、まだ確立されたものではない。なにより全てリクとヨウジ頼みなのだから負担はかけられない。治療院への訪問もあと6ヵ所控えているのだからな。取り組み速度はリクとヨウジの2人に任せている。こちらが主導すべきではないぞ。」


「リクさんもヨウジ様も真面目なご気性ですから、副作用などもきちんと調べたいと話されておいでです。今朝ほども魔道具で声が届いておりましたね。」



 *:.…*:.…*:.…*:.…


 朝日に輝く薔薇の中を抜けて白く羽ばたく魔道具が飛んでくるのを見つけたのは、早朝の鍛練を終えてロザリアから布を受け取り、汗を拭いている時だった。

 井戸の傍らにある白木のベンチの背もたれに着地したビーが、リクの可愛らしく弾む声でさえずる。



『おはようライル。早くからごめんな。残りの治療院訪問のこと、負担なら行く場所を最小限に減らしてもいいって昨日言ってただろ? それでじいちゃんとも相談したんだけど、俺たちやっぱり死にそうな人は助けたいんだ。

 本当はすぐにでも行こうと思ったんだけど、薬作らないと助けられないから……最短でもあと2日はかかる。

 訪問は1日1ヵ所が限度だ。流行り病の予防も考えて、前回と同じように治療院内の人と建物洗浄までやりたいと思う。ライルには頼ってばっかりだけど、またお願いしたいんだ。

 今度は手順がわかったから症状の変化を記録できるものを用意していくよ。

 あと、薬を使った翌日の患者の体調を知ることが出来たらいいなと思って、質問に対して(はい・いいえ)のどちらかに丸をつける回答用紙をつくってみたんだ。見本をビーの脚に結んで持たせるから字の間違いがないか見てほしいな。』


 ロザリアがビーの足につけられた紙を開いて読む。


「無理なく答えられる形の回答用紙、治療院に留まる時間を最小限にする大変良い考えです。文字も丁寧で内容も分かりやすく読みやすいもの。ふふ、文官の才能まで……本当に素晴らしいですわ。」


 いつの間にかリクは、ロザリアやデイジーに皇国語の読み書きを習って簡単な書類であれば作ることができるようになっていた。


 この短期間でそこまで出来るようになった努力を知らず安易に『疲れるなら回る治療院を減らすか?』などと私はリクに話してしまった。


『治療院訪問の時は勿論私も最大限協力する。回答用紙に直すところはないようだ。見本をもとに此方で6ヵ所分の用紙を用意しておく。』


 私の返事を託し、再び羽ばたくビーを見送ったのは朝食後のことだ。




 リクもヨウジも『命』についての向き合い方がこの国の大半のものと異なる。

 ほとんどのものが生きるのに精一杯だ。

 しかし、怪我が酷ければ。流行り病にかかれば。明日の食料が尽きたならば。皆、『これ以上は生きられない』と自分の命に見切りをつけるのだ。


 だが、リクやヨウジは違う。工夫を凝らし自分が多少苦労してでも命に見切りなどつけない。

 限界はあるし救えなかった者がいても2人に責任などないが、そこで『すまなかった』と謝ってしまう。それが出会って間もない者であろうと、だ。


 人の命を何より重く捉えている。私腹を肥やす貴族が多い中で、弱い立場のものを大切にする精神。神や御使いと崇められてしまうのもわかる。


「リクは人を救う間、全くの無防備だ。自分の防御など一切頭にない。私が側にいれば良いが、薬師見習いの設定ではついて歩くのにも限界があるな。ヨウジならばとっさに攻撃されてもいくらか反応出来るだろうか……。いや、治療中なら患者を庇って負傷しかねないな。」


 次の治療院訪問を前に課題となるのはそこだ。2人を守るため、変装は必須。ただその変装姿が神格化されてしまっている。目立つが故に今後は悪意をもって寄ってくる輩が現れる可能性もある。


「ん~、いっそ物々しい騎士のような護衛をつけてみたらいかがです? 治療の邪魔にならない程度に2人ほど。いましたよね~たしか。仮面の司祭や回復薬に恩義を感じている実力者が。」


 ロザリアがジョシュアの言葉にぴくりと反応した。


「バルッソとロマイのことを言っているのね。」


 バルッソはヴァンディの冒険者仲間で、魔物にやられて目を潰す寸前のところをヨウジが採取を手解きしてできた回復薬に助けられた。腕のいい冒険者だ。

『あの回復薬に助けられた。都合の悪いことならばなにも聞かない。ただ、役に立ちたい。』とデイジーに代わりリクたちの家の護衛となった。


 ロマイは先日のピュクシス治療院で手足を失い自暴自棄になっていたが、妻と子どもの頼みだとヨウジが説得し癒しの力で救った男。


『仮面の司祭様に仕えたい。』と辺境伯家の門前にここ連日押し掛けているのだ。


「バルッソはともかく、数日前に見知ったばかりのロマイをそこまで信用するのは危険ではないのか?」


「あれだけの実力者、捨てるには惜しい人材ですよ~。なにせ昨日模擬戦でヴァンディ=クロードこちらの旦那と引き分けたんですから。」


「何?」


 初耳だ。ヴァンディと引き分けに持ち込めるなら確かに強い。一体どうしてそうなったのか。疑問に思っているとロザリアが答えた。


「ぼっちゃま、屋敷に入れたわけではございません。あの人が門前にいるロマイを誘って冒険者ギルドの訓練場に引っ張っていっただけなのです。模擬戦後に『ヤツの腕は本物だ。言うことにも嘘はねぇぞ。』と言っておりました。」


「ヴァンディがそこまで買う男か……。」


 ヴァンディの人を見る目は確かだ。その評価はズバリと口が悪く遠慮がない。その割に的確で嫌みがないため、すぐにスルリと相手の懐に入り込めてしまう。ある種の才能だ。


「任せてみるか。」


 ヨウジの近くには私がいる。リクの側には2人を騎士としてつけよう。


 本当は私がリクを守りたいが……。流石に違和感がある。


「バルッソとロマイを呼んでくれ。私から話そう。」


「かしこまりました。不都合が生じないように、契約魔法の準備をいたします。」


 私の心を捧げた彼女はこの治療院巡りを終えたらどこまで神格化されてしまうのか。ふと不安が過る。先のことは運命の神に任せておくしかない……か。

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