第46話 ききまちがい

 聞き間違い? 今……、勇者の聖剣って言ったか?


 思わず口をついて出そうな問いかけをとりあえず飲み込んで、ライルやじいちゃんと目を見合わせた。


「服に血が滲んでるが、そんなに動いて大丈夫か?」


 口を最初に開いたのはじいちゃんだ。訛りは相当我慢してる。


「あ? ……そう言えばおれの腹、傷が塞がってるぅッ! 片腕もたしか吹っ飛んでたはずだけど……。あ~、なんかもう、よくわかんねぇや! とにかく剣は見つけねえとっ!」


 クセのある金褐色の髪を両手でぐしゃぐしゃにしながら分かりやすくテンパる彼は青い瞳を忙しく動かしている。若い、というか幼くみえる。俺と同じくらいの歳かな? パッと見、爽やか元気少年って感じ。


 テンション高めだけど、この人さっきまで瀕死だったよね……。相当血も流してるはずだ。

 俺たちにとって不穏な職業でしかない『勇者』とどういう関わりがあるのかも気にはなるけど、治したのにまた具合悪くなられても嫌だし。まずは無理しないようにしてもらいたいところだ。


 ここは自分の役割を演じ切り、少し安静にするように言おう。


「あの……少し、落ち着いてくれませんか。貴方が何者で、どんな事情を抱えているかを聞くにしても優先順位があります。

 まず貴方は血を流し過ぎていますから激しく動かないで下さい。次に、流行り病への対策を済ませなくてはせっかく治った皆さんにすぐかかってしまいます。」


「流行り病って、熱出て何日もうなされるやつか?!」


 目を剥く元気少年が、くわっと寄ってくる。ちっと落ち着けてばね。


「そうです。放っておけば死人が出ます。

 司祭様、辺境伯様、除菌作業になりますが宜しいでしょうか?」


「ふむ。よかろう。」


 ぶふっ、吹き出しそうになるのを堪えるのが大変じゃないかっ。威厳を保とうとしてわざとゆっくり頷く演技派じいちゃん。あー、マスクしててよかった。


「洗浄や乾燥には水魔法や風魔法が要るだろう。私が手を貸そう。流行り病の対策は急務だからな。」


 ライルが手伝いを申し出てくれた。そうだついでに元気少年の名前を聞こう。


「是非お願いしたいところです。ありがとうございます。ええと……そちらの方、お名前を伺っても?」



「お、おれはマタイ村のテッド。猟師やってる。その……なんか偉い貴族様なんだろうけど丁寧な言葉は使い方がわかんねぇから、勘弁してくれっ。

 すまねぇが、どうにか聖剣のあるところだけでも教えてくれねぇかな?!」


 俺たちのやりとりを聞いて少し落ちついたというか急に緊張した感のある元気少年、もといテッド。『猟師』……ね。

『勇者』じゃなかったことにちょっとホッとしてしまう。


 しかしさっきまで彼の腹にあった物があるところっていえば、ライルの『収納』の中だけど……。

 思わずライルの方に視線を泳がせてしまった。ライルは小さく頷いてからテッドに話しかけた。


「ああ、聖剣かどうかは知らないが……、大蛇ナーガの牙と、それに刺さっていた大剣ならば私が預かっている。

 わずかに毒性をもつ魔物の牙だ。大剣ごと浄化してからでないと安全に渡せないのだが……、テッド。急ぎで必要か?」


 柔らかい口調だけど、鋭い目つきで言うライルにテッドは目を見開いた。


「毒!? いや……、そうか。浄化してから返してもらうことってできるか? その……あれは、おれのじゃねぇんだ。 」


 うん?

 テッドが斜めに伏せた目を泳がせる。なんだこの『後ろめたいことしてます』な反応は。


 ライルの目がさらに険しくなる。


「私の物では無いから浄化したら然るべきところに返すが……。まさか、盗んだものではないだろうな?」


「違っ!! ち、ちょっと借りたんだよっ。 自称『勇者』様から!」


 やっぱり聞き間違いじゃなかった!

