番外編 花見さ、いぐ

 おらは、日本の片田舎からこの国ば来た爺だ。村田むらた 葉枝ようじ。今年で満70歳。丈夫な体だけが取り柄だ。


 朝の早ぇうぢから茶樹に水やりする。

 この国の茶は重傷まで治せる薬になるらしぁんだ。

 栽培してねぇって聞いだすけ、勿体ねえからおらが挿し木して育でることにしたんだ。茶樹は今日も元気に葉っぱわさわさしてる。


 孫の陸が言うにはこごは『異世界』なんだと。魔法のある世界だ。陸ば助けてくれだライルに借金返すぁんが目標だ。だども、近ごろ陸とライルが恋仲になってしもだらしい。


 おらはじめは気づかねぇフリしったったども、茶樹が喋るぁんだすけ、納得するしかねぇろ?

 陸の足枷にもなりとねぇしな。


 しかもおら、茶樹に名前覚えでもらって聖爺になったんだ。



「端の茶樹までよっく飲んだが? 足んねばもっとくれるすけ、言ぅでくれ。」


『おみずありがと』『いっぱいのんだ』


 茶樹は喋ると、子どもみてえなかわいらしい声だんさ。


「今朝はずいぶんあったこぅなったな。春らしい。」


『あったかいのは、めぶきのきせつだから』

『はなもいっぱいさく』


「桜、……薄紅の花が咲く木はこの国にはあるろか?」


『うすべにのはながさく、き』『あるよ』


「おお、どこだ? 花見でぎるんなら行ぎてぇな。」


『ヨウジがきけばどこかおしえてくれるよ』『いっぱいあるからね』『たのめばひっこししてくれるかも』『いっておいでよ』


 そういうわげで、おら桜を探しに行ぐごどにしたんさ。


 途中で喉渇ぐど思ったすけ、竹の水筒ば湧き水汲みに行った。すぐそばさ、ちっちぇ白い花が咲いてだったすけ、話しかけでみた。


「白い可愛らしい花びらだなぁ。おめぇさんとおんなじくらいの大きさで薄紅色の花ぁ咲かせる木ぃば、知らねぇが?」


『知ってるのっ』『森の手前、東のほうなのっ』『赤い実のなる木が近くにあるのっ』


 白い花は思ってだよりも、おしゃべりだった。はきはき喋るし、やだらに動ぐ。


「ありがでぇ。東だな。行ってみる。」


 いがった。森の手前なら一人でも行げる。

 聖爺になってから、魔物に狙われるすけ、一人では森に入らねえようにライルに言われでるぁんだ。


 東に向かって歩いでると、行く道の途中で柳みでぇな枝葉がぶぅらり揺れで教えでくれる。


『こっちだよ』『そのまま進んで』


 風に花のがまざるようになってきた。


ちけぇな。赤い実がある。」


 30分くれぇ歩いだ頃、目の前にグミの実に似だ赤い実のなる木が見えできた。


「おめぇさんの実は、人でも食えるやつだろか?」


『だいじょうぶヨ』『ひとつあげるヨ』

『おいしいヨ』


 手の上、ぽとりと実が落ぢてきた。


「ありがとう。いただぎます。」


 口に入れだら、プチッと甘酸っぺぇ汁が出できた。種の近くでもえぐ味が無ぇ。さくらんぼみてえな味だ。


「うんめぇなっ。」


『なかのたね、もってかえるといいヨ』

『あなたのうちでも、よくそだつヨ』


「それはいいごど聞いだ。ありがとう。」


 畑のそばに育でば、陸にも食わしてやれるな。


 種を口ん中で転がしながら進んだば、ふわっと花の香りが強ぅなった。


「こりゃぁ……たまげだ。どれも見事だんが、あれは千年物の山桜でねぇが。」


 20本以上ある山桜の木の真ん中に、ひときわでっけぇ山桜がある。枝振りも堂々として、花も八分咲きの見頃だ。

 幹の太さはおらが腕回しても絶対回らねぇ。大人3人いるならなんとが届くぐれえだ。


『──おお、珍しい。お客様ですな。』


「真ん中のおめぇさん。長生ぎだなぁ。周りの木は子に孫が? いやぁ、実に見事だ。」


『──おお、確かに儂の子と孫ですな。あなた様から心地よく清らかな光がみえるのですな。』


「わかるぁんか? おら聖爺……聖人になったんだ。花見の礼にどっか痛えどごあれば治すぞ?」


『───おお、なんと。お優しいお方なのですな。

 儂より東側にある一番小さな桜が最近、病にかかった枝を人に斬られたのですが、周りの枝から病が増えないか心配しておるのですな。』


「わがった。見でみる。」


 小さなっていうだども、ちょうどおらの腕が回るぐれぇのしっかりした桜だ。他のがでっけぇがら小さく見えるだげだ。

 枝落としたって言うんであれば、それは『てんぐ巣病』だな。周りの木ぃにも増えるがもしんね。



「枝のあたりに手ぇ届がねすけ、全体に力通す。幹に触らしてもらうが良いがな?」


『ぁい。おねがいします。』


 癒しの魔法をかけだ。

 幹に、枝に、花に行き渡るのさ思い浮かべで。痛ぇどごや悪ぃどごが無ぇなるように。ちっと落ち込んだ声ば出す、この木の元気がでるように祈る。


『ぁい、ありがとうございますっ。だる重いのがとれて、枝が生えかわりました。』


「元気になったんなら何よりさぁ。ほんで出来ればおらの畑にも誰か生えでくれねぇがな?」


『──おお、それならば聖人様の口にされた種に花魂はなだまを宿すのがよいですな。儂と同じ花をつけ、その赤い実の成る木に育つようにするのですな。』


「そっだに便利なごど出来るぁんが?」


『───おお、孫の命を救っていただいたのですから御安い御用ですな。』


 口さ入れでだった種を、掌ば出す。

 大山桜から、きらきらと光が落ぢてきた。おぅ、ちっとまぶしいな。


 目ぇ開けると、表面がつるりとした赤みの強ぇ種に変わった。


「ありがとう。うぢで植えでみる。」


 作業着のポケットに入れであるナイロンの小袋さしっかりとしまった。


「いい花、見さしてもらった。ありがとう。」


『───おお、こちらこそ幸運な出会いだったのですな。お気をつけて帰るとよいですな。』


 桜の木に見送られで歩きはじめだら、肩にのっかってた花びらを見っけだ。つまんで手にのせる。



 昔、婆さまとよく花見したっけな。

 茶と漬け物と、握り飯ば持って。


「春に一度は花見しねまねぇの。爺さまがこれ見で、だって言うでくれるんが嬉しぁんだもの。」


 恥ずがしそうに言う婆さまを思い出す。

 幾つになっても可愛いど思ったんだ。


 陸が生まれる少し前ぇだったな。孫が生まれるぁんだすけ、お互いに爺さま婆さまって呼びあうようにしようかって決めで……。


 それからいくらも経だねぇうぢに婆さまは急に心臓悪ぅなって先にあの世さ逝ってしもだ。


 婆さま。あれから毎年、おら花見ば欠かしてねぇぞ。異世界にも桜の木ぃあって、本当に良がった。


「桜、きれいだなぁ。」


 水筒の湧き水取り出して飲みながら、花びらに向かって言う。

 あぁ、婆さまの漬け物と握り飯、うまがったっけなぁ。


 婆さまの名前は、村田 サクラ。


 おらの人生で、あっだに良い女にはもう会えねえし、会わねでもいい。おらの魂は今も昔も婆さまだけのものだすけな。


 風にのって花びらは、ふわりとどっかに飛んでいった。

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