第49話 しどう

 ライルを庭園に行かせて、俺は畑仕事ができるくらいラフな格好になる。帰ったら速攻で水やりしたいし。可愛らしさには欠ける服だけどね。


 忘れないうちに薬師見習いの衣装から葉っぱ型の髪飾りを取り出す。熱風で変色したりしてないよね? ひっくり返して確認したけどちゃんと綺麗な金色だ。


『……こんな私ではリクに嫌われてしまうだろうか?』


 ライルの潤んだ目が頭にちらつく。


「っ……無自覚兵器……!」


 ライルの瞳そっくりに光る金色を、耳の上にパチンと止めた。




 ライルの部屋へと向かうとじいちゃんも着替え終わっていて、デイジーさんがテーブルにティーポットやカップを用意しているところだった。


「リクさん、大変だったわね。疲れたでしょう? ほら、お茶淹れるわ。座って、ヨウジさんもよ。」


「……~っありがとう、デイジーさぁん。」


「あぁ、座らしてもらうがぁ。あの靴さ、高下駄だけあっておンもでぇんだ~。」


 優しく促してくれるデイジーさんを見たら2人して力が抜けて、情けない声が出る。テーブルにペタリと両腕を伸ばした。


 もう、クタクタだ。主に精神的に。


 疲労感の強い俺たちの様子にローストティーを淹れてくれながら優しく微笑むデイジーさん。その後からロザリアが焼き菓子を持って現れる。


「かなりお疲れのご様子ですね。治療院で薬の記録は収集できたのですか? 」


 今回新しく用意した粉茶は、体内の症状にもある程度は効果があったといっていいと思う。

 呼吸苦や喉の痛み、疲労感くらいは治ったと言う人がいたからだ。手揉み茶の三番煎じでも一定の疲労感軽減くらいはできる。これはヴーの誘拐事件の時ベーに飲ませて分かったことだけど。四番煎じは血の足りない人の顔色が少し良くなるくらいだった。

『トップスン』のゼルさんが淹れるくらい状態の良いローストティーは三番煎じくらいの効果があると思う。


 ローストティーをひとくち飲みながら、治療院にいた患者さんたちの顔を思い出す。喜んではもらえた……よね。


「うん。まあ、総合して良く効いたとは思う。ちょっと重症な人多すぎて効果重視しちゃったから、三番煎じ以降はあんまり試せなかったけどね。」


「んだども、まだ1つ目の治療院だろ? まだ試す機会はあるはずだ。あど何件あるぁんだが?」


「ハレノア皇国にはあと6つの治療院がございます。」


「「うへぇ」」


 じいちゃんと同時にゲンナリする。

 まぁ、やるからには全部行くつもりではいたんだけどさ。


「正体バレないようにも大変だけど神様扱いされるのがなぁ……。ライルが拍車かけてくれちゃったしさぁ。」


「どういうことでしょう? ぼっちゃまが、なにか……? 庭園にお連れになった人物もいるようですが。」


「そうそう、ライルのやらかしもあるんだけど、ちょっと事態は厄介な方に転がってるんだよ。」


 治療院での様子とテッドのことをざっくり話すと、ロザリアは庭園の方に視線をやる。今テッドとライルが話しているのが見える。


「わかりました。少し確認して参ります。お2人は寛いでいてください。」


 にっこり微笑むと、そう言い置いてわずかな冷気を残して消えた。


 うん。ライルに『指導』に行ったな。きっと。


 。.:*:・'。.:*:・'°※。.:*:・※。.:*:・'°


 テッドが駆け出してからいくらも経たないうちに、庭園から染み出すように現れたロザリアが私の横に立った。


「リクたちは落ち着いたか。」


「ええ。今は寛いでいらっしゃいます。先程リクさんから、治療院での出来事とぼっちゃまの所業やらかしについて聞いたところでございます。」


「ぁ、ああ。つい弾みで頷いてしまったから仕方なくテッドを連れてくることになってしまった。リクたちに呆れられていたのだろう?」


「……それだけではございません。ぼっちゃまは、リクさん方が回復薬や癒しの力を使っても不都合のないように変装していたことを理解しておいでのはずでございましたね。」


「? ああ、もちろんだ。」


「お2人の性格上、傷ついた人々を残らず救う以外の選択をなさらないことも容易に想像がつきます。ならばせめて真っ先に『ヴァルハロ辺境伯家では新薬開発に皇帝陛下の許可のもと取り組んでいる』と演説の1つでもなさるべきでした。

 ご自分に関心を集めることで少しはヨウジ様やリクさんへ話題が集中することも避けられたでしょうに……。

 実際は神と崇められるヨウジ様に浮遊魔法を施し、訛り抜きの演技を強いるという多大なる負担を掛けておいでです。その上、流行り病への対策までお2人の采配。

 ヴァルハロ辺境伯家の当主ともあろう方が、人に指示されて魔法を行使する様を多数の者に見せつけて、どうなさるおつもりですか?

 治療院にいた人間は、『辺境伯を顎でつかえるのだからやはり司祭は神で薬師見習いの少年は御使いだ。』と納得してしまいます。」


「ぁ、う、うぅむ。」


 治療院でリクの視線が途中冷ややかだった理由がやっと分かった。私は、馬鹿だ。


「唸っている場合ではございません。少しは反省なさいませ。守るお覚悟がおありならどんな可能性をも考えていかねばなりませんよ。 」


「……わかった。私が短慮だった。リクたちには改めて謝罪しよう。ならばテッドの話も聞いたのだな?」


「ええ。もはや厄介事の香りしかいたしません。今しがた漏れ聞いたテッド少年との会話では、聖剣とやらは預けた形にされたご様子ですが……。」


 ロザリアの視線の先にはテッドが今、駆け抜けていった薔薇のアーチがある。


「聖剣を私が預かってしまっては勇者との接触機会を増やすことになってしまうから、渡した鞘に追跡しやすいよう私の魔力を込めた魔石を仕込んである。

 テッド自身が無害だとしても、絡んでいる勇者とその後ろだての貴族には注意が必要だ。密偵を手配してくれ。」


「モレク伯爵周辺にはすでに。テッド少年には、先程からつけてございます。」


「───恐ろしい仕事の早さだな。」


 私の単純な思考で思い至るようなことは、どの分岐点においてもこのロザリアに見透かされている。すべて手のひらの上、そう思えてならない。


「実は、モレク伯爵は教会の一部と結託して有能な職業適性者の情報を得ているとの噂があり───先に密偵に探らせておりました。限りなく黒に近いとは思っておりましたが、テッド少年の証言で確定でございます。」


『勇者』の職業を持つものが現れたとなれば皇帝陛下をはじめ爵位を持つものには通達されるのが当然だが、誰も知らない。

 事実であるなら『見習い』であろうとも500年ぶりの『勇者』誕生なのだ。国中で騒ぎになっても可笑しくはない。


「ディーブ=モレク伯爵……。南部の有力貴族だったはずだ。適性職鑑定後の何もわからぬ子どもをなど、暴挙にも程がある。しかも『勇者』の情報を秘匿するということは……。」


「ハレノア皇国に反旗を翻すも同然でございますね。財力、武力でもぼっちゃまに歯の立たぬ伯爵風情が、よくそこまで思い上がれたものです。」


 ロザリアが重く足元の冷える魔力を漂わせる。


「この件は適性職鑑定を行う教会が主導していると見るべきか?」


「特定してしまうのは早計でございましょう。ただ、伯爵以上の力のあるものから、確実な恩恵に預かれる自信がなければこうも強気には出ないかと。

 ───精神支配でもされているなら別でございますが。あるいは国を敵に回してでも欲しい何かがあると考えられます。」


「教会やモレク伯爵と真に繋がっているのは他国だということなのか?」


 ロザリアの言葉を整理すると導き出されるのはそこだ。まさか勇者を手に入れて国外へ? この国を相手に戦でもするつもりなのか。


「あらゆる最悪を想定し、確実な備えをすべき時と存じます。なお、この手のことはジョシュアの得意分野でございます。また、リクさんもヨウジ様もおいでです。癒し、回復の点では最強の味方と言えましょう。

 今回の治療院訪問だけでもかなりの人が、仮面の少年薬師リクさんの扱う回復薬や、仮面の司祭ヨウジ様の癒しの力がいかに素晴らしいかを知ったわけですから。傷ついた冒険者を救済すれば単純に国内の戦力が増加いたします。一度回復薬を口にしたものは今後の回復薬流通のための宣伝役にもなることでしょう。

 治療院での立ち居振舞いは大変だったようですが、リクさんもヨウジ様もすでに6箇所全ての治療院にまわるお覚悟はできておいでです。」


「ああ……、そうだったか。ロザリア、私は単純な判断なら出来ても人間関係や賭け引きが必要な場面においての判断が遅い。魔物相手ならばもう少し何とかなるのだが……。

 こうしてはっきりと指摘されるまで己の過ちにも気づけないのだから、何とも情けないものだ。」


「失敗を繰り返してこそ得られる経験というものがあるのですよ。ぼっちゃま。わたくしはそれがわずかに多いだけのことでございます。」


「───私は、頼り過ぎてしまっていないか? ロザリアや、本来守るべきリクやヨウジに。」


「ぼっちゃまが助けを求めぬうちに差し出された手は、差し出した者の意志によるものですわ。断らずに握り返したほうが喜ばれるものでございますよ。」


「そういうものなのか……。」


 ロザリアの微笑みから冷気が消えたことに安堵していると、遠くから呼びかける声が聞こえてきた。


「ぼっちゃま~っ! あ、やっと見つけました! お帰りだと聞いたのに、姿が見えないんですから、もぅっ。」


 声の主は、汗だくで息を切らしながら重たそうに走るジョシュアだ。


「どうした。」


 布で汗を拭うジョシュアが深呼吸を挟みながら話しだす。


「急ぎの伝令が、薬師ギルドから入りましてね? ピュクシス治療院で使った回復薬を直ぐ様認可するので流通させて欲しいとのことですよ。」


「なに? 治療院を出てまだいくらも経っていないのだぞ?」


「なんでも、治療院から薬師ギルドに人が雪崩込んで来たらしいんです。『奇跡の薬に何故、認可が降りないのか』とか『神を敵に回すつもりか』とか訳が分からないことを言っているそうで? 副作用なく、効き目のある薬であるなら文句はつけないから、早くこの人波を何とかしてくれとギルド長は半泣きでして。」


「はは、なんという……。」


「すぐに相談しなくてはなりませんね。流通をすぐに始動するかどうかは、薬草の生育・加工の総てを知るお2人次第ですので。」


 私が決めあぐねているようなことでも、力強い人々の後押しで進んで行く。

 ついに始まったのだ。回復薬の常識を覆すことを望む動きが。

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