第48話 だめなやつ
ライルのうっかりでテッドを屋敷に連れていくことになった。
「事情を聞くためと浄化後の大剣についての相談のために一時的に連れて行くが、司祭殿らを送って行かなくてはならない。屋敷の外で待っていてもらおう。」
「わかった。」
嬉しそうに俺たちについて治療院の外に出るテッド。俺とじいちゃんはそれぞれライルの左右の手に、テッドは後ろから肩につかまり『転移』する。
いつもの部屋でなく薔薇の庭園に降り立つ。
「う、おぇ。」
転移の反動で、えづくテッドを一瞥して
「ここで待つように。」
とライル。俺たちだけ連れて再び転移し屋敷内のいつもの部屋についた。
「はぁ、疲れたぁ。」
ひと息ついた途端に目の前に水柱が出現。俺、じいちゃん、ライルまで服のままズボッと入る。さっき治療院でもやった温水洗浄だ。
息吸い込み損ねたから苦しいっ! と思った瞬間に蒸発。次いで温風に襲われて足が浮かびかける。
まぁおかげですぐ渇いたけど、着地し損ねてへたりこむ俺。温風で熱々になったマスクと仮面をたまらず外す。オールバックに撫でつけてあった髪も元通りだ。
「も~っ、ライルっ! 洗浄はありがたいんだけど、一声かけてからやってくれ!」
「ぁ~くたびれだ。威厳ある人になるぁんは
同じく熱々の仮面とマスクに、かぶっていたカツラをズルリと外しながら、じいちゃんもその場に座る。靴も脱ぎたそう。
「2人とも、いつもの服装に戻っていてくれ。私はテッドに話を聞きに庭園に戻る。
仮面の司祭と見習い薬師の正体を感づかれないように、今は会わない方がいいだろう。大剣については話の中身次第で渡すかを決める。」
「そうだライル。テッドは、自称勇者の幼なじみだって話してたんだ。訳ありっぽいからあんまり詳しくは聞けなかったけど。」
ギシリ、と急にライルの表情が固まる。
ん? どうした?
「………それがどういう流れで頭を撫でられることにつながるんだ?」
「あ~見てたのか。テッドは俺を10歳くらいの子どもだと思ってる。修行頑張れよって撫でられた。」
「子ども……。そうか。」
納得されるのもちょっと複雑なんだけどな?
「ああ、あちらさん背ぇ高ぇすけなぁ。陸が小さく見えでも仕方ねぇ。心配することなくていがったなぁ?」
じいちゃんがニヤリとライルに笑いかける。たしかにテッドの身長は俺よりけっこう高い。ライルよりは低いけど。
ライルは、へたり込んだままの俺のところに来て片膝を立てて座り、ため息を深くついた。
「リク……っ頼むから! もっと警戒心を持ってくれ。」
次いで俺の頭を撫でて、長い指先ですくった髪をひとすじ耳にかけてくれた。じっと金の瞳で見つめられ、左手を握られる。
「は、はい?」
「君は名前さえ薬草に呼ばれてしまえば直ぐさま聖女になるであろう存在だ。誰に狙われてもおかしくはない。」
うん、ホントごめん。話が頭に入ってきそうにないです。
だって、優しく触られてるんだけど、物凄く愛おしげだし。ほんでライルの瞳がなんかこう、悩ましいというかっ!
「テッドが君に危害を加えようとしていなかったから良かったものの……。いや、良くないな。とにかく……不用意に触れさせないで欲しい。」
俺の思考能力を痺れさせる色気を放ちながら、ライルは『すまない。』と呟いて俺の左手に懺悔するように俯き、優しく薬指にくちづけを落とした。
「私以外の誰にも触らせたくないだけなんだ。──……こんな私ではリクに嫌われてしまうだろうか?」
その少し潤みのある瞳で自信なさそうに言うのは、俺がときめき過ぎてだめなやつだからな!!
じいちゃんが、後ろで『うへぇ』って呆れてるのもわかってるけどっ!
