第47話 あーあ


 一瞬不安そうに俺を見たライルの目が語っている。


『リクは、怒っているのか?』


 怒ってる。それにちょっと言いたいことが溜まってる。冷静になろうと必死の努力をしている俺の本音は、以下の通りだ。



 ごラァッ、ライル!!


 神様認定されそうなじいちゃんを、浮かばせてんじゃねえよ! 崇められかたに拍車がかかるだろうがっ?!


 ライルが浮かんで呼び掛ければ良いんだよっ! 偉い人が敬われるのは問題ないんだからっ! パンドル院長もちょっと崇拝する感じになってないか? なんでじいちゃんを指名したんだ?! 辺境伯のライルよりじいちゃんに敬語MAXなのおかしいだろ? 『お言葉を賜りたい』とか!


『御使い様』って俺見て言ってる奴、声聞こえてるぞ! 聖女でなくてもやりづらさは一緒か!?


 解ってるさ、命を最優先した結果の騒ぎだってことくらい! だとしても 神様と、その使いって本気の目で見られるいたたまれなさなんて味わったことねぇんだからな!?


 ────以上。

 そして当たり散らしたい気分を抑えている為ちょっとライルに塩対応になってる。心の中で文句垂れるくらいはゆるして欲しい。


 ライルの合掌した手の間から生み出された小さな水の玉は、上下に腕を広げて半回転するうちに大人2人がすっぽり入るくらいの巨大な渦巻く水球となった。それを使って院内を洗浄している。高圧洗浄みたいな感じなんだろう。もちろん壁を壊さないように調節している。

 目の前で華麗に展開される魔法に、皆も感嘆のため息を洩らした。


 そう、崇められるのはこういう人であるべきだ。辺境伯としての株も上がるし、何より相応の能力があるんだから。


 キリッとした表情で魔法を使うライルを、ちょっと誇らしい気持ちで見る。すぐに壁、床、天井の洗浄と温かい風での乾燥を終わらせてしまった。水魔法も風魔法も便利だ。


 加減が難しいのか、人の洗浄に入る前にライルが俺のところにやってきた。


「患者用の水の温度は言われた通りならばこのくらいだが、いいだろうか? 低い位置に浮かべて自分から入る形にするが。」


 思案顔のライルは拳大の、ぽよんとした水球を俺の手のひら近くに浮かべた。

 指をそれに突っ込んで温度を確かめる。



「あ、いいですね。この温度でお願いします。」


 淡々と答えると、ライルが少し近くに顔を寄せる。


『回復風呂にはしないが、洗浄目的の公衆浴場があれば清潔維持に良いかもしれないな。何か良い案があれば、あとで教えてくれ。リクの顔を、よく見て話しがしたい。』


 こそっと耳打ちしていくライル。前、言ったことを気にしてくれてたんだ。

 伺うように覗き込む瞳が、少し震えている。

 俺が頷くと、心底ほっとしたというように息をついて、目元に微笑みを浮かべ戻っていく。


 うわ。


 不安げな目が蕩けた安堵の微笑みに変わるのを見たら胸のあたりが弾けるように騒ぎだした。


 ああぁもう、悪かったよっ。冷たくして!

 おもわず心の中でついた悪態と、さっきまでの塩対応を後悔する。


 俺、ライルが見せる脆いところにめちゃくちゃ弱いんだったっ。


 被弾した気のする心臓のあたりに手を置いて、動悸収まれ! と目を閉じて唱えた。




「なあ。おれの腹と吹き飛んだ腕を治したのってさっき浮かんでた人と、あんたなのか?」


 近くで声がしたのに驚いて目を開くと、困惑顔したテッドが立っていた。

 慌てて設定に合わせた対応をする。


「はい、腕の治療はあちらのヨウジェス司祭が。俺は司祭の従者で薬師見習いのリックです。腹部の傷をヴァルハロ辺境伯様にも協力をいただきながら治療しました。

 貴方は急に動いてしまいましたから、傷の違和感などはどうですか?」


「身体におかしなとこはねぇよ。その、ありがとな。ちゃんと礼も言えてなかった。」


「礼にはおよびません。こちらも必要があってのことですから。皆さんに頼むつもりですが、体と衣類の洗浄が終わったら新しい回復薬の味や効き目についての感想が欲しいんです。

 あ、もし重傷過ぎて覚えていない時はもう一度飲んでみてください。」



「あんた……なんか、すげーな。おれよりちいせぇのにめちゃくちゃ賢い話し方するじゃねえか。」


 いや、たぶん同い年くらいだけど? そりゃあ男女じゃ体格差あるし。従者や薬師らしく見えるように演技してるからね。まぁ、自分より小さい男の子って勘違いしてもらえたほうが都合がいいか。


「俺はまだまだ修行中です。」


「それでも大したもんだって。まだ10歳くらいだろ? 修行しようって思えるのがすげーって。」


 想定してたより小さく見られてた!


