第50話 いいから

 ピュクシス治療院訪問から3日後。


「……あ"~、……なんか行進させてるぅ……。」


 俺の目の前には、根っこごと木が浮かび、空にふわふわと列を成している。


 それらがまばたきのうちに丸太に変わり、程よく乾燥されて邪魔にならない位置に積み上がる。

 次に穴だらけになった地面がモコモコと耕され、土の中の石が浮かび上がりまた邪魔にならないように隅の方に寄せられピラミッドのように積み上がる。


 俺たちが人手を借りて何日もかけてやる仕事をライルは簡単にやってみせる。こんなにがっつり魔法で楽していいもんなのか心配ではある。




 何でこうなったか。

 治療院を出た人のほとんどが新しい回復薬の流通を早めて欲しいっていう要望を薬師ギルドに言いに行っていたらしい。


 治療院行ったその日だよ? まだまだ薬効の検証の途中だよ?


 強い薬効があるのはわかってるから、正しい使い方を確立させないと。効き目が強いから、身体にだるさや負担がかかる副作用がないかとか、よく調べてからじゃなくちゃお金は取れない。


 今度はちゃんと感想の聞き取りも記録も最後までやりたいし、神様扱いのやりにくさはあるけど残り6件の治療院もきっちり回るつもりだ。そもそも今育ててる茶樹だけじゃ流通させるのには全然足りない。