 しかも借りパクしてる可能性ある!



 ※。.:*:・°※。.:*:・※。.:*:・※。.:*:


 瀕死の危機を免れたテッドという男。

 私を貴族だと認識したとたんに、どこかビクビクと怯えた目をしているように感じたのは気のせいではなかったようだ。


 大剣の持ち主だという自称『勇者』のことも気にはなるがリクの言うように優先順位がある。


「……事情は後で詳しく聞く。まずは治療院の洗浄が先だ。歩けるならば一緒に来てもらおう。」


「う……、 わかったよ!」


 粗野に答えたテッドを伴って、先程リクが治した患者の多く集まる場所に移動する。

 広い区画に奇妙な人だかりができている。

 体調が再び悪化するものがいたのかと一歩前に出ると、声を張り上げる者たちが言った。



「仮面の司祭様は神であられるのだ!!」


「薬をもたらしてくれた少年はその御使いにちがいない!!」



 これは───何事だ?


 元患者たちによる演説の真っ最中である。

 呆気に取られているテッドをその場に残しパンドル院長を見つけ声をかける。


 院長によれば先程まで重傷患者だった者たちが、いかにヨウジの癒しの力が素晴らしかったかを熱弁し、薬で治療された者たちはリクのことを神童だと言いはじめ、このようなことになったという。


「すぐに院内洗浄に入りたいのだが、この騒ぎ。どうしたものか……。」


「閣下、恐れながら仮面の司祭様からお言葉を賜ることができましたらすぐにでも収まるかと存じます。」


「……なるほど。」


 ヨウジに小声で話しかけ、騒ぎを黙らせて院内を洗浄することへの説明を短くしてもらうことにした。


『わがった。訛らねようにする。』


『頼む。皆から見えるように少し浮かせる。』



 演説中の者たちの上にヨウジを浮かせた。


 おお、と周囲から声が上がる。ヨウジは見上げる者たちを見渡してからゆっくりと話した。


「これより、流行り病の蔓延を防ぐため建物の中をヴァルハロ辺境伯閣下に魔法で洗浄してもらうことになった。動ける者は指示に従い退避しなさい。」


『『ははっ───!!』』


 皆が一斉に膝を折り、頭を下げた。


「駄目です!! まだ洗っていないのに床に膝なんてつかないで下さい!」


 リクが叫ぶ。『御使い様だ』と、小さくざわつく声が聞こえるが、リクの耳には入っていないらしい。


「ああ、もう! 皆さんも含めて丸洗いしないといけないじゃないですか! 辺境伯様! 一刻も早く洗浄してください!」


「あ、ああ。すぐに取りかかろう。」


 私の対応がどこかまずかったのだろうか。苛立つようなリクの勢いに、内心慌ててしまう。


 浮かべていたヨウジを着地させて、リクのそばに歩いて行くと少し睨むような目つきのリク。可愛らしいのには違いないのだが。


 私の胸あたりを右手で指さし、その後釘付けになった私の視線を指先で誘導していく。


「右手の壁面から天井までをパンドル院長がおいでの位置まで一区画として、水魔法で洗浄を。その後すぐに風魔法で乾燥してください。

 洗浄対象の壁や床はもとより、皆さんには水圧がかからないように、うんと優しく調節してください。洗浄用の水は冷たすぎると体力を失ったばかりの人によくないので、温度はぬるめのお風呂くらいに。

 短時間でできるよう体、衣服、全て一度に洗浄・乾燥です。当然ですが火傷しない温度でお願いします。数名ずつまとめて。

 先に建物、次に人です。宜しいですね?」

 

 ハキハキと話すリクがこちらに確認してくる言葉と視線に、少し冷たさと圧力を感じる。


 最近ロザリアに似てきたのではないか?


 




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