「リック見てると、昔のアイツを思い出すよ。まだあのちびっこくらいの時からのおれのダチだ。」


 ライルの浮かべた温かい水球に浸かり、温風で乾かしてもらい、キャッキャと騒ぎながらはしゃぐ子どもたちを見てテッドは言った。

 懐かしむというより少しせつなげに口角をあげて笑う。


「今はずいぶん変わっちまったけどな。」


「もしかして、自称『勇者』様って……。」


 ふと思いついてしまった。何でそう思ったかわからないけど。つい、口をついて出た。


「はは、ほんとすげーな! わかっちまうのか。そう、その自称『勇者』様がおれの幼なじみだ。」


 大きめの口から二ッと歯を見せて笑うテッドは一瞬後で眉を下げた。

 顔にすぐ出るなこの人。訳ありだってこともすぐわかる。


「何にしろ、貴方の身体は静養が必要です。命を大事にしたいなら無理に動かないことです。そういえば、ほとんど水分を摂っていませんね。ああ、洗浄を終えたらでいいですからあちらの台まで来て下さい。」


 茶葉がある台近くに寄り、三番煎じまでを淹れ終えたティーポットにぬるま湯を注いで四番煎じを淹れる。ちょうど自分の洗浄をおえて、少し身綺麗になったテッドが戻って来た。カップに注いでテッドに渡す。


「え、いいのか。薬だろ?」


「いいんです。効果や味についての感想が聞けて病み上がりの方の水分補給にもなるなら何も悪いことはありません。どうぞ。」


 カップを受け取ったテッドは戸惑いがちに口をつける。ゴクリと喉が鳴ると、目を見開き勢いをつけて一気に呷った。


「~ぷはっ、なんだこれ。うめぇ。」


「ふふ、でしょう?」


 喉渇いている時って湯ざましが甘味を演出してくれるから、このくらい薄くなった茶も美味いんだよね。

 嬉しくなってにっこり笑うと、テッドも笑いながらカップを返してきた。


「ありがとな。リック。目しか見えねぇが、ずいぶんかわいく笑うんだな。修行、頑張れよ。」


 頭をワシワシと撫でられた。くそぅ、ちびっこ扱いかっ。


 ※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:


「素晴らしいですね。ヴァルハロ辺境伯閣下、武力だけではなくこんな繊細な使いかたが魔法にあるとは……。司祭様の癒しの力も素晴らしいですが、流石はハレノア皇国随一の魔法剣士と謳われた方です。」


「希少な職だというだけのことだ。6人しかいない中での随一ならば大した差はない。」


 最後に治療に当たっていた者たちまでの洗浄、乾燥を済ませたところでパンドル院長が声をかけて来た。正直あまり嬉しくない賛辞だ。返答しながら肩をすくめてみせる。


「お恥ずかしい話ですが……。当治療院も資金難でございまして、それに加えて増え続ける重傷者や病人に人の手も足りず、私も休まず働かなくてはとても回りきらない状況でございました。

 辺境伯閣下がお連れくださいましたあのお二方は、それを半日のうちに全て改善してしまわれました。本当にありがとう存じます。」


 院長は深々と頭を下げた。

 そこへヨウジがやって来て、私に小声で言う。


『ライル、そろそろ帰りてぇぁんだども。』


 癒しの力を乱発したあとだ、疲れもあることだろう。それにこの状況ではかなり居心地の悪さもあるに違いない。


『ああ、ではリクを……よ、ぶ──。』


 振り返りリクの姿を探すと、目にした光景に動きが止まってしまう。

 人の間から見えたのは、微笑みながらテッドがリクの頭を撫でている様子だった。


 テッドにしてみればリクは命の恩人だ。懐いてしまうのもわかるが。まだ、彼にかかっている疑惑が晴れた訳ではない。

『勇者』に連なるものである可能性と、盗みを働いた可能性だ。


 快活に笑うテッドの姿は仮初めかもしれない。何より、無遠慮にリクに触れているその手が無害だとは限らない。

 ああ、思考が悪い方にばかり突き進んで行く。


『ライルどした。明後日あさっての方みで。ひっでぇ顔色だな。

 ……あ~、あれかぁ。わがった。陸はおらが呼ぶすけ。片付け済んだらすぐ帰るぞ。』


 わりぃ虫、つくんが心配だんだろ? とヨウジは一歩前に進み出た。



「リック! こちらに来なさい!」


 ヨウジの大きな声でリクが振り返り、駆け足で戻って来た。


「司祭様。お呼びですか。」


「治療院にいた者全ての洗浄が完了した。我々は戻ってから辺境伯閣下に改めて洗浄していただこう。片付けをしなさい。」


「はい、すぐに。」


「あ、あのっ! 貴族様!」


 私たちの前に駆けてきたテッドが跪いた。


「おれも一緒に連れて行ってくれ!! 頼む!」


『え~!?』


 小声で驚き、目を見開くリクの横でヨウジがため息をついた。


『はぁ、下手に真っ直ぐなんが厄介やっけぇだなあ。正体隠してる人間の行ぐどごさ、ほいほいついてくんなでば。』


 訛るヨウジの小声に対し、私は激しく同意し頷いた。


「本当か! ありがとう貴族様!」


 あ。 しまった。


『『あーあ……。』』


 リクとヨウジの冷たい視線が背中に刺さった。

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