 値段がすごく上がるからとりあえず少量でも流通させるっていうのはナシ。それに、茶樹は生き物だ。少ない樹だけで採り続けたら弱る。


 ほんで、とりあえず畑拡げようってことになった訳だけど、茶の匠から物言いがつく。


「畑ば拡げるには、最高の条件がそろってるこごの土でねぇばねぇ。出来た茶樹におんなじ薬効があるようにするぁんさ。おらが森の土ば調べでくる。」


 じいちゃんが森に一人で調べに行くと言い出した。

『魔物が寄って来るから危険だっ!』って騒ぐライルに、じいちゃんはちょっと下唇を尖らせて面倒くさそうに言った。


「んだば一緒にぇよ。」


 その日のうちに2人で森に入って、土壌酸度計で土を調べると、しっかり畑と同じ条件の土だったんだ。


 この3日の間に、畑の茶樹から苗木になる枝を分けてもらって植木鉢で根だしして準備を整え今に至る。



 効率が良い方がいいだろうっていう話になって、ライルが魔法で土木作業をしているわけだけど。あまりに手際が良すぎて、呆れる。


「畑を拡張するにはこれが一番早いと思うが。結界は森側に大きくずらした。私の屋敷分くらいの広さは確保できたと思う。」


 確かに庭園を抜いたライルの屋敷くらいの広さはある。それだって体育館3つ分くらいだぞ? 日本でじいちゃんが作って管理してた茶畑には負けるけどそれに迫る広さ。


 少し水場から離れるから心配だって言ったら小川を増やすっていう力技に出る。流石に心配になって水やりしながら茶樹たちに聞いた。


「土に魔法使って耕したりして嫌じゃないか? 水も魔法使って引くみたいなんだけど。」


『ヨウジがいるからね』『だいじょうぶ』

『おみずにはまりょくうつらないからね』

『それにきみも、しんぱいしながらずっとつちにはなしかけてるでしょ』

『くろいひとのまりょくも、きらいじゃないし』

『おちついてて、やさしいかんじ』


 さわさわと話す茶樹たち。ライルなかなかの高評価だ。嫌われてなくてよかったぁ。


「そっか、それなら良かった。あっちの土におまえたちから分けて貰った苗木を植えるんだけど、魔石の粉も最初から土にあった方がいいかなぁ?」


『あればすぐのびるよ』『ヨウジと、きみのこえもきかせるといいね』

『さいしょは、おみずたっぷりがいいよ』


「ありがとうな。これからも何か気付いたことあったら教えてくれ。」


 俺がそう言うと、ガサッと茶樹の枝がライルを指す。


『くろいひとね、きみがみてるときらきらがはずむよ』

『こいしてる』『ちょっと、でれでれ?』

『だいぶ、きらっきら』


「そっ、それは気づいても言わなくていいからっ!!」


『あ、はずんでる』『きみのも、すっごいきらきら』


「ぉ俺、あっちの土に撒く魔石の粉っ用意してくるから!」


 逃げた先で、じいちゃんが魔石の粉を先に砕いていた。こっちを見てニカッと笑う。


「かっかっ、ずいぶん茶樹だぢに構われでだなぁ? ライルは陸に良いどご見せてぁんだろ。あっだに張り切ってなぁ~、まんず重機要らずの働ぎぶりだ。」


「もう、じいちゃんまでっ!」


「だども、ちっと働ぎすぎだ。休憩するよぅにおら声掛けでやるすけ、陸が昨日作ったアレ出してやれ。」


「ぅ。……わ、わかった。」


 いくら魔力量の多いライルでも無限じゃない。ローストティーと、昨日作ってみたお菓子を用意する。


 用意したのは風味の焼き菓子だ。クッキーとマドレーヌの中間みたいな食感に仕上がっている。

 紅茶の香りの素は煮詰めて濃縮した魔力回復薬だ。


 前の薬師誘拐事件の後で、ベーには魔道具を作って貰ったけど、実はヴーからも『研究用でも自分用でも好きに使ってくれ。』と、木箱に入った小瓶1ダース分の魔力回復薬を貰っていた。

 回復薬よりちょっと高めだから買って味見するのも気が退けていたので、遠慮なく貰った。


 そのまま飲むと香りは華やかなんだけど、渋みが強い魔力回復薬。200ml程度でひと瓶だ。香りを楽しむためにならお菓子に入れたらどうだろうと弱火でかなり煮詰めてからバター、砂糖、小麦粉と混ぜて焼いた。

 昨日食べたじいちゃんには『んまぃ。魔力回復する気ぃする。』と言われてたし、味は悪くないかなとは思うけど、魔力回復効果は俺じゃあちょっとわからなかった。


「あ~どおれ、ひと休みだ。ライル、ほれそご座れ。」


 じいちゃんがライルを連れてきて、手製の椅子に座るようにすすめる。

 うちにはティーセットはないから急須と湯呑みでローストティーを淹れる。

 ちゃんと湯呑みは5個セットでくれるあたりやっぱり日本寄りだよな、デイジーさん。改めて感謝だ。


「ライル、取手がないから気をつけて。こう持つと熱くないよ。お菓子も作ってみたから食べてみて。」


「ああ、ありがとう。リクの手製の菓子か。」


 手に取りサクッとひとくち食べたライルが目を見開いて固まった。


「味、どうかな?」


 俺が感想を聞くと、フリーズしていたライルがサクサクと口を動かし湯呑みのローストティーをゴクリと飲む。木のテーブルに湯呑みをしっかり置いて俺の手を取る。


「これはなんの魔法だ。リク。睡眠と魔力回復薬以外では魔力は回復できないはずなんだが……。ハッ! まさか私の知らないうちに聖女になってしまったんじゃないか!?」


「なってないって! …… お菓子に魔力回復薬混ぜてみたんだ。あれって魔力量の多い人が急いで回復しようと思ったらお腹チャプチャプになるまで飲まなきゃいけないし、味も値段のわりに飲みにくいと思うんだよ。」


「んーだな。あれは渋い。」


 あの時、ちゃっかり一緒に魔力回復薬の味見していたじいちゃんがライルの代わりに答えている。


「煮詰めて濃度を濃くしたものをお菓子に入れたら少し口に入れるだけで良いし、香りはあるけど渋くないだろ? 二番煎じの回復薬を飲みながら食べたら、魔力消耗と怪我の両方を同時に回復できるんじゃないかなってさ────。」


「あー、陸。ちぃっとばっかし、待ってやれ。」


「え? あ。」


 口を開けて、また美丈夫らしからぬ表情でいるライル。


「ライルには、たまげるごどばっかしだったのがもしんねな。固まってしもだ。」


 なんだ、狼狽えてんのか。もしかして魔力回復薬の濃縮とか珍しいことだったのか?

 俺の手を握ったまま固まってるから、焼き菓子が口に合わなかったのかと思っちゃった。


 ライルみたいに魔力いっぱい使う人用に作ったんだからもうちょい食べてほしいんだよね。


 空いてる方の手で魔力回復効果のついた菓子をつまんで、ライルの口に。


「はい、『あ~ん』」


 ガッと突っ込んで強制再起動させる。


「フグッ………!?」


「難しいことは置いといていいから、味の感想は?」


「美味い………。」


「ふふ、よかった。」



「な~。もはや尻に敷ぃでらんだぞ? 周りのおらだぢは甘ったりぃくて見でらんねぇよなぁ~?」


 傍らに鉢植えで並ぶ逃げ出しそうな根っこの苗木にじいちゃんがなんか話しかけてるけど!

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