*:.…*:.…*:.…*:.…
私は屋敷内に戻るなりすぐにリクの頭、テッドが触れたところを洗い流したくて、魔法を立て続けに使った。
リクの髪に触れてもっと警戒心を持つよう諭すうちに、自分のこれはただの嫉妬だと気づいた。
せっかくリクが私に好意を示してくれたというのにこれでは幻滅されてしまうと思ったのだが、リクは頬を薔薇色にして、勢いよく私を送り出した。
『そ、そんなの全然大丈夫だから! ほら、テッドと話してきて!』
どうやら嫌われないで済んだらしい。正直ずっと撫でていたかったリクの髪から手を離し、部屋から押し出されるようにして庭園にやって来た。
「待たせたな。吐き気はおさまったか。」
声をかけると振り返ったテッドは驚いてこちらを見た。
「あ、ああ。大丈夫だ。この綺麗な花を見てたら、だいぶ落ち着いた。すげーな、見るためだけの花をこんなにたくさん育てるなんて貴族はやっぱり金持ちなんだな。」
無邪気に話すテッド。やはり警戒しすぎだったか。リクのこととなると際限なく臆病になる自分が情けなくなる。
「半分以上見栄みたいなものだ。貴族として体裁を保つには、屋敷の大きさや庭園の素晴らしさが要求される。私は冒険者上がりだからそれほど興味があるわけでもないのだがな。気分なおしに役立ったなら何よりだ。
冒険者でありたいのに、強くなって目立つほど爵位や格式なんて余計な
私が自分のことを話すとテッドはすこし驚きながらも納得した様子を見せた。
「へぇ。道理で、貴族らしくないと思ったよ。」
「いつ、そう思った?」
薔薇の花に視線を戻し、茎の刺を指先でつつきながらテッドは答えた。
「最初からさ。俺の知ってる貴族は『勇者』と聞いたら食い物にしようと目をギラギラさせるような奴らだ。ただ、あんたは『勇者』と聞いた瞬間から逆に警戒する感じだったろう? しかもおれがこんな態度でも平気そうだしよ。
あいつに初めに会う貴族があんただったらよかったのに……。」
リクの言葉を思い出す。『自称勇者の幼なじみ』で『訳あり』──か。
「『あいつ』とは……?」
「おれの幼なじみ。イスカルっていうんだ。教会に職業聞きに行ったら『勇者見習い』って職業になったらしくて、その日から有力貴族に囲われちまった。
そっから5年、村に帰って来なかったんだぜ? おじさんやおばさんが泣いて暮らすほど心配してたのに。やっと帰って来たと思えば魔物討伐のためで……。
『ただいま』も『心配かけてごめん』も言わねえ。なのにすっかり英雄気取りだ。『
「なるほど。それで自称勇者と呼んだのか。」
「貴族の奴らが5年間、イスカルになにを吹き込んで鍛えたかは知らねぇ。けど、6歳から親父と猟師やってるおれの方が大蛇の動きを目で追えてた。
牙に弾かれて地面に刺さったイスカルの『聖剣』を借りて大蛇の口の中に突き立ててやった。牙に剣が刺さったのはその時だ。イスカルが開いた口の中を魔法で攻撃して倒したんだ。俺は戦ってる間に片腕吹っ飛んでたから、倒れた拍子に閉じる大蛇の口を避けきれなくてさ。ガブリと腹、噛まれて治療院行きになってたけどな。」
「剣を回収されてしまっていたら、おそらくその場で牙はテッドの内臓を引き裂いていたはずだ。紙一重で一命を取り留めたということだ。運がよかったな。」
「運じゃねえんだ。俺が運ばれる前、イスカルが『聖剣は牙から抜くな。鎖で繋いでこれ以上刺さらないようにしてくれ。』って言うのが確かに聞こえた。あいつ変に格好つけるところあるし、流されやすいところもあるけど、やっぱり俺のダチなんだよ。」
「………わかった。ならば剣は浄化しテッドに任せるとしよう。しかし、せっかく瀕死の状態から治ったのだから無理は禁物だぞ。」
「……おれはここいらで情報集めて、イスカルに会いに行きたい。目ぇ覚ませって、一発くらいぶん殴ってやらなきゃ気がすまねぇから。聖剣はそのとき返すよ。」
「そうか……。」
収納から浄化済みの大剣を取り出しテッドに手渡した。剥き出しでは持ち歩きに不便なはずなので背負えるベルト付きの鞘に入れてある。
「すげーな、こんな上等な鞘。いいのかよ貴族様。」
「無理に貴族扱いしなくていい。ライルと呼べ。それの素材はテッドの腹に刺さっていた大蛇の牙だ。私の手製だから、使い勝手が悪い時は武器屋で調整するといい。鞘に使ってもまだ余った素材は買い取らせてもらう。道中何かと物要りだろうからな。」
収納から出した金貨と銀貨をジャラ、ジャラリと皮袋に入れテッドに渡すと、口をあんぐりと開けて固まった。
「ぃ、ぅえ? おかしくねぇか? あんまり多すぎるっ。」
「テッド。これは情報料も兼ねているんだ。最後に一つ聞きたい。勇者イスカルを取り込んだ貴族の名はわかるか?」
「たしか……モレクっていう名前の貴族だ。イスカルと一緒にいたやつが、『モレク伯爵に逆らえるものか』って話してたのを聞いた。」
「───……そうか。わかった。気をつけて行くといい。転移で聞き込みしやすいところまで送ろうか?」
「アレはちょっと辛いから遠慮しとく。じゃあな、ライルさん。色々ありがとうよ。
あ。司祭様やリック坊やにもよろしく伝えてくれよな。」
薔薇の庭園から笑顔で手を振り、駆け出すテッドを見送った。
「だめなやつ……か。